第45話 しばしの平和 ✳︎

「平和だわぁ」

 テーブルに肘をついて、ぽかぽかと顔に当たる太陽の匂いを胸いっぱいに吸いこむ。

 最近は食堂にいると外野が五月蠅うるさいので、城の横に併設されている巨大な温室で昼食をとることが多い。

 ガーデンパーティーを開くために作られた温室だけあり、ガラス張りの天井には大きなシャンデリアが幾つも下がっている。

 昔は手入れされていたであろう花々は、今は薬草の栽培がされ、貴族は寄り付かない。


 微かに、こんがり焼いたベーコンと、ドライトマトの香ばしい酸味が鼻をくすぐる。


 ぐ~。

 おなかがなって、私も一つ、つまもうと手を伸ばすと、目の前には眉をよせたマリーが不満げにサンドイッチにかじりついた。


 チェンバロ マリアンヌ伯爵令嬢。言わずと知れた乙女ゲームのヒロインである。

 絹糸のような金髪は太陽が当たるとキラキラと輝き、バラ色の頬で笑顔を向けられれば十中八九、恋に落ちるのは間違いなし。

 気のせいじゃなくて、彼女の周りだけ空気が澄んでいるように思う。

 流石、本物の聖女である。


 まあ、口を開くと台無しだけど。

 マリーはマスタードがきいていたらしく、冷めた紅茶をごくごくと飲み干した。



「ヘタレ!」

「な、何が?」

「ラキシスに、聞きに行ったの?」

「……」

 マスタードがききすぎなのは私のせいじゃないのに、親の仇のように目を釣り上げて八つ当たりしてくる。


「入学してから1カ月近くたつのに、挨拶すらしてないでしょ」

 挨拶はしてないけど、一緒にお昼寝しちゃったよ……。


「だって、クラスも違うし……いきなり公爵令嬢の私が、平民に話しかけるのは変でしょ?」

「別に変じゃない。ユーリ君だって陰で一緒に、剣術の練習してるんでしょ」

 まあ、ユーリはラキシス大好きっ子だし、もしも会っているところを見られても、剣術大会での好成績を認められて特待生として入っている彼に剣術の相手をしてもらったと言えばいいんだし。


「まさか、今でもバッドエンドが怖くて聞きに行けないなんて言わないよね」

 マリーは、サンドイッチを頬張る手を止めて、呆れたように首を傾け私を覗き込んだ。

 目で「弱虫」と言われているようで、なんとか言い訳を考えるけれど思いつかない。

 自分でもわかっている。ここまでシナリオが狂ってきては、バッドエンドを避けるには逃げてばかりでは駄目だって。


 わかっているけど……。


「ううぅ……だってゲームと違って夢で見たバッドエンドは本当に怖かった。まるで現実に起こったように、今でもあの冷たい鎖の感触を思い出せる」


 はぁ~。

 私の答えに大げさにため息をつくと、マリーは両手をグーにしてダン、とテーブルを叩いた。


「彼、絶対に転生者だから。何を企んでるのか早めに聞き出して」

「そうかな? でも、もし転生者じゃなかったら?」

「転生者に決まってるでしょ。ずっと奴隷設定のはずだし。しかも魔法封じだって魔王討伐直前にマギに解除してもらう設定なんだから」

 確かに、どんなシナリオでも彼が自分で魔法封じを解除したルートなんかない。


「もしかして、昔領地で溺れていたところを助けてくれたのも、偶然じゃなかったのかな?」

 7歳のときに、矢で暗殺されそうになった。

 あのときすでにラキシスは記憶を取り戻していたのだろうか?


「うーん、それはないんじゃない。ゲームで悪役令嬢と勇者が出会うイベントがない以上、領地のお嬢様を街で待ち伏せするなんてできないでしょ」

「そっか、じゃあ、あれは本当に偶然なんだ」

 そうよね、そんなフラグ悪役令嬢と勇者にあるわけないし。


「偶然ねぇ……シナリオにない偶然は運命的よね」

「はぁ? 何それ」

 運命とか軽々しく言うのは止めて欲しい。変なフラグ立ったらどうしてくれるのよ。


「でも、ラキシスが転生者で、私が転生者だって気づいてなかった場合は、逆にこっちの正体を明かすことになっちゃうんじゃない?」


「それは私も考えた。でもこのままこちらの正体を明かさない場合、メリットが全然ないうえデメリットばかりなのよね」

「デメリット?」

「勇者は私を好きになる」

「まさか!」

「まあ、それは冗談だけど。ラキシスがこれからどうするのかわからないと、彼の計画に巻き込まれる可能性がある」

 彼の計画か……。

「復讐とか?」

 そんなふうには見えなかったけど。


「とにかく、早急に確認すること!」

「わかった。頑張ってみる」

 マリーは満足そうに頷くと、最後のベーコンを口に入れた。


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