第30話 姉弟喧嘩 ✳︎

「ユーリ君は、もしかして鑑定眼を持っているのかい?」

 サスキ様がなぜか嬉しそうにユーリに聞き返した。


「はい」

「これは掘り出し物だね。鑑定眼なんて久々に会ったよ」

 へー。なんだかわからないけれど、とっても珍しいものらしい。

 そんな設定あったのね。


 それにしても、ビエラはどこからどう見ても普通の人間にしか見えない。

 耳もしっぽもないけど……?


 ユーリに「人間じゃない」なんて言われてさぞかし怒っているだろうかと思ったけど、さっきと変わらずニコニコしており、私と目が合うとひらひらと手を振ってくれる。

 人間じゃなかったら何なのかしら?

 疑問に思ったけれど、今ここで聞くのは気まずい。


「人間じゃないとは言い過ぎだけど、たしかに彼は魔女の血をひいているから純血ではないね。まあビエラにやらせるのは問題だと言われても仕方がない」

 遙か昔、まだ魔族と人間が近しい関係だった時代。魔族と人間が結婚して生まれてきた子供達は身体に持つ属性や魔力量に関係なく、大気中の魔素を魔力に変えることができる存在だった。

 魔族と交流がなくなった後、魔族の血をひくことで差別されてきたため、だいたいが魔女であることを隠して暮らしている。


「では、僕たちはこれで」

 ユーリが立ち上がり、私の手を引っ張る。


「お邪魔しました。さぁ、帰りましょう」

 もう、いい加減このくだりは勘弁してほしい。


「ユーリだってわかっているでしょ。私は魔法を使えるようになりたい」

 ずるずると引きずられながら、ユーリに一生懸命訴えた。


「一人で領地にいる時は全部諦めてた。魔法も。家族に愛されることも。自分の未来も。でも今は全部諦めたくないの」

 前を歩くユーリは、私の訴えには全く動じていないように無言だ。

 これ以上何を言っても聞いてくれそうもなくて、今日はいったん時間をおいて説得しようかな。と考えていると正面玄関を開けて外へと歩いて行ってしまう。


「ユーリ、今日はもう遅いから明日もう一度話し合おう?」

 今から山を下りるのはいくら何でも無謀である。

 それでも、黙々と歩くユーリは振り返りもしない。

 正直、なぜこんなに怒っているのかも心当たりがない。

 しかたなく私はユーリの気がすむまでついて行くことにした。


 どのくらい歩いただろうか、目の前に大きな桜の木があり静かに花びらが落ちている。

 その横に丸太でできたベンチがあり、ユーリがそこに腰を下ろした。

 私も、遠慮がちにその隣に座る。


 ま、いいか。今日はお花見ってことで。

 お花見するなら、サンドイッチでも持ってくれば良かったなぁ。


「僕は姉さまのことをずっと守ろうと決意してました」

 急に立ち上がると、ユーリは悲しそうにそうつぶやいた。絶対に怒っていると思ったので、今にも泣きそうな声にちょっと驚く。



「充分、守られているよ」

「いいえ、足りない。僕だってマギに負けないくらいの魔力量を持っているはずなのに、姉さまの魔封じを解除できない」

「それはしかたないでしょ。私達まだ子供だもん」

「しかたないなんて、できない人間のいいわけです……」

「ねえ、ユーリ。もしかして最近怒っていたのは自分自身に?」

「姉さまを守るっていったのに……」


 何だ、そうだったのか。

 どんなにしっかりしていても、まだまだお子様なんだな。


「私達は家族だよね」

「そうですね」

「守られているばかりが家族じゃないよ。家族は助け合わなくちゃ。ユーリができないことは私が頑張るよ」

「それじゃあダメなんです」

「なんで?」

「だって、僕は男だし」

 本気で言っているユーリが可愛すぎる。


「きっとユーリは将来いい男になるよ。顔が良くて、頭が良くて、魔法が上手くて、剣も使える。でも、そんないい男でも幼少期はできないこともあっていじけたり、姉にめちゃくちゃ弱くて、負けず嫌いなところがある」

「何をいきなり」

「へへ、そんな弟の可愛らしい姿を見られるなんて私はユーリのお姉ちゃんで良かったよ。どんなに綺麗なお嫁さんをもらっても、ユーリの秘密を握るお姉ちゃんって憧れてたんだぁ」

「ぷぅ、そんなのに憧れてるんですか?」

「そうよ。それで、思いっきりお嫁さんに焼きもち焼かれたり」

「お嫁さんと姉さまですか。今は姉さまが一番ですよ」

 ちょっと機嫌が直ったのか、ユーリが流し目をしてくる。


「今は?」

「内緒ですが、たぶん一生です」

「姉冥利みょうりきるわ。その言葉忘れないでね」


 私達はそれからしばらく桜の花が散るのを黙ってみていた。

 この光景は忘れることがないだろう。

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