悪戯なフラグ

「昨日の話は無しになったから」

 寝ているところをビエラに揺り起こされて、俺は首を傾げた。


「ユーリ様の剣術の稽古けいこのことか?」

「いや、アリエル様の方」

 ああ、あの様子じゃ仕方ないな。どうせサスキ様1人でも十分だし、俺にとっては都合がいい。

 そう思ったものの、何処かでがっかりしている自分がいる。

 約束果たせそうだったのにな。


「それで、できるだけ接触せっしょくを避けたいから、しばらく山を降り王都で暮らしてこいって」

「そこまで俺って嫌われてるの?」

 矢で襲撃しゅうげきされたことは俺のせいじゃないし、用水路に落ちたのだって元はと言えば自業自得では?

 何だか一方的に嫌われるのは理不尽だし、わがままじゃないか?


「そうみたいだな」

 ビエラに肯定されると、それはそれで無性に腹が立つ。

 一度きりだが共に危機を乗り越えた同士だ。俺がお嬢様をわがままだと感じるのはいいけど、会ったばかりのビエラに言われるのは容認できない。


「お嬢様もわがままだけど、たぶん両親と暮らせなくて寂しい思いをしたからじゃないかな」

 一応肩を持っておいてやる。


「は?」

「ん?」

「俺が『そうみたいだな』って言ったのは、お前が嫌われているって話にだぞ。それがお嬢さんと何の関係が? むしろわがままなのは弟の方だろ」


 あ、そっちね。

「まったく、まぎらわしいこと言うなよ」

「何で、怒ってるんだ?」

「別に俺は怒ってない」

「そうは見えないけど」

 ビエラはやれやれと大げさに、手のひらを仰向けに広げて、降参だというポーズをした。

 こいつはどこまで分かっていて俺をからかっているのか未だに分からん。


「ユーリ様の剣術の相手をする約束をしてたから、どうするか考えてただけだ」

 せっかく懐いた猫を構えないのは寂しい。


「へー、珍しい。随分とあの坊ちゃんを気に入ったんだな」

 ビエラの揶揄うような言い方がムカつく。

 絶対友達ができてよかったね、とか思ってるんだろう。


 でも俺は中身大人だ。ただ、権力のある見た目、同世代の友人はいて損は無いと思っただけだし。


「まあ、今回は仕方ないな。アリエル嬢は、死ぬほどお前が怖いらしいから」

「え? それってどう言うこと?」

 お嬢様に怖がれる心当たりがない。

 トラウマを思い出したからじゃなく俺自身が怖いってこと?


「なんで?」

「気付かないうちに、なんかやらかしてない?」

「 いや」

「ほら、子供の時は大したことなくても、大人になったら恥ずかしいこととか」

 はぁ? そんなことあるはず……あっ、「もしかして、あれか!」


「やっぱり、心当たりあるんだ」

 明らかにうきうきとビエラが俺に近づいてきて、片手を自分に耳に当てて話の続きを催促してくる。


「俺はただ、服を脱がせただけだ」

 ぐいぐいと、俺にすり寄ってくるビエラが鬱陶うっとうしくて、両手で押し返しながらつい叫んでしまった。


 しまった。

 誤解を生むような言い方をしてしまった。

「違う! お前の思っているようなことじゃない。ただ、用水路に落ちてドレスが重くなったから脱がせただけだ」

「へー」

 意味ありげに、俺を上から下まで見下ろして、にやりと笑う。


「絶対、よからぬことを考えてるんだろうが、その時お嬢様は7歳だから。やましい気持ちは一切無い」

「別に俺は何も言っていない」とビエラはこぼれそうな笑いを、口に握り拳を当てて防ぎながら、肩をふるわせている。


「ちくしょー。またからかったな」

「すまん、すまん。つい俺の弟子が可愛くて」

「お前の弟子じゃないから」

「ふーん、でもそんな出来事があったんだ。まあ、年頃のしかも貴族の女の子としては、お前は万死ばんしあたいするな」

「やっぱりそうか。その時はいまいち、恥じらいとかは無かったみたいだけど、さすがに12歳になった今じゃあ、羞恥しゅうちの出来事だと記憶してるんだな」

 どうしよう。

 あれが死ぬほど怖い記憶になってしまったなんて。


「やっぱり死刑かな?」

「それはないんじゃないの。夢の話だしな」

「夢?」

「ああ、昨日夜中にちょっとした騒ぎがあったんだが気付かなかったのか?」

「昨日は妙に桜がざわついていたから、森を見回りしていたんだ」

「相変わらず、勘が鋭いな」

「それで、夢って」

「ちょっとした魔が差したんだろうな。師匠が言霊を追い払っていたから、しばらくは大丈夫だろう」

「師匠が、他人に興味をもつなんて珍しいね」

「お前に言われたくないだろ。ラキシスのことだって相当面白がってる」


 俺はビエラの脇腹に蹴りを入れて、言うとおりしばらく山を下りることにした。

 夢とは案外やっかいな代物しろものだ。


 不安が恐怖に変わり、夢になって現れる。何度も見ているうちにそれが現実なのか夢なのか区別が付かなくなり、最後は実際に起こったことのように感じられる。


「君たちには運命を感じるって、浮かれていたよ」

 サスキ様の勘は合っている。

 悪役令嬢でもヒロインだった場合でも、出会うシナリオ運命なのは間違いない。


「誰かを苦しませる運命はここで終わりにしたい。支度したら山を下ります」

 それでなくても、俺は不幸設定なのだ。自分だけならチートで乗り切れても他人を巻き込みたくない。


「了解。でも、運命ってあがけばあがくだけ巻き込まれちゃうもんなんだよね」

 ビエラが不吉な言霊を残して部屋を出ていくのを否定できなかった。

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