第2話 前世の記憶を思い出しちゃいました ☆

 高熱で、夢にうなされた。

 初めは不思議な夢だ、と思っていたけれど見ているうちにそれが前世の自分のことだと気づく。


 便利な世の中だったな。

 教室で楽しそうに友人たちと笑い合う前世の私を眺めながら、何を話しているんだろうと意識を集中してみる。


 亜紀あきが私のスマホをのぞき込んで『あー、それって恋愛って言うよりファンタジーカテだよね』と少し不満げに画面を指ではじく。


 声は聞こえないのに、話している内容が頭の中に流れてくる。

 夢ってすごい。

『なんていうの、私は普通の乙女ゲーがいいわけ。バイトと勉強で忙しいのをイケメンにいやされたい。ついでにざまあをちょこちょこ入れてくれたらスッキリするって感じ』

 まあ、確かに。


『それにマリアンヌは可愛いんだけど、悪役令嬢が残念過ぎ。魔力封じされたまま断罪って地味? しかも今時ドレスにお茶をこぼすとか全然新鮮味ないし、最後は監禁腹ボテエンドとか、やられておしまいかって』

 亜紀は「もう、私やめたから」と机の上に突っ伏した。


『そう? 私は結構好きだよ。乙女ゲームに無理やり冒険ファンタジー入れたみたいなのも、悪役令嬢のレベル上げが異常に難しいのも燃えるし』

『なに? あんたアリエルでプレイしてるの?』

 顔を上げて亜紀は私を物珍しいものでも見るように眺めた。

『だって、マリアンヌヒロインでやってもバットエンドが多いし、ハッピーエンドが攻略対象と海外移住って、自分の国捨てるなんて糞ゲーすぎ』

『それな』


 二人の少女はけらけらと笑いあう。

 休み時間のたわいもない会話。

 それから話題は髪の色から、バイトの話、次々に変わっていく。

 それでも、私はスマホの画面から目が離せない。


「うそでしょ。私って悪役令嬢だったんだ」

 そう叫んで私はベッドから飛び起きた。


 *


「お嬢様お目覚めになられたんですね」

 アロマが心配そうにベッドまで駆け寄って、私のおでこに手を当てた。


「アロマ、私悪役令嬢だったわ。しかも、ほぼ全ルートで勇者と結婚させられて監禁腹ボテエンドなのよ。まじありえないでしょ」

 バットエンドばかりの乙女ゲームの世界。ラブラブイチャイチャどころか、ガチ魔王討伐ファンタジー冒険展開。

 何かを忘れたい時にやるゲームとしてはいいけど、そこに転生するってどうよ。


 納得できないでしょ。



「これのどこが乙女ゲーム? 顔のいい攻略対象出せばいいと思ってるんかい制作者!」と思わず叫んで、私のおでこに手を当てたまま固まっているアロマの腕をガッシっとつかみ、前後にブンブン振って怒りを表現する。


「お、お嬢様。悪い夢でも見たのでは……」

「夢? そう夢で見たのよ。でも現実よ」

 あわわしているアロマの前に左手の甲を差し出す。くっきりとそこには魔力封じの魔法陣が浮き出ている。


「……」

 あ、アロマには見えないか。これは魔力持ちにしか見えない魔法陣だ。

「魔法陣よ」

「ああ」とアロマは頷いて、私の手をそっと握った。


 この世界ではすでに魔法を使えるものはそれほど多くはなく、どうしても魔法が必要なものは高価な魔法石を買って代用している。

 そんな中、魔力暴走を起こすほどの魔力持ちは、チートでしかない。

 お父様はこの魔法陣を見て「アリエルは特別な存在だ。この魔法陣は奇跡の力を持つ証だ」といつも自慢げに頭を撫でてくれた。


「あーなんで、もう少し前に前世を思い出せなかったんだろう。そうすれば王子に変なこと言わなかったのに。これじゃあ、ストーリー通り悪役令嬢のままじゃない」


 王子とマリアンヌ様は幼馴染でお互いに淡い恋心を抱いている。

 しかし、マリアンヌ様のお父上が伯爵で、王子の婚約者として少し身分が足りないことから正式な婚約者候補として名前は上がっていない。

 そこに、ぐいぐい割り込む悪役令嬢の私。

 お父様も娘可愛さに、必死に画策するのだが、それが原因で王家とはぎくしゃくするし。

 本格的に乙女ゲームがスタートする学院生活が始まれば、マリアンヌがヒロインとしてイベントをこなして、正式に婚約者になる。結果、公爵家は権力を削がれていく。


 一度目の人生、なんで死んだのか覚えていないけど、二度目の人生の終わりはシナリオ通りバットエンドは避けたい。


 これはある意味チャンスだ。


 正規ルートでもバットエンドだらけの世界で神のごとく未来がわかるんだから、人生の終わりを絶対にハッピーエンドにしなくちゃ。


「うん、これって今はやりの終活end of life planningよね」

「アリエル様、終活って?」

「人生をより素敵な終わりにするための前向きな活動のことよ」

「はぁ。」

 アロマは間の抜けた返事をする。私より年上といってもまだ成人していないので、人生の最後なんてピンと来ないんだろう。


「先ずはこの魔法陣をなんとかして解除しないと」

 ゲームでは魔力封じを解除しても、解除しなくてもバットエンドは変わらなかった。でも、運よくこの魔法陣を解除できたのは学院を卒業してからだ。

 何もかもそれでは遅すぎる。

 今は、一刻も早くこれをなんとかしよう。

 私はじっと魔力封じの魔法陣を見つめた。


「とにかく、お嬢様すぐにお医者様を呼んでまいります」

「ちょっと待ってアロマ。もう少しだけ考えをまとめたいの」

 このまま悪役令嬢のような態度を取り続ければ破滅一直線だ。みんなにどの様に接するかも、どうして急に態度を改めたのかも説明しなくてはならない。

 それよりも、何か。この魔法陣が引っ掛かる。


「ですが皆様心配しておいでです」

「お願いアロマ。この前の誕生日会のことは聞いてるでしょ」

 誕生日会のことは今はどうでも良かったが、アロマは途端に暗い顔になり、私から目をらした。


「承知いたしました。何かあればおよびください」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る