第10話 終活! 騎士団長の息子と和解する

「ユーリちょっと落ち着いて、きちんと説明すれば誤解は解けるわ。決闘なんて大げさよ」

 あながち全部誤解じゃないし。


「大げさなんかじゃありません、愛する家族の名誉を守るためならお父様だってそうします」

 ああ、もう駄目完全に自分に酔っているわねこの子。

 誰かとめて。と、やり玉に挙がっているスティーブを見ると、『やります』みたいにビシッとした顔で立っているし、その横で真っ白な顔でソールが呆然とこちらを見ている。


 はぁ。

 もうまたか。

 しかたない、恥ずかしいからやりたくないけど、シナリオをめちゃめちゃにしない為、私が犠牲になるよ。



「ユーリ、私のためにソール様と喧嘩をするのはやめて」

 小っ恥ずかしいセリフを吐いて、両手で「お願い」ポーズをし、あざとく下斜めからウルウルと覗き込めば、ユーリが「しかたないですね」とため息をつく。


 よっしゃぁ。

 ここでとどめだ。

「私、ユーリが怒っていると悲しくなっちゃう」

 もう一つおまけに、ウルウルしておく。


「べ、別に姉さまに怒ってなどいません。ただ、僕は誤解されているままなのが悔しいんです。宝石店を潰したとか、洋服店で他の令嬢を締め出したとか、カフェにさえ行った事のないお姉さまが、職人を辞めさせたとか言われているのはもう耐えられません」

 なんか、地味な悪口ね。


「大丈夫、私は家族に分かってもらえるだけで幸せだから」

「姉さま……」

 ユーリは、いとおしそうに私を抱きしめる。


 何、この茶番。

 クララとアロマなんて感動して泣いてるじゃない。


「それはいったいどういう事だ?」

 盛り上がっている私たちを、あっけに取られて見ていたソールが突然口を挟んできた。

 よし、この勢いで丸め込もう。


「ソール様、私のせいでごめんなさい」

 か弱く声を発すれば、ソールの瞳が驚きに見開かれる。

 なんか、ついこの前こんなシーンがあったな。

 悪役令嬢からの、守ってあげたい系の演技が完璧だったのか、「うっ」と息を止め、頬をピンク色に染めてソールが顔をそむけた。


 どいつもこいつもギャップ萌えか?


「姉さまが謝る必要は全くありません。だいたい、考えたらわかることだろ。ずっと領地にいた姉さまがお茶会でご令嬢をいじめたりするわけがない。ドレスや宝石だって出入りの業者が屋敷に持って来るし。カフェにしても、家の料理人のスイーツにかなうものが市井にいるわけがない。皆、姉さまを妬んだ根も葉もないうわさだ」


「ちょっと待て、じゃあの誕生会の日の殿下に対しての言葉は何だ? あれはあきらかに妃になることを望んでいただろ」

「別にそれの何が悪いんだ、姉さまは公爵令嬢だぞ」

「まあ、それはそうだが……殿下には幼馴染の……」

 もごもごとソールは口ごもると、私をすまなそうに見た。


「あれは本当に私の失敗です。お恥ずかしいですがパーティーに出たのはあれが初めてで、ちょっと舞い上がりすぎました」

「パーティーが初めて? 公爵令嬢なのに? じゃあそれまでの誕生日はどうしていたんだ?」

 ソールの遠慮のない質問に、ユーリが顔色を変える。


「えっと、私は領地で使用人たちに祝ってもらっていたので、別に寂しくは……」

 私の言葉に後悔でいっぱいですと、うつむいてしまったユーリの手をギュッと握り返す。

 ああ、もう「僕が悪いんだ」オーラは勘弁してほしい、なぐさめるのも結構面倒くさいんだから。


「ユーリ、私は寂しくない。ほら、今は家族がいるし。顔を上げて、さっきも言ったでしょ。ユーリが悲しいと私も悲しい」

「うん、わかった」

 よしよし。


「話を戻すけど、パーティも初めてだったんだけど、あんなきらびやかな舞踏会も初めてでものすごく緊張したの。勿論ダンスも初めてよ」

「ダンスも初めて」

 ソールが信じられないというように「俺でさえ何度も踊ったことがあるのに」と感想を述べる。


「それで、あの日、思い出しちゃったの」

 ?

 ユーリとソール二人して何を? という顔をしている。


「おとぎ話よ。それがね、王子様が金髪の碧眼っていうのも、お姫様が私のようにルビー色の髪をしているのも同じで。その二人が最後に舞踏会で踊るんだけど、藍色で金縁のタキシードとピンク色のドレスまでがそっくりだったのよ。それで、最後に王子様が『私と結婚してください』って言えば完璧だな、と思ったらつい口から出ちゃって」


「「……」」


「姉さま、それは本気で言っているのですか?」

 ユーリが、もの凄く冷静に聞いてきたので、思わず「ごめんなさい?」と返してしまう。

 けど、これってアリエルが悪いの?


「プッ、アハハハハハ。ごめん、俺が誤解していたよ。まさか巷で悪評の公爵令嬢様がこんなだったとは」

 あらまあ、冷徹人間でも子供時代は大声で笑えるのね。

 それにしてもこんなって何よ。こんなって。

 ぷくーと頬を膨らませると、ソールが真面目な顔に戻って「この失礼は改めてお詫びします」と深々と頭を下げた。


「確かに、公爵令嬢がカフェに行くっていうのはおかしいよな。まあうちは伯爵と言っても騎士の家柄だから出入りの商人も宝石商なんてのはめったにないしな。すっかり噂を信じてしまった」


「あの、カフェに入ったことがないんですが、ぜひ行きたいです」

 何といってもショーケースに並ぶケーキを見るだけで気分が上がる。


「本当は仕立て屋さんにもいってみたいんです。出入りの商会は高価なものなのかもしれないけれど、子供向けではないような気がするし。お茶会に招待されないので流行りとか全然わからないし。そういう所に行けばみんながどんなものを着ているかわかるんじゃないかと思って」

 ウィンドウショッピングはストレス解消にもなるし、生の世界を見られる。


「俺に任せてくれ」

 ソールがドンと胸を張った。

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