第40話 黒幕

「お疲れさまでした。完成しましたらお屋敷の方までお届けいたします」

 私とリリーの採寸をしたのは、20歳を少し超えたくらいの売れっ子デザイナーだ。人当たりがよく高価なものを売りつけようとか、公爵家に気に入られようとか下心がみえないのがいい。

 残念だが、ゲームでアリエルに狙われていると話しかけていた人物である。


「楽しみです。あー、早くドレスを着てお茶会を開きたいです。きっとみんなびっくりしますね」

 リリーは全然怯えた感じもなく、楽しそうにお茶会に招待したい令嬢の名前を上げていく。


「そうね。私も楽しみだわ」

 今回のドレスは、リリーと双子コーデにしたのだ。

 リリーはサーモンピンクに、私はレモンイエローのドレスに。

 ふだんイエロー系のドレスは髪の色にも合わなくて着ないのだが、今回は特別。

 私の色をリリーが着て私がリリーの瞳の色のイエロー系を着ることでバランスをとってみた。

 単独では似合わない色も二人で並ぶととてもオシャレだ。


 この世界で、婚約者や夫婦で衣装を合わせるのは一般的だが、友人同士というのは珍しい。話題になりそうで今からワクワクする。


「ユーリ様の衣装もありますが、ごらんになりますか?」

「ユーリの?」

「何着か以前と同じデザインで作らせていただきましたが、今回はそれ以外にも奥様からのご依頼で新しいものを作らせていただきました。アリエル様に見ていただければきっとユーリ様も気に入ってもらえると思うのですが……」


 なるほど。いつもカタログを見て適当にそろえているとお母様が嘆いていたからユーリの代わりに私に選べということか。


「いいわ。私がユーリに似合うものを選べばいいのね」

「はい。よろしくお願いします」

 もうすでに、ユーリに合わせて作られたものなんだから、選ぶも何もないのだが私が似合うといえば着てくれるだろうという思惑に違いない。

 デザイナーは目を輝かさせてよろこんだ。

 確かに、ユーリはいつも地味なデザインばかり好んできているものね。

 美しい少年には素敵な衣装を着せたい気持ちはわかる。


「リリー。私はちょっとユーリの服を見て来るから、先に二人の所へ戻っていて」

「ですが、アリエル様をお一人にはできません」

「大丈夫よ。ユーリには夏用の生地を見てから行くって言っておいて、あなたもユーリがキラキラの衣装を着た姿をみたいでしょ」

 この店はすでに下見を兼ねて何度かドレスを作っている。忍び込み誘拐を実行するのは難しいということは確認済みだ。


「見たいです」

 力強く頷いてリリーはサロンの方に下りて行った。




「では、アリエル様はこちらで」

 リリーが下りて行った階段とは別に、従業員用の工房へとつながる階段を下りて行く。


 20着はあるのではないかと思われるユーリの衣装がずらりと並ぶ部屋に案内される。

 男の子の衣装でこの数は尋常ではないような気がするが、どれも凝ったデザインの素晴らしいものだった。

 襟にレースを縫い込んだものから、襟と袖に入れられた刺しゅうまで手間暇かけたものばかりで、デザイナーの気迫が感じられる。


「これは竜の鱗を砕いたものを加工して縫い込んであります」

 マジですかそれ?

 何か小さな宝石かと思たけど、さすがに竜はいい過ぎじゃないの?

 そう突っ込みたかったが、あまりに真剣な顔で説明してくれるデザイナーに突っ込む機会を失ってしまう。


「どれも素敵だと思います。全て公爵家に納品してください」

 延々続きそうな説明に、やっとのことで口を挟む。


「かしこまりました。すぐに公爵家にお届けしますね」

 私を拝むように胸の前で両手を握りしめてデザイナーは頭を下げた。


「お礼に。お嬢様だけにお見せしたいものがあります」

 顔を上げてそう言ったデザイナーは、さっきまでの人なつっこい笑いではなく、商売人のように含みのある目で笑った。


 キタ!

 情報屋としての売り込みね。



「見せたいもの?」

「はい、お近づきのしるしに……」

 さっきまでの愛想のよさが消え、どこか事務的にポケットから紙切れを取り出し私に差し出す。


「これは?」

 そこには二人の名前が書かれていた。どちらも心当たりはない。


「モジュル出身……」

 モジュルとは確か北部辺境の村だが、私でも聞いたことのある特殊な村だ。

 良質な鉱山がありながら、その土地は地下200mほどの凍土に覆われている。

 そこで働く者は大多数が罪人か、そこをおさめるルクソク辺境伯に弱みを握られ働く魔法使いだときく。



「その者たちは、以前公爵領でアリエル様の護衛をしていたさい、矢を射られ命を落としました」

 ゲームではアリエルが鞭打ちしたメイドの恋人が、復讐するために店の外でうろうろしているという情報だったはず。


 もちろん今はメイドを鞭打ちになんてしていない。

 もしかして、あまりにシナリオからズレているせいで、私に復讐する人間が変わったのかしら?


 それにしても渋い情報である。


「こんな昔のことをなぜ私に?」

わたくしどもがお売りするのは、ドレスや宝石だけではないとお話したかっただけです」

 このセリフ、ゲームと同じだ。


 アリエルはこの情報屋を気に入り、ヒロインを陥れるために便利に使う。

 最後はアリエル共々この店も捜査されるが、結局幹部の人間はつかまらなかったはず。

 しかし、もう8年以上も前の事件の情報など、今さら感が否めない。

 残念な情報屋である。


「情報を売ると言いたいのかもしれないけれど、そんな古い商品に何の価値があるのかしら? しかも、私を襲った犯人ならともかく襲われて亡くなった護衛の情報など、私ではなくお父様に言えばいいのでは?」

 身元が分かれば、家族に年金を支給できるかもしれない。


「アリエル様。確かにこの情報は古いものでございます。ですが、公爵家の諜報部が調べても情報でもあります。そして、これをお教えしたのがアリエル様なのも理由がございます」

 デザイナーは、不敵に笑うと部屋に備え付けられているソファーに座り、目で私にも腰かけるようにうながした。

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