第32話 反省

 目覚めると、ユーリがベッド横の椅子に座り、私の手を握りしめていた。

 目をきつくつぶり、静かに息をしている顔に乱れた髪がかかり妙に大人っぽい。

 うん、10歳の色気じゃないね。


 そっと耳にかけてやりたいが、きっと起きてしまうだろう。

 一晩中ついていてくれたのか、疲れた顔をしている。


 ぼんやりとした記憶の中で、泣きわめいて暴れた自分の姿を思い出し、顔が青くなった。

 あれじゃあ、過保護のユーリを死ぬほど心配させただろう。


 でも何故?

 何故私はあんなに暴れたんだっけ?

 記憶が抜け落ちている。


 暴れる前何をしていた?

 昨日、ユーリと仲直りして帰ってきてからは何も問題はなかった。

 サスキ様には一通り謝って、明日もう一度話し合うことで納得したし。

 それから夕食を食べて、あとはそのまま寝てしまった。


 そうだ。夢を見たんだ。

 うーん。どんな夢だったっけ?

 暗闇に落ちていくような感覚だけど、それ以上はいくら考えても夢の内容が思い出せない。

 暴れるほどの夢って何だ?


 暴れた私をユーリが背中をさすってくれて、それから……。

 そうだ、サスキ様に殴りかかったんだ。


「うわぁ、どうしよう」

 兄姉そろって無礼すぎる。

 それで、魔法陣を解除してくれないなんていわれたら、もう一度頼む余地はあるだろうか。


 はぁ。と長いため息をつく。

 そういえばあの時、あんなに興奮していたのにすぐに眠りに落ちてしまったって変よね。

 サスキ様の魔法かな。

 確か「なんとか桜にやられたって聞こえたけど、どういう意味?」


 ダメだ、頭にもやがかかっている感じ。

 私は、もう一度ユーリの顔を覗いて、きつく握られたままの手を握り返した。

 これ以上ユーリに心配かけるわけにはいかない。今回はこのまま帰ったほうがいいかな。

 手をつないだまま天井を見上げ、私はもう一度目を閉じた。



 次に目覚めたときも、ユーリに手を握られたままだった。


「姉さま」

 目の下にクマができ、私を心配そうみているけれどユーリのほうが病人のようだ。

 昨日から同じ服を着たままだし。

「ちゃんとご飯は食べたの?」


 一瞬きょとんとした顔をしたユーリは、少しだけ安堵したのか「お腹がすきましたか?」と逆に私に聞いてくれた。

 昨日暴れたせいか、確かにお腹がすいている。


「ちょっと」

「じゃあ、着替えてきますから、何か消化に良いものを持ってきます」

「うん、お願い」


 それから私は、ユーリと一緒に食事をし、きちんと身なりを整えてからサスキ様に会いに行った。

 文句を言うかと思ったユーリも素直についてくるが、さっきから表情が全く読めない。

 いろいろ世話を焼いてくれるので、怒っているようでもない。心配はしてくれているようだけど、昨日のことについては全く聞いてこないし、あえて避けているようだ。


 どちらにしても、全く笑いかけてくれないところをみると、相当失望されたのかもしれない。

 うぅぅ。せっかくユーリとは姉弟仲がよくなったと思ったのに。


 ✴︎


「昨日はご迷惑をかけて申し訳ありません。ちょっと怖い夢を見たようで取り乱してしまいました」

 サスキ様の部屋に入ると、開口一番、私は頭を下げて謝罪した。


「顔色が良くなったね。ユーリ君はもう少し休んだほうがいいんじゃないかい」

「いいえ、大丈夫です。昨日は姉がお世話になりありがとうございました」

 あんなに突っかかっていたのに、サスキ様に謝るなんてちょっと驚きである。

 イヤ、それだけ私の失態が大きかったのか。


「お礼はいらないよ。私はアリエルちゃんが良く眠れるように手伝っただけだから」

「それだけですか?」

「それだけとは」

「記憶をいじったのでは?」

「鋭いね。でも、君も見ていただろう。昨日アリエルちゃんの状態ではしかたない。あの時は仇桜あだざくらに捕らわれていたからね」


 あ、昨日意識が途切れる前に聞いた言葉だ。


「仇桜とは何ですか? どこかの刺客……」

「いやいや、本来そんな物騒なものではないんだ。ただ、アリエルちゃんはどうやらこの山に好かれる体質みたいで」

「「は?」」

 ユーリと私声をそろえて首をかしげる。

 山に好かれるっていったい……。


「ほら、君たちがここに着いたとき、私が想像以上に早く着いて驚いたの覚えてる?」

 そういえばそんなことを言われたような。


「あれはね、本当にびっくりしたよ。ふもとからここにたどり着くには1週間以上かかるのが普通なんだ」

 え? 1週間?

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