第87話 終活の終わり
「あら、随分面白そうな展開になっているじゃない」
駆けつけたマリーが、広間を見回して不敵に笑う。
さすがヒロイン、様になっている。
「こんな大勢の前で聖力使うんだから、後できちんと説明してよ」
ある程度の経緯は呼びに行ったときに話したのだが、複雑すぎて全部は説明しきれていない。
「まったく、情けないんだから」
マリーはエルーダ様の横に跪き顔を覗く。
「仕方ないわね。幼馴染だから」とため息をつき、躊躇わずに手を握る。
そして「あれ?」と言ったきり、もたれかかるようにエルーダ様の胸の上に倒れ込む。
「マリー!」
慌ててマリーをエルーダ様から引き離そうと抱きかかえたが、それをラキシスに止められる。
「眠ってるだけだ」
よく見ると、確かに規則正しく息をしている。
本当にただ眠っているだけのようだ。
「どういうこと?」
「うーん。どうやら悪夢に引きずり込まれたみたいだね。でも大丈夫。マリアンヌ様には悪夢も寄っていかないからしばらく待っていれば一緒に戻ってくるよ」
「本当に?」
「多分、大丈夫だ。ほら、エルーダの顔が落ち着いてきた」
ラキシスの言葉通り、エルーダ様の顔色が良くなっている。
「ビエラ、国王陛下もエルーダ様もこんな状態で、どうやって平和交渉をするつもり?」
私たちが国王から預かっていた平和条約は、ビエラが一瞬で燃やしてしまったし。
「それなら大丈夫、きちんと用意してあるよ」
ほら、と分厚い書類を手に持ち悪い顔でニヤリと口角を上げる。
これは碌なことを考えてない顔だ。
「確認させて」
「いいけど」
「ありがとう」
私は書類を受け取ると、誰か国王の代わりに書類を精査できそうな人を探して部屋を見まわした。
王妃様と目が合う。
「彼に。筆頭事務官です」
50代半ばで、文官というよりも騎士と言われた方がしっくりくるくらい姿勢がよく、服の上からでも筋肉質なのがよくわかる。
鋭い眼光は横にいるだけで敵が逃げていきそうだ。
彼は王妃に名前を呼ばれると、足元に眠っている貴族を器用に避けて私の方へ歩いてくる。
そういえば眠っている貴族と、起きてる貴族の差はなんだろう?
ふと、気になったが私たちのように後から到着した貴族なのかもと深く考えずに書類を手渡した。
これは半分当たっていて、半分はハズレだったけど。気づいた時には遅かった。
事務官がパラパラと書類に目を通し「大丈夫です」と王妃さまに頷いてみせる。
「ではサインを」
ビエラが空間から金色の羽ペンを取り出す。
金色の羽ぺんには契約の魔法がかかっており、双方の同意なくして破棄することはできない。
「あ、交渉人のサインもお願いするね」
ビエラが私とラキシスにもサインするように促す。
おかしい。
「こんな素直に平和条約を結ぶつもりなら、私たちが持っていったものを燃やす必要なんかないじゃない」
「疑いすぎ。気になるならアリエル様も書類の確認してよ」
筆頭事務官が問題ないと言っているものを、小娘がわざわざ確認するのは気が引けたけど、サインをする以上は何て思われようとしっかり自分で読まないと。
私は交渉人の書類を隅から隅まで読み込んでからサインをした。
それからラキシスがサインをし、事務官がいまだに端っこでうずくまる国王陛下に説明してからサインをもらった。
「はい、皆様お疲れ様でした。これで無事平和条約に調印が終わりました」
ビエラはご機嫌で指をパチンと鳴らした。
「やっぱりおかしい。なんで、ビエラが平和条約が調印されたからって喜ぶわけ?」
「だって、平和条約のおかげで文句を言われずに引っ越しができるから」
「引っ越し?」
「ほら」
ビエラが窓の外を指差した。
王都を幾重ものカーテンで仕切るように取り囲む城壁のずっと向こう。緑の深い森のさらに上、うっすらと雪が積もった頂に建物が見える。
「あれって、もしかして魔王城?」
「当たり」
「なんで魔王城があんなところに?」
「だって、あそこならサスキ様の側だし、僕の魔力を閉じ込めてあるノイシュタイン城も近いから便利だろ」
全く悪びれることなく、ビエラは「ね」と同意を求めた。
「ね、じゃない! あんなところに魔王城があったら王都の住民が怖がるじゃない」
「まあまあ、アリエル様落ちついて。マリアンヌ様が目を覚ましたみたいだよ」
不覚にもビエラに言われるまで、気づかなかった。
「マリー!」
見ると、マリーは泣きながら抱きつくエルーダ様にホールドされ引き攣った笑顔で手だけ振ってくれた。
エルーダ様も無事に目覚めたらしく、何やら早口でマリーにお礼とか決意とかを捲し立てている。
「わかったから。幼馴染のよしみでそばにいるから」
マリーの言葉にエルーダ様は「うん、うん」と何度も頷いた。
幼馴染としてって、それでいいの? と思ったが口には出さないでおいた。
自分が両思いになったからって、余計なことを言うのは厳禁だ。
長い目で応援しようと思っていると、エルーダ様が私を振り返る。
「え、何?」
目が合い、じーっと見つめられるがエルーダ様は何も言わずに立ち上がると、ラキシスのところまで歩いていき、力一杯無言で抱きついた。
「おおー」
「兄弟は複雑ね」
マリーが私の横に来てしみじみと呟く。
エルーダ様とどんな夢を見ていたのかわからないけれど、マリーのエルーダ様を見る目がすごく優しそうで、やっぱり私が口出しするまでもないな。と嬉しくなった。
「マリー。あとで国王陛下の状態も見てあげて」
なんだか全てハッピーエンドになりそうな中、一人呆然としてうずくまる陛下が哀れだった。
「いつかね」
「いつか?」
「そうよ。いつか。今近づいたら、くたばれって殴っちゃいそうだから」
マリーの目は笑っていなかった。
「その意見には、賛成。このくらいで許してやったのを感謝してほしいくらいだ」
ビエラが国王に視線をやると、「ヒィィィィ」と声にならない悲鳴をあげて更に隅へと逃げ込んでしまう。
相当ビエラのことがトラウマになってしまったようだ。
「あ、ビエラ。あんなところに魔王城を移動しないでよ。王都に住む人が怖がるでしょ」
「大丈夫、近そうに見えて結構離れてるし。それに新天地に移住って手もある」
「新天地ってどこよ」
「今まで、魔王城があったところから、その隣の領地一体、全部ラキシスのものになったから」
「はぁ?」
「さっきまで二人でラブラブで月を見上げていたでしょ」
「まさか、あそこ?」
「そう。あそこは元々温暖で土地が肥えているうえ、自然の地形を生かしたまま大きな港があって隣国との貿易も盛んだったんだ」
この国で一番条件がいい場所に魔王城を建てたのね。
「人間は怖がっていなくなっちゃたけど」
「さっきの平和条約の時のサイン……」
「当たり。アリエル様にはあの城を贈ったから。まあ新しくいい思い出に塗り替えちゃってよ」
「へー、何か進展があったみたいね」
ビエラの言葉に、マリーがニヤニヤと私の顔を覗き込んで目を離してくれない。
「じゃあ。僕たちはここで退散するから。お二人さん末長くお幸せにね」
ビエラがもう一度指を鳴らすと、筆頭事務官を含め眠らずに起きていた貴族たちが消えた。
「もしかして彼らって……」
「あー、魔族みたいね。この国に紛れ込んでいたのね。今はそんなことどうでもいいから。ラキシスと何があったか白状しなさい」
どうやらマリー話すまで見逃してくれそうもない。
「悪夢の地下牢を破壊してそれから城のてっぺんで告白した」
「やるじゃない」
「ああ、俺のアリエルはかっこいいだろ」
ラキシスが私の腰を抱き寄せ、頭の上にチュッとキスを落とした。
そして耳元で、「いつかあの城で2人でハッピーエンドに乾杯しよう」と囁いた。
おわり。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
あとがき
読んでいただいている方、星やハートをくれた方のおかげで完結まで書くことができました。本当にありがとう。
いつかラキシスとアリエルのその後をSSとして書こうと思います。
もし宜しければ、完結までかけたご褒美にポッチと⭐︎を入れてもらえると次回も頑張れますのでよろしくおねがします。
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