第46話 王子様はいまだ怒ってる? *
「それ私の!」
「あ、ごめん。つい。神殿ではお肉はほとんど食べれなかったから」
「そのわりに、久々に会った時はお肌もツルツルだったけど」
「アリィったらひどい。私がこの平和をもぎ取るためにどんなに苦労したと思ってるの!」
「はいはい、魔法が苦手なふりをしていたせいで、冷たいお風呂に入ったり、毒入りのスープを飲んで寝込んだんでしょ」
「それだけじゃないわよ。カビの生えたパンもカチコチの肉も我慢して食べたの。あいつら絶対にしばく!」
神殿での修行を思い出したのか、マリーが悔しそうにドンとテーブルを叩く。
ぷくーっと膨らんだ頬が、モチモチ過ぎて思わず親指と人差し指でつまんでしまう。
「アリィ!」
「あ、ごめん、ごめん。あざといとわかっていてもついかわいくて」
「それ褒めてないから」
「褒めてるよ。苦労の末、今の平和があるんだよね」
マリーは神殿での聖女候補生としての課程を終えたものの、光属性の魔力は最少という判定を手に入れた。
知り合ってからはお互い忙しく、ほとんど手紙のやり取りだったけれど、数年のやり取りで、彼女が見た目の儚さとは違い芯があり、誠実で信頼に値する人だということはわかった。
そして何より、賢くたくましい人だ。
「そうよ。猫の皮を3重くらいかぶって無事に聖女候補からも外れたし。もうエルーダ様の婚約者として名前があがることはないはずなんだけど……」
*
「シナリオの強制力って発揮されるのかな?」
苦手なきゅうりのサンドイッチを眺めていると、マリーが珍しく弱音を吐く。
私とマリーでイベントを予測してフラグを折っているはずなのに、避けても避けてもイベントが発生するので気持ちはわかる。
入学式でのヒロインと王子の出会いイベントはもちろん、ハンカチを拾うとか、木の上の猫を助けるとか、つい先日の食堂で背中を押され制服を汚されるというのは記憶に新しい。
当然私は何もやっていない。
エルーダ様は、未だ諦めずにマリーを追いかけまわしているので、イベントが発生すると
「君にこんなことをしたのは誰だ!」
イヤイヤ、どう考えてもあなたの取り巻きでしょう。
うっかりすると、私も巻き込まれ犯人にされそうになったことが数回。
「私じゃありませんから」
「アリエルじゃないわ」
2人で声をそろえて訴えると、エルーダ様は苦笑いをして「それはわかっている」と頷いた。
ひっきりなしに起こるイベントのせいで、ようやっと私が犯人ではないとわかってくれたことは、もう笑うしかない。
「あ、今、私とは距離を置こうとか思ったでしょ」
マリーは私の横に座り直すと腕を
「そんなこと思ってないよ」
面倒だなとは思ったけどね。
「ストーカーみたいな王子をかわすの大変だし、アリィは私の心の安定剤なんだから駄目よ」
「そう思うなら、いっそのこと猫かぶるのはよしたらいいんじゃない?」
もともとのマリアンヌは、おとなしい性格の儚い少女だった。聖女になってからも出しゃばらず、一歩後ろを歩くタイプでエルーダ様を支えるけなげなヒロインなのだ。
しかし、初めてのお茶会では、マリーはすでに前世を思い出しており、はきはきとものを言っていた。
それがエルーダ様の前では、元のマリアンヌのキャラに寄せている。
「うーん、初めはエルーダ様にはかかわらないでいようと思ったんだけど、考えてみたらこの世界で生きているうえで最大のコネでしょ。ひと思いに切り捨てるには惜しいじゃない」
私の分のサンドイッチにまで手を伸ばし、おいしそうに食べる姿には全く悪気が無い。
「それって、かなり計算高い女みたいだけど」
「現実的と言ってちょうだい。元の世界に帰れない以上経験と知識は最大限生かさなくちゃ。この世界には法律も警察もいないのよ。没落しないためにも権力は大事」
デザートのいちごを私の鼻先につきつけながら、マリーは胸を張った。
うん、正解かも。
この世界での法律は平等じゃないし、騎士や兵士は国民も守るためにいるんじゃない。
聖女さえも、神殿の権力争いの道具でしかないんだから。
「でも、中途半端だといつまでたっても付きまとわれるんじゃないの?」
「まあ、そのうち婚約者が決まったら私のことはあきらめるわよ。それまでは幼なじみの立場をキープしなくちゃ」
「そんなにうまくいくかな?」
「大丈夫よ。ちょっとした作戦もあるし」
「作戦?」
「そう。まあ、みててちょうだい」
何だか、もの凄く不吉な予感がする。
*
私はシーチキンときゅうりのサンドイッチばかりが残ったお皿を、むなしい気分で眺めて、温室の入り口に目を向けた。
ここは学校内の食堂と違い平民が多い。その一番奥の席は大きな噴水の陰になり、エルーダ様に見つからない穴場なのだ。しかし、逆にこちらからも見通せないので、今なぜ入り口がざわざわと騒がしいのかも見えない。
「どうしたの?」
「なんだか視線を感じる」
「ああ、あれじゃない?」
マリーは入り口ではなく、温室のガラス天井の向こうにそびえるノイシュタイン城を見上げた。
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