第34話 運命の悪戯  ✳︎

「彼なら信用できるが、どうですか?」

「どうですか、と言われてもまずは会ってみないことには返事はできません」


「まあ、そうだね。ビエラ、ちょっと呼んできてよ」

 サスキ様に頼まれて、「了解」と短く返事をしてからビエラは部屋を出て行った。


 昨日、ユーリに「人間じゃない」とか差別発言されたのに、全く気にした様子もない。子供ならそのままいい人だと思うんだろうけど。

 何せ中身大人だから。

 この人の笑顔は何だか作り物で、裏で画策するタイプの様な気がする。


 *


 ビエラが連れてきたのは、やはり私達をここに案内してくれた少年だ。

 入ってきた彼をみて、ユーリの眉がぴくりと上がるのが分かった。

 いきなり文句を言わないのは、ちょっと成長したのかもしれないが、それも長く持ちそうにない。


「ビエラの代わりに、彼にマギがほどこしたアリエルちゃんの魔力封じを、身代わりの人形に転送してもらおうと思います」

 どうです名案でしょう。とサスキ様は胸を張った。


「え! 俺?」

 思いがけず話をふられた少年は、長いまつ毛をシバシバさせて瞬きすると、とまどったように「俺にはまだ無理では?」と小声で答えた。

 その声に呆気に取られていたユーリが復活する。


「サスキ様、冗談も休み休み言ってください。まだ子供じゃないですか」

 ぷるぷると拳を振るわせてユーリがソファーから立ち上がる。

 まあね。そうなるよね。

 どう見ても彼は私と同じくらいなのに、マギの魔法陣を転送できると言うことは、少なくともそれと同等以上の魔力を持ち、使えると言うことだ。

 魔力量に自信のあるユーリからしたら、幼いから自在に使えないと諦めていたのに、プライドを傷つけられてしまっただろう。


「ユーリ君、落ちついて話を聞いて、ラキシスこちらに来て手を見せてくれないか」

 部屋の隅に立っていた少年が、そっと手を差し出す。

 そこには夢の中で見た藤色の魔法陣があった。


「それは……」

 ユーリも驚きで言葉を詰まらせる。


 え? 今、ラキシスって呼んだ?

 嘘でしょ……。



 彼がラキシス……。


「彼の本来の魔力封じも訳あって別の場所に移しているんだ。この魔力封じも私が施したんダミーだ……」

 サスキ様が、ラキシスについて説明していたが、頭の中に全然入ってこない。


「ラキシス」

 なんで? どうして彼がここに?

 彼は幼少期ずっと奴隷だったはず。

 こんな所にいるわけがない。


「姉さま?」

 遠くでユーリの呼ぶ声がする。

 考えなくちゃ、と思うのに自分の呼吸音が耳の後ろで響いていて上手く頭が回らない。

 昨日、あんな夢を見たのは桜のせいなんかじゃなかったんだ。

 なんでもっと慎重に行動できなかったんだろう。

 ガックリと身体中の力が抜けてソファーでうずくまると、胸が締め付けられ息が苦しくなる。


「こんなところでまさか勇者に会うなんて……」

 そのつぶやきはその場の誰の耳にも入ることはなかった。

 私は彼に殺される。

 屋敷の地下に監禁され、おぞましいものを産み落とすまで。

 意識がありながら身体が腐っていくのに、死ぬことさえ許されず心だけ殺された。

 とっくに狂っていたのかもしれない。


「姉さま、大丈夫? ゆっくり呼吸をして」

 頬に手を添えられてようやっと、ユーリを見る。

 不安に揺れる瞳の中に、泣きそうな顔の私が映っていた。


 ユーリを安心させるために、笑って「大丈夫」って言い返さなくちゃならないのに、息が苦しい。


「過呼吸だ」

 誰かの声が聞こえたが、目の前が真っ暗になっていく。

 私は意識を手放さないように必至にこらえた。


「アリエルちゃん、今呼吸を楽にするからね」

 サスキ様がユーリから私を奪い取るように両手に抱える。

 すると、あんなに苦しかった息が楽になった。

 サスキ様って治癒魔法も使えるのだろうか。


「貴様、姉さまに何をした!」

 ぼやける頭で考えているとユーリの怒鳴り声が聞こえ、剣を抜くのが見えた。


 途端、ドンとおよそ、剣と剣がぶつかる音ではない破壊音が鳴り、部屋が崩れ落ちていく。

 ユーリが魔力を込めて剣を振り下ろしたに違いない。


「ユーリ!」

 私はサスキ様にしがみつき、ユーリとラキシスを目で追ったが、「大丈夫だから、少し発散させてあげよう」といかにも楽しそうにウィンクをかえされる。


 どうやら、私とサスキ様の周りには結界が張ってあり、被害が及ばないらしいけど、なに考えてるんだこの人。

 こんな部屋の中で剣に魔力を込めて戦うなんて!


 それにしてもあのまま意識を失っていたら、また悪夢に引きずられているところだった。

 しっかりしなくちゃ。


 こんなところで勇者に出会うとは思わなかったが、出会ってしまったからには、できるだけすみやかに山を下りて関わりを持たないようにしよう。


 まずはユーリを止めなくては、勇者であるはずのラキシスと攻略対象のユーリがこんなところで戦うなんて、シナリオ的にもかなり不味い。


 いや、不味くないか?

 勇者とユーリが仲が悪ければ、私を勇者にお嫁にやるなんてことにはならないはず。

 でも、魔王討伐はどうするの?

 それでなくてもヒロインは聖女も魔王討伐もやらないって言ってるのに。

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