第86話 最後にざまぁされる人

「ここは?」

 ラキシスと転移してきた場所は、高級な調度品が並ぶ貴族の部屋の様だった。

 数人は余裕で横になれそうなベッドの天蓋は大袈裟な刺繍が施されていた。


「エルーダの部屋だ」

 ラキシスは何重にもおりた天蓋を勢いよく開ける。


「エルーダ様の?」

「ここにいないところを見ると、目が覚めたんだな」


 ああ、エルーダ様のことはすっかり忘れてた。

 それにしても……転移するには一度訪れた場所じゃなければうまくいかない。ラキシスはここにきたことがあるのだろうか?


「ちょっと前にな」

 私の言いたいことがわかったのか、ラキシスはそう呟いた。

 一体なんの話をしたんだろう。

 ちょっと興味はあるけど二人は兄弟なんだし別にラキシスが出入りしていてもおかしくはないか。


「嫌な感じだ」

 ラキシスが、空っぽのベッドを見下ろし呟いた。


「それは私も感じる。魔王の森でかかっていたもやみたいな」

「ビエラが何かやらかしてるみたいだな」

 同じ建物内に、ビエラの魔力の気配がする。

 魔王城で再会したときですら全く気配を感じなかったのに、今はわざと存在をアピールしている様だ。


「行ってみましょう」

 私たちは廊下に出ると、ビエラの気配のする方に向かった。

 王子の部屋の前だというのに護衛すらいない。

 いや、それどころか城中人気がないように静まり返っている。


「ビエラはどう言うつもりかな」

 ユーリが一緒にいるはずだから、滅多なことはしでかしていないと思うけど本気のビエラはちょっと想像がつかないのよね。





 誰にも邪魔されることなくビエラの気配の近くまでやってくると、背丈の2倍はありそうな大きな扉の前まで来た。

 扉の前には兵士が二人、ぐっすりと居眠りをしていた。

 これが職務怠慢でないことは明らか。

 エルーダ様の部屋から下に降りてくる途中、何人もの兵士とメイドが倒れ皆眠っていたのだ。



 ラキシスが、ゆっくりと両手で扉を開ける。


「あれ、やっと到着したね」

 私たちに気づいたのは久しぶりに会う人物だった。


「サスキ様……」

「アリエルちゃん、元気そうで何より」

 サスキ様は何故か、玉座の横でうなだれ座り込んでいる男の横から満面の笑みを浮かべて近づいてきた。


「遅いじゃないか。もう先に始めていたから」

 ビエラが椅子に足組をして座っている様な格好で宙に浮いている。

 楽しそうな顔がなんとも邪悪て魔王に相応しい気がする。


 この人、こんなに魔族っぽかったんだ。

 私たちの前ではどこからどうみても人間なのに。



「これはサスキ様の仕業ですか?」

 これ、とは広間に倒れている貴族たちのことだ。ざっとみただけで50人以上いる。

 エルーダ様とは違い、すやすやと寝息を立てていることを考えると悪夢をみている様ではなさそうだ。


 それに同じくらいの数の貴族がビエラの周りに集まっている。

 でもなんだかちょっと違和感が……。


「私の仕業じゃないよ。面白いことが起きそうだから見学に来たんだ」

「サスキ様は知っていたんですよね」

「アリシアちゃん、その話は後でゆっくりするね。ほら、今は見物しよう」

 サスキ様はユーリに抱き抱えられているエルーダ様を指差した。


「エルーダ様。まだ目覚めていないんだ」

 私の言葉に、サスキ様はちょっと肩をすくめて「ビエラはラキシスに甘いから」とワクワクと目を光らせた。



「じゃあ、主役も登場したことだし。国王様に返事をお聞きしましょうか?」

 私たちに向かって手招きをした。


「ユーリ様、そいつを国王の前に下ろして」

「待って、ビエラ何をするつもり?」

 国王と呼ばれた人物は明らかに恐怖で震えていた。

 影武者か何かと疑いたくなるくらい、存在感もなくて本物の国王には見えない。


「この王子様はね。悪夢に完全に囚われてしまったんだ。情けないだろ」

「まさか、このまま目覚めないってこと?」

「放っておいたらな」

「なんとかして」

 私は宙に浮いているビエラに叫んだ。

 いくら、エルーダ様でもこのまま悪夢の中に囚われたままなんて可哀想すぎ。


「僕には無理だよ。この悪夢の原因は魔王城付近の森で自然発生した霧だ。ただの霧が僕の魔力を吸収してしまっただけ」

「ただの霧がどうして悪夢を見せるのよ」

「それは、人間が魔族に対して恐れとか、忌み嫌ってきた感情を吸収したからじゃない?」

「それでも、この霧を今ここに発生させたのはあなたでしょ」

「わざとじゃないよ。転移した時にそこに霧も一緒に運ばれただけなんだから」

 絶対にわざとだ。

 ビエラの顔がニヤけている。


 私は助けを求めるようにラキシスの顔を見たが、申し訳なさそうに首を横に振った。


「アリエル、安心して。僕は魔族だけど悪人じゃない。方法は国王に教えてあげた」

 ビックンと横たわるエルーダ様の前に座り込んだ男が肩を震わせる。


「さあ、唯一認めた息子を助けてあげたら?」

 ビエラが悪魔の様に冷たい目で促した。

 明らかな敵意がそこにはある。

 何故ビエラがこんなに怒っているのかわからない。


 緊張が大広間を包む。

 誰一人国王を守るものはいない。

 国王を守るはずの貴族ですら興味深げにことの成り行きを見守っている。


「あなた。エルーダ様を救ってください」

 静寂を破り二人の前に進み出てきたのは第二王子ネロの母でエルーダ様の義理の母親である現王妃スレア様だ。

 長年エルーダ様とラキシスの母カミラの侍女を勤めた人物だ。


「スレア……私には無理だ」

「あなたは1度だけでなく、2度も自分の息子を捨てるのですか?」

「だが、私は悪夢には耐えられない。もしもエルーダが死ぬ夢を見ていたらどうするのだ?」

「あなたはそれでも、一国の王ですか? いえ、それで父親と言えるのですか?」

 スレア様が泣きながらエルーダ様に縋り付く。

 義理の母とはいえ、赤ん坊の時から可愛がってきたのだ。

 苦痛に歪むエルーダ様を見捨てることはできないのだろう。


「あーあ。血のつながらない母親の方が情があったみたいだね。でも、残念。こいつの夢を引き受けられるのは同じ血が流れている者だけさ」

 エルーダ様と同じ血……。

 じゃあラキシスも?


「ダメダメ、アリエル様。ラキシスでも無理。今こいつが見てる夢こそラキシスのことなんだから」

「ラキシスの?」

「そう。もしも、捨てられたのが双子の片割れじゃなく自分だったらっていう夢。笑えるだろ?」

 笑えない。


「この霧は自分の心の中の1番の恐怖を増殖する。さっき覗いたら、奴隷になっていたぶられていた。温室育ちの王子様がいつまで耐えられるかな」

 確かに、王宮でしか暮らしたことのないエルーダ様が奴隷になるなんて耐えられるはずがない。

 スレア様も同感だったようで国王をもう一度説得した。

 すると、貴族の蔑む視線に気付いたのか、国王は震える手でエルーダ様にふれた。


「うわぁぁぁぁぁ」

 ほんの一瞬だけなのに、恐怖で顔が歪んでブルブル震え出し、その場から走って逃げ広間の端でうずくまる。

 それから何かに取り憑かれたように手を振り回し「やめろ、やめろ」と何かを払っている。


「ざまぁみろ。10倍にして見せてやった。一生正気に戻れないかもな」

 ビエラがくすくすと笑う。

 笑っている場合じゃない。未だ、エルーダ様は悪夢の中なのに。



「ビエラ、本当にあなたはどうにかできないの?」

「アリエル様。これは僕が作り出した恐怖じゃない。自分自身で作り出したものだ。国王が肩代わりするか。自分で夢だと気づくしかない」

 そんな……私は藁をも掴む気持ちでこの中で最強だと思うサスキ様を見た。

 以前、ビエラはサスキ様には敵わないって言っていたし、あれって嘘じゃないわよね。



「アリエルちゃんの頼みなら聞いてあげたいんだけど、私は王宮魔術師だったときに王族に対して魔力を使えない誓いを立てているんだ」

「そんなぁ」

「でも、一つだけ方法があるよ」

「サスキ様。本当ですか」

 チッっとビエラが舌打ちしたが、サスキ様には逆らえないようだ。


「マリアンヌ様なら、悪夢も浄化できるかも」



✳︎✳︎✳︎


次回、完結予定。


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