《完結》不幸設定の勇者と悪役令嬢の終活〜愛されなかった2人が愛されるまでの成長物語

彩理

1章 悪役令嬢11歳前世を思い出す(1部)

第1話 王子様を怒らせてしまいました

「これが目的で、私をここによんだのか!」

 パーティ会場の中央で王子の冷たい声が響いた。

 いつの間にかダンスの演奏は止まり、楽しげに笑っていた人々の話し声も消えている。


「え? どうされたのですか?」

 振り払われた指先にもう一度手を伸ばせば、ぴしゃりと拒絶される。

 お父様自慢の宝石を散りばめたシャンデリアの下、私は無様ぶざまによろけてしまう。

 支えてくれるはずの王子は、手を差し伸べてくれるどころか数歩後ろに下がり、怒りに眉を吊り上げている。


「アリエル。私とマリアンヌのことを知って、このような公式の場で婚約を押し付けてくるつもりか?」

「何をおっしゃっているのかわかりません。私はただ嬉しくて……」

 震える声で説明しようとしたのに、エルーダ様はさらに眉間のしわを深くした。そのお顔があまりにも恐ろしくて、それ以上言葉が出てこない。


「嬉しい? 今日が何の日かわかって言っているのか。マリアンヌの魔力判定の日なんだぞ。何度も公爵には出席できないと返事したのに、父上にまで口添えを頼んで出席させた理由がこれか」

「違います……」

 誤解だ。と説明したかったが、エルーダ様は「以降、君のいる集まりには私は出席しない」と言い捨てて会場を去って行ってしまった。


 ざわざわと噂する貴族たちの声がどこか遠くで聞こえたが、耳には入ってこない。


 私はあまりの出来事にその場に座り込んで、侍女に抱えられるようにして部屋に戻った。




 *



 数日前、11歳の誕生日をひかえ、私は領地から久しぶりに王都にやってきた。

「会いたかったです。お父様!」

「アリエル、しばらく会わないうちに大きくなったな」

 燃えるような赤い髪と端正な顔立ちの父が、目を細めて私を出迎えてくれる。


「お会いするのは2年ぶりですもの」

 会えなかった時間にどれほど身長が伸びたのか、私はその場でクルリと回ってみせた。


「そうか、もうそんなになるか。アリエル、愛しているよ。いつも寂しい思いをさせてすまない。誕生日には殿下も来てくださる。存分に楽しんで

 お父様は誕生日パーティーがどんなに豪華なものになるか説明してくれたけれど、そんなことどうでもいい。


「イヤです。もう領地には帰りたくありません。私もユーリと一緒に王都に残りたいです」

 もうあんな田舎には帰りたくない。


 何度目かのお願いを、私は大声で叫んだ。

 大丈夫。私は愛されてるもの……。



「そうだな、そうしてやりたいんだがまだ環境が整わない。もうしばらく領地で待っていておくれ」

 お父様が申し訳なさそうに私の頭をぜた。


 私が一緒に暮らせない環境って何?

「愛してる」って言ったじゃない。

「嘘つき!」


 これも全部弟のユーリのせいだ。

 私はお父様の手を振り切って、お城のように煌びやかな屋敷に駆け込んだ。

 数か月ぶりの自室は、以前と全く同じピンクにフリフリのレースの可愛らしい部屋のままだった。

「こんなピンクの部屋はイヤ!」

 天蓋のシフォンカーテンをはずし、ピンクの宝石箱に、ピンクの枕。ベッドカバーをはぎ取って床に投げる。


「全部変えて!」

「ですが、お嬢様……」

 見慣れないメイドがおろおろと私の投げたクッションを拾って元に戻していく。


「床に落ちたものを、ソファーに置くなんて」

 私は駆け寄り、かがんでいたメイドを突き飛ばした。


 ふん。

 私に逆らうメイドなんてクビだ。


 


 結局、あれから何度頼んでも、お父様は王都に残っていいとは言ってくれなかった。

 何もかも気に入らなかったが、山積みの最新ドレスや宝石を見ると気分が晴れる。


「これ全部私へのプレゼントですか?」

「もちろん、それに今日のファーストダンスのお相手はエルーダ様だ」

 負い目があったのか、お父様はあらかじめ王子様にダンスを頼んでくれていた。


 初めてのワルツは夢のような時間で、フワフワと身体に羽が生えている気分だ。


 領地で見かける平民の子供は薄汚れていて乱暴者、馬鹿で愚かな者たちばかりでうんざりだった。王都に来てからは、上品で綺麗な顔の子供たちがお茶会に招待してくれる。


 そして、煌びやかなシャンデリアに負けないくらいキラキラの金髪で海の色のように澄んだ瞳の王子様と踊って、完全に私は舞い上がてしまった。

 

 それが作り笑いだとも知らずに……。



「私と結婚してください」

 ダンスの後、軽く手の甲にキスされ、思わず口走ってしまった私を誰が責めることができただろうか。

 だって、今の二人はどこからどうみても物語に出て来る王子様とお姫様。

 ハッピーエンドを迎えるシーンに描かれている場面と一緒だ。


 舞踏会で王子様はお姫様に永遠の愛を誓う。

 王子様の婚約者になればお父様も領地へ帰れなどと言わないはず。


 妄想はどんどん膨らんでいく。

 結婚式はいつがいいかしら。バラが咲き乱れているころ?

 子供は何人?

 男の子なら、王子様と一緒の金髪がいいなぁ。


 実に多くの冷たい視線が集まり、凍り付いたようにエルーダ様の笑顔が消えても、私は気づかずに言葉を続けた。


「私、こうして初めてダンスをした方と結ばれるのが夢だったんです」

 当然笑いかけてくれているだろうと、王子の顔を見る。

 固く結ばれた口に、あがった眉。侮蔑ぶべつするような瞳は私を捕らえて怒りをにじませていた。




 エルーダ様は「今日が何の日かわかっているか」と聞いた。

 わかっている。今日は私の11歳の誕生日だ。

 みんなが私におめでとう。愛しているよ。といってくれる一年で一番幸せな日。


 それなのに会場を去る私に向けられたのは、これから友達になろうと招待した貴族令嬢や令息のあざけりの視線だった。

 公爵家といえど、未来の皇太子に私の出席する集まりには出ないと言われたら、どんなパーティにも招待されないだろう。

 社交界デビューする前からすでに終わっている。


 私は泣きながら眠りにつき、その日から一週間高熱に浮かされた。


 

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