第36話 魔力封じ解除

 さて、問題は未だ数時間あきもせず戦っている2人だ。

 戦っていると言っても魔法で強化した剣を使って攻撃しているユーリに対し、ラキシスは普通に短剣で応戦している。

 今現在、歳の差を考慮しても、剣の腕前はラキシスの方が上のようだ。

 まあ、当然だ。相手は将来勇者だもん。





「なんだか、ユーリが生き生きして見える」

 怒って勇者に斬りかかったくせに、攻撃をかわされるたびに喜々として剣を振り下ろしている。


「剣の練習は好きじゃないって言ってたのに、楽しそう」

「まあ、男の子ってそういうもんじゃない?」

「それに彼、こんなに魔法を開放して剣で戦ったことがないんじゃないかな」

「そうかも、普段は魔法を使えることは極力隠しているので」

「ラキシスはいい練習相手になるかもね。喧嘩の後仲直りするとか青春でしょ」

 それは困る。

 ユーリには勇者とは距離を置いて、嫌っていてもらいたい。


 喧嘩した後に親友とか、ユーリなんて絶対そんなタイプじゃないと思ってたのに、目の前でラキシスに持っていた剣を吹き飛ばされて、呆然としていたのもつかの間。寝転がって笑い出した。

 あーあ。ラキシスまで、ユーリの横に寝転がって一緒に笑っている。

 男って、なんて単純な生き物なんだろう。


「さて、そろそろお茶にしようか。君たちは中で壊したものの後片付けね」

 サスキ様は見るも無惨に崩れ落ちた屋敷をあっという間に元に戻すと、ユーリとラキシスに残骸の後片付けをするよう命令した。


「さあ、アリエルちゃんはケーキを食べようか」

 庭に用意されたテーブルにはたくさんのお菓子が並んでいる。


「あの……」

「心配しなくてもラキシスは城下に帰るよ」

「え? ここに暮らしてはいないんですか?」

「ああ、以前はここで修行をしていたんだけど、一時的に城下で暮らしていたんだ」

「そうなんですか」

「それでね。魔力封じだけど。明日やってあげる」

「私の魔力をまずは身代わりの人形に少しずつ移すってヤツですか?」

「あれは省略。この国の公爵に頼まれちゃったから、意味もないことに何日か適当に相手して追い返そうと思ってたんだよね」

「そうなんですか!」

 あまりにも悪びれもせずサスキ様が言うので呆れて大きな声で叫んでしまう。


「パッパッと、魔力を人形に移して、魔力封じを解いちゃおうか。どんなに私が天才でも、魔力制御を教えるにはある程度時間がかかるから。しばらくここで練習するといい」

 全く悪びれることなく、サスキ様はにこにことチョコレートケーキにかじりついた。


 狸め。


「でも、ラキシス君に頼むのはちょっと……」

 いくらサスキ様が最後に助けてくれるとは言っても、ラキシスとはできるだけ関わり合いになりたくないし、まだ、そばに近づくのは怖い。


「私はビエラさんでもいいんですが、ユーリが」

「心配いらないよ。魔法封じを身代わりに移すのも、新たに魔法封じを施すのも私一人で何とかなるからね」

 さらりと何でもないように説明してくれたけど。


「もしかして、ビエラさんかラキシス君にやらせようとしていたのも、私達を追い出す嫌がらせですか?」

「それは違うよ。ただ単に経験を積ませるためさ。アリエルちゃんのように大きな魔力を扱うことはなかなかないからね」

「そうなんですね。経験のためなら私も我慢します」

「嫌、いいんだ。無理は禁物きんもつ

 そう笑ったサスキ様は、今までで一番嘘くさくない笑顔だった。


 *


「さあ、じゃあ移すから見ていてね」

 朝食を食べて、サスキ様の執務室で、私とユーリがソファーに座り、ビエラは優雅にお茶を入れてくれている。

 ラキシスは昨日のうちに城下に戻ったそうだ。

 心なしか、テーブルに置かれた身代わりの人形の服が綺麗な服に替わっているように感じる。


「あ、気づいた? ユーリ君がうるさいから、ちょっと着替えさせてみたんだ。もちろん下着も着けているよ」

 ゴン、とユーリが肘掛けを拳で殴る。


「サスキ様、ユーリをからかわないでください」

「ごめん、ごめん。つい可愛くって」

 確かに、ユーリは可愛いけれど、本気でサスキ様は変態なんじゃないかと疑ってしまう。


「では、アリエルちゃん手を」

 私は左手をサスキ様の手に重ね、右手を身代わりの人形の上にかざした。その上に右手の上にはさらにサスキ様の手が重なる。


 淡いピンク色の光がじわっと辺りに広がり、ものの三十秒くらいでサスキ様は私から手を離した。


「完了」

「え? 終わり」

「そう」

「私の魔力封じを身代わりの人形に移して、新たに私にサスキ様が魔力封じを施したってことでいいですよね」

「そう」

「こんなに簡単なのに、あんなにもったいぶってたんですね」

 ちょっと、棘のある言い方になってしまったのは許して欲しい。


「簡単じゃないよ。私だからこんなに一瞬で複数の魔術を成功させたんだから。まあ、明日から自分で練習すればわかるよ」





「え? ビエラが姉さまの専属教師に?」

夕食間際まぎわに戻ってきたユーリは、私の言葉に思いっきり眉をしかめる。



「もう少しここでサスキ様に教えを請いたいけど、いつまでも公爵家の令嬢と令息が領地にいるとうそをつくのは限界があるでしょ」

まあ、王子の従者候補としてはもうそろそろ顔を出さないわけにはいかないだろう。

この7か月、私はサスキ様に基本的な魔法制御と自分自身で魔法陣を身代わりの人形に移す練習をしてきて、やっと今日屋敷に帰っても大丈夫、とお墨付きをもらったのだ。



「魔力制御は……」

「完璧よ」

「でも、魔法陣を……」

「身代わりに移すのも、マギのものに戻すのも自分でできるわ」

「万が一それがマギにばれたら……」

「その時は、師匠の所に転移できるの」

「は?」

「まだ、自分だけじゃ無理だけど、あらかじめ転移の魔法陣を施した場所なら転移できるようになったの」

「うそでしょ!」

ユーリは目を見開いて驚いている。

「屋敷の私の部屋に、ビエラが魔法陣を描いてくれる約束なの」

「個人所有の転移魔法陣なんて聞いたことありません」

まあ、転移魔法自体王族の脱出用に王宮に数か所あるだけだといううわさだ。それも、高価な魔石の力を使ってじゃないと発動しない。

高価な魔石とは信じられないくらい魔力量を保有する石のことだが、私の場合、自分の魔力が膨大なので魔石を必要としないチートぶりだし。


ふふふ、悪役令嬢のチート設定をあなどるなかれ。


「治癒魔法とか、攻撃魔法とかいろいろ教えて欲しかったけど、まずは危険な時に姿をくらますことができればあとはサスキ様が何とかしてくれるかなと思って」

「僕がいるでしょ」

何故かすねたように、頬を膨らませるユーリがおかしくてもう少し意地悪をする。


「だって、誰かさんは私の修業に付き合うより、ラキシス相手に鍛錬してる方が多いし」

私のせいで山を下りてしまった勇者の所へ、ユーリは毎日足しげく通っている。

年齢が近く、魔法を思いっきり使って戦うことができるラキシスはユーリの闘志に火をつけてしまったらしい。


「そ、それは姉さまを守るために強くなりたいから」

「嬉しいけど、山を下りなくてもここにはビエラもいるじゃない」

「それは……」

「親友と稽古した方が楽しい?」

「なっ、親友とか違うから」

「あら、違うんだ。じゃあ、これからはビエラが公爵家に来てくれるから、わざわざここまでくる必要ないわね」

「そうですね」

ふてくされて返事をするユーリがあまりにも可愛くて、私は久しぶりに弟の頭をわしゃわしゃしてあげた。

全く素直じゃないところがめっちゃ可愛い。


「帰ったらまずはビエラに転移魔法を習うといいわ。そうすればいつでもお友達と鍛錬できるから」





そして、魔力解除と同じくらい大事な事がいよいよ迫った来ている。

絶対に、阻止しなくちゃ。





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