第39話 誘拐事件は起こるのか 2
「ユーリ! いつの間に」
「ひどいな、もう一カ月くらい前には目線が僕の方が上だったでしょう」
「全然気づかなかった。そういえば足が大きくなったなぁとは思ってたのよ」
「足ですか? 変な所に気づくんですね。確かに何足か新品のままサイズアウトしてしまいました」
「なんだか悔しい。弟に背を抜かされるなんて、まだまだ先だと思ってた」
「ふふふ、いい気分です。これで、ダンスを踊っても
にへらっと、本当に嬉しそうにユーリが笑う。
「そうね、これで私もぺったんこ靴から卒業できるわ」
これぐらいの嫌味は言わせて欲しい。
「それは困りましたね、つま先に鉄板を入れた方がいいでしょうか」
「あー、酷い!」
この前、リリーの誕生日会で踊った時、緊張で何度かユーリの足を踏んだことをまだ根に持っているのね。
「あの時は人前で踊るのは、久しぶりだったから」
そのあと、ソールと踊った時には足を一度も踏まなかったのだけど、それを見ていたユーリがめちゃめちゃ機嫌を悪くしたので、それには触れないでおく。
「はいはい、しばらくは僕が責任をもってお相手しますね」
「そうね。ユーリに婚約者ができるまでは私の専属でお願いするわ」
「まだまだ先の話ですね。しばらくは姉さまのエスコートをさせてもらいます」
ユーリの腕に軽く腕を絡め、私達は庭園の入り口に姿を現した人物の所までゆっくりと歩いた。
「お久しぶりです。ユーリ様。お嬢様」
ビエラ……私の専属魔法教師は
その気取った言い回しに笑いだしてしまいそうだったが、彼なりに公爵家に合わせて演技をしていてくれているので、それをぶち壊すのは不味い。
令嬢らしく挨拶を返したが、ユーリの機嫌がいっきに降下していくのがわかった。
*
「ざっと見た感じ変な魔法の気配はなかったな」
リリーを迎えに行く馬車の中、ビエラが素に戻って偉そうに背もたれにもたれかかり、足を組んでいた。
ユーリは露骨には嫌な顔をしないが、相変わらずビエラのことは疑っているらしい。
ラキシスとは仲良くなったくせに、未だにビエラを警戒しているのはなんでなのか?
私とビエラが魔法の練習をするときは監視に来る。世間的にはビエラはユーリの魔術の先生ということになっているのだが、もちろん一緒に魔法を習うようなこともしない。
ソールは、ユーリよりさらにビエラを毛嫌いしていて、影でこそこそ調べまわっている。
以前、ユーリの態度があまりにひどいので、お父様から注意してもらうこともできると話したのだが、ビエラは笑って「大丈夫です」と言ってくれた。
「アリエル様、ユーリ様のことは気にしないでください。鑑定眼を持つものは直感も鋭いと言われています。心当たりはないんですが、彼には僕がアリエル様に害をもたらすかもしれないという、
「その言い方だと、まるでビエラは私の敵になるって言っているみたいよ」
「敵にはなりませんよ。ただ、アリエル様にとって何が最良なのか、ユーリ様と見解が違うかもしれないということです」
ビエラは意味深にフッと笑う。
「どちらにしてもアリエル様には師匠がついてますから安心してください」とウィンクした。
う~ん。
サスキ様もそうなんだけど、ビエラもなんだか私の苦労を楽しんでいるような気がするのよね。
ビエラなら、簡単にユーリを丸め込めそうなのに、わざと拗らせているような気さえする。
ぎすぎすした空気をまき散らさないで欲しいんだけど。
もとは気遣いのできる日本人だったんだから、私の方がつかれてしまう。
*
「ビエラから見ても問題ないなら、今回は無事に済みそうね」
重い空気を
「何? 何か気になることがある?」
「怪しい魔法の気配はなかったけど、魔法の気配はそこら中にあったんだ」
「ん?」
意味不明ですけど?
「まあ、もともとこの辺は貴族相手の高級な店が多い。魔道具もあちこちで見かけるし魔術師専門の店も多いから魔法の気配が多くても仕方ないが、油断はできない」
なるほど。魔法が珍しいとはいえ、まだまだ貴族の中では使えるものも多いし、逆にお金を出せば魔法石も比較的手に入りやすい。
「つまり。魔女の血を引いていても判断できないってことだな」
ユーリが、またもちょっかいを掛ける。
「ユーリ様こそ、ラキシスと剣術ばかりせずにもう少し鑑定眼を磨いてもらえば、悪意があるかすぐにわかるんですがね」
「何だと! 貴様。調子になるなよ」
「二人とも、いい加減にして。狭い馬車で喧嘩しないの」
両手で今にも立ち上がりそうなユーリの身体を引き留め、ビエラの余裕ぶった顔を睨む。
「アリエル様。ネズミが出たら大声で呼んでください」
微かに首をすぼめて、ビエラが音もなく馬車から消えた。
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