ラキシスとユーリ
ラキシス アリエルに気を使う
「アリエル エルドラ公爵令嬢」
少女の名前を聞いて、俺はできるだけ近づかず遠巻きに観察することにした。
できれば俺のことは知られたくない。
「あれ? なんでこんなところから公爵令嬢を覗いてるの?」
庭でお茶をしている公爵家の姉弟を木の影がら見ていると、気配もなくビエラが背後に立ち、楽しそうに聞いてきた。
「姉のほうはエルドラ領で一度会ったことがあるんだ」
彼女の方は気づいていないようだったが……。
仕方ない、7歳の記憶力ではちょっと会っただけの平民を覚えていろというのが無理だ。俺だって、前世の記憶が戻っていなければとっくに忘れていただろう。
「ああ、奴隷のときね。奴隷だったこと知られたくないの?」
そんな理由でないことはビエラが一番わかっているはずなのに、わざと奴隷を強調してくる。
「うざい」
久しぶりに山に戻って来たので、ビエラが四六時中ちょっかいを掛けてきて、いい加減うっとうしかったので、つい本音が口から出てしまった。
「ひどい、昔はあんなにかわいかったのに……いや、今もかわいいけど」
「あれ……手の甲の魔法封じ、マギがやったやつだ。今、マギと関係のある人間と接触するのは不味いだろ。サスキ様がどうするかは知らないけど、訪ねてきた理由はきっと魔力封じを解除して欲しいってことだ」
盛大にため息をついた後、俺はビエラに言い訳をしたが、実は彼女に近づきたくないのには別に理由があった。
以前、エルドラ領で会った時の彼女は、平気で俺を矢の前に押し出した。高飛車でどちらかといえば悪役令嬢キャラだ。
話してみると家族に見放されたと思いこむ、とても傷付いた少女で、なぜかつらい修行の中、何度も彼女の笑顔が浮かんだ。
正直、俺だって彼女の魔力封じを解除してやりたい。
あの時、大魔法使いになって、魔力制御を手伝ってやるって約束したし。
しかし、久々に会った感じでは、弟に溺愛されており、
どう見ても悪役令嬢には見えない。
問題はルビー色の髪に薄ピンクの瞳。
悪役令嬢じゃないと言うことは、ヒロインの配色だろ。
悪役令嬢だった場合、俺とはそれほど接点もないだろうし、スルーしていればいい。しかし、ヒロインだった場合。シナリオでは俺は一緒に魔王討伐し、
振られた場合はバッドエンドだったはず。
うーん。
ロリじゃないのでお嬢様に恋をするとか全くありえない。
しかし、あり得ないことが起きるのが乙女ゲーム。
どんな条件でどんなバッドエンドが起こるか覚えてないのでヒロインには警戒が必要だ。
どちらにしろ、これ以上、観察しても目新しい情報はなさそうなので、彼らが帰るまで身を秘めていよう。
そう思ったのに、なんとサスキ様に呼び出され「ビエラの代わりに、マギが
「え! 俺?」
見れば、ビエラはすました顔で俺と姉弟を見ている。
俺が二人を避けてるって知ってたのに、こいつサスキ様がなんで俺を呼んだか知ってたな。
「俺にはまだ無理では?」と否定はしてみたが、サスキ様の決定を翻せるほどの言い訳が思いつかない。
どうしたものか、と考えていると姉の横で、シスコンの弟がすごい形相で俺をにらんでいる。
「サスキ様、冗談も休み休み言ってください。まだ子供じゃないですか」
自分も子供のくせに、ぷるぷると拳を振るわせて弟がソファーから立ち上がる。
まあね。そうなるよね。
どのこの馬の骨ともわからん奴に、大切なお姉さまに魔法を掛けさせるなんて承知できないだろう。
俺はサスキ様に言われて手の甲の魔力封じを二人に見せた。
もちろんそこにあるのは自分でつけたフェイクなのだが、同じものがあれば二人が納得するとでも思ったのだろう。
どうか、これを見て俺のことを思い出しませんように。
5年前よりだいぶん身長も伸びたし、ガリガリだった身体も結構がっちりしてきた。何より髪と瞳の色が前と違うので気づかないよな。
うん、そうだ。普通7歳で一度あっただけの子供のことなんか覚えてないはず。
祈るような気持ちで手を差し出したが、お嬢様の顔色がみるみる変わっていく。
え?
その反応は何?
結構いい感じで別れたので、もしも思い出しても偶然の再会を喜んでくれると思ってたのに。
もしかして矢で襲われたこと思い出しちゃったとか?
あれってそんなトラウマになってたの?
とっさにサスキ様を見たが、師匠も予想していなかった反応のようで、崩れ落ちるお嬢様を抱きとめた。
「貴様、姉さまに何をした!」
弟が怒鳴っていきなり、剣を引き抜いた。
いやいや、俺は何もしてないでしょ。
そう言おうとしたが、その前に魔力を帯びた剣が振り下ろされる。
おいおい、ちょっと待て。
いきなり、それはないだろ。
子供をいじめる趣味はないけど、そっちがその気なら、大人気ないがこちらも応戦させてもらうよ。
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