第6話 終活? 弟に溺愛される

「はい、お姉さまあーんしてください」

 ユーリが真面目な顔で切り分けたケーキを私の口元に寄せてくる。

 フォークにタルトの側面がぶっ刺さっており、クリームの上にはいちごが2つものっている。

 マナー的にも、もちろんアウトだ。


「ユーリ、一口が大きすぎじゃない?」

 いくら私の口でも、これはさすがに入らない。


「大丈夫です。ほっぺについたクリームは僕がちゃんと拭いてあげますから」

 妙にうきうきと返事をされ、まさかそれが狙いなのでは、と疑ってしまう。


「ちょっと、ユーリ。ケーキくらい自分で食べられるから。それにかなり近い!」

 珍しい薔薇が咲いたからと、今日は庭でお茶会をすることになったのだけど、さっきからユーリがべったり私の横に座りメイド顔負けに世話をしてくる。


「でも、さっきお母様に『あーん』してもらったことあるか聞いたら、無いって言いましたよね」

「ふつうないでしょ」

「いいえ、僕はあります」

 ドヤ顔で胸を張るが、本当だろうか?

 うちの母親にそんな母性があるとはとても思えないけど。


「だからって、なんであなたが私にするのよ」

「え、だって、お姉さま僕がうらやましかったんですよね。僕のせいで悲しい思いをさせたので責任取ります。さあ、あーんですよ」

 ずい、っとフォークを差し出され、期待に満ちた瞳で見つめられると、思わず視線をそらしかたわらで見守っている侍女のクララに助けを求める。


 にっこり。と満面の笑みでクララが笑い。(あーんですよ)と声を出さずに口真似する。

 駄目だ、クララはすでにユーリに取り込まれている。

 私はもう一人の味方であろう護衛騎士のスティーブに(こいつをどうにかしろ)と合図したが、黙って空を見上げた。

 うっ。

 味方がいない。


 しかたなく、私はケーキをパクっと食べると、ユーリがすかさず私のほっぺについたクリームをハンカチでかいがいしく拭いてくれる。


「姉さま、クリームがついてますよ」

 やっぱりそれがやりたかったのね。


 私がユーリの持っていたフォークで取り返えすと「全部食べさせてあげたかったのに」とほっぺたを膨らませた。


 弟の可愛いがすぎる。


「あとは自分で食べられるから」

 まったく……大好きなストロベリータルトなのに全然味がしないじゃない。

 もしかしてこれは新手の意地悪か?

 溺愛と見せかけて、辱めるプレイとか?


「ところで、お姉さまは寝る時、おやすみのキスをされていますか?」

「はぁ?」

 また何をこいつは突然。

 私がまじまじとユーリの顔を見ると、ニヤリと不敵に笑い。素早くほっぺに「ちゅ」っと音を立ててキスをした。


 きゃぁぁぁぁぁ。


「な、な、何するのよあなた! 私とユーリは義理でもなんでもなく100%血がつながった兄妹なのよ。こんなこと、こんなこと……」

 ショタ落ちしちゃうじゃない。


「おやすみのチュですよ。僕は小さい時にずっとしてもらってました。お母様がいないときはお父様に、雷が鳴った時はずっと背中をさすって一緒に眠ってたし。お姉さまは寂しい時、つらい時は誰に抱きしめてもらっていましたか?」

 寂しくても、つらくても意地っ張りなはわがままは言えるのに、甘えることができなかった。

 誰かに抱きしめてもらったのは、この前、熱があり寝込んだ時が初めてかもしれない。

 別にそれが普通だったし。


「寂しかったですね。これからは僕がギュってしてあげます」

 天使のような顔でユーリが私に両手を広げて抱き付いた。


 もう子供じゃないんだから……そう言おうと思ったのに声にならない。


 別に寂しくなんかなかった。

 それなのに……。

 胸の中にぽっかり空いていた穴が、幸せで満ち足りてくるような気持ちになる。


「ありがとう」

 これは記憶を取り戻す前のアリエルの気持ちだろうか。

 前世の記憶を取り戻し、すっかり中身は大人になったと思ってたのに、つらかった記憶は私の中にまだ残っていて、消えたわけじゃなかったらしい。


「ユーリ、これからは私が寂しい時はギュってしていて」

「はい」

「私があーんした事はお父様たちには秘密にして」

「はい」

「おやすみのちゅはいらないから」

「……」

「なんでそこで黙るのよ」

 じろりとユーリを睨むと、笑いをこらえるように肩を揺らしていた。


「あなた、からかったわね」

 手を振りほどき、立ち上がる。

「あはははは」

 おかしくてたまらないというようにユーリが笑いだす。

「お姉さま、かわいいです」

「あなたに言われても嬉しくないわ」

「そうですか、でもお顔が赤いですよ」

「これは暑いからよ」

「そうですか、ではそういうことにしておきましょう」

 ユーリは優しく言うと私を抱きしめる手に力を込めた。


「お姉さま、社交シーズンが終わったら、僕も領地に帰ります」

「何を言っているの? あなたは王子の従者候補でしょ、他の候補者に負けない様にしっかり勉強して魔力を扱える様にならなくては」


 きっと弱音を吐く私に同情し、自分の将来を考えないでいっているのだろう。

 でものんびり田舎暮らししていて王子様の従者になれるほど世の中甘くない。

 それにユーリには将来ぜひ王子の側近として情報を流してほしいのだ。


「僕は王子の従者にはならないですよ」

 え? なんで?

 一番の出世コースなのに。

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