第21話 マリアンヌの正体

 マリアンヌ様からの招待状を受け取ってから1週間後。

 私はユーリに散々出かけないほうがいいと説得されたが、スティーブの他に3名も護衛を連れ、アロマと一緒に馬車に乗り込んだ。

 前回、チェンバロ伯爵家での出来事を聞いていたアロマも緊張で、あまり口数が多くない。


「大丈夫よアロマ。今回はマリアンヌ様と2人だけだから、問題は起きないわ」

 コクン、と頷くもののいっこうに顔色が良くならない。

 これは相当ユーリに脅されているのかも。

 到着前に、もう少しアロマを安心させてあげたかったが、今はマリアンヌ様のほうが気にかかる。


 私の想像が正しいなら。マリアンヌ様も転生者だろう。

 ゲームのヒロインとイメージが違うのも、ユーリが印象が変わったというのも、私のように記憶を取り戻したなら当然である。

 だって、前世を思い出すと言うことはそれまでの価値観が180度変わるのだ。現在が幼ければ幼いほど、前世に思考が引きずられるのはしかたない。


 問題は、ゲームのヒロインであるマリアンヌ様が誰を攻略したいか。悪役令嬢をどうするつもりなのかだ。それによって私の運命も大きく変わる。



 *


「お待ちしておりました。アリエル様」

 相変わらず、花がほころぶような笑顔でマリアンヌ様は私を出迎えてくれた。

 実際、後にお花が舞い散っているように見えましたよ。

 さすがヒロインです。


「お招きいただきありがとうございます」

 私もかなり努力して悪役令嬢ぽく見えないよう、可愛らしく笑えるようになったつもりだったけど、まだまだね。


「今日は、ガゼボが完成したので、そちらにお茶を用意しました」

「秘密の花園の?」

 もう完成したのか。


「でもあちらは、お二人の大切な場所なのでは?」

 そんなところでお茶をしたなんてばれたら、また焼き餅を焼かれる。


「全然大丈夫です。むしろ特別な場所にしたくないので」

「そうなんですか?」

「そうなんです。さあ、どうぞ」

 マリアンヌ様は私を花園へと招き入れてくれると、くるりと振り返り「護衛の方はここまでで」とドアを塞ぐように立った。

 大人一人がやっと通れるほどの入口は、無理に入ろうとすればマリアンヌ様に触れないわけにはいかない。


「私達はアリエル様の護衛です。片時もそばを離れるわけにはいきません」

 スティーブが穏やかだがしっかりとした口調で反論するも、マリアンヌ様は一歩も引こうとしない。

 戦場で、死に神と言われるほどの男を前にして、この堂々とした態度。やっぱり猫をかぶっていたとしか思えない。


「ご心配な気持ちも分かりますが、この庭はあそこのテラスからまる見えです。護衛の皆様にはいつもあちらで待機してもらっています」

 マリアンヌ様は邸宅の二階のバルコニーを指した。

 いつもって、王子の護衛のことだろうか。


 しばらくの押し問答の末、私とアロマだけお庭にお邪魔することになった。

 本当はアロマも待機させようと思ったが、スティーブが譲らなかったのだ。


 マリアンヌ様はご機嫌で庭園を案内してくれ、深紅の薔薇が咲き誇るガゼボの前で立ち止まった。


「これが美女と野獣のモチーフの薔薇です」

「うわぁ」

 想像通りの薔薇だ。


「ふふふ、ガラスケースに入れたくなるでしょ」

 その言葉に私は確信をもつ。


「マリアンヌ様、あなたは……」

 転生者なんですね。

 そういおうとした私の口を、マリアンヌ様の手が優しくふさぐ。

 すました顔で、一瞬だけアロマに視線を移すと私の手を取り少し高さのあるガゼボの階段を上っていった。


「ほらここからなら、あなたの護衛が見えるでしょ」

 マリアンヌ様が手を振るほうをみると、護衛の一人と目があった。

 スティーブはいないから、煉瓦塀のすぐ外にいるのだろう。


 テーブルにつくと、ガゼボで待機していた侍女が手際よくお茶を淹れてくれる。

「ミルクティーよ」

 何のためらいもなく、おいしそうにマリアンヌ様がミルクティーを飲む。

「どうしたの? ミルクティーはお嫌いかしら」

「いえ、そんなことはありませんがとても珍しいので」

 私は、覚悟を決めてミルクティーを一口すすってみた。


「おいしい」

「ふふふ、そうでしょ。この味を出すのには苦労したんです」

「実は私もミルクティーが飲みたくて、いろいろ試してみたんですが、どうしてもにおいが……」

 とてもじゃないが、生くさくて飲めたものじゃなかった。


「最近は新鮮な牛乳が手に入りやすくなってきたんですって。今はうちの料理長にショートケーキの試作を作らせているんですよ」

「ショートケーキ! 私も大好きです」

 ふわふわの生クリームに、甘酸っぱいいちごが最高においしいのに、こちらに転生してからはいかに公爵家とはいえ食べられなかった。

 新鮮な牛乳が手に入るなら、うちでも作ってもらいたい。


「ショートケーキがどんなものかご存じなの?」


「あ」

 意味深に私をみるマリアンヌ様の笑顔に自分の失言に気づく。


「2人で話がしたいわ」

 マリアンヌ様の言葉に、侍女がガゼボを出て行き、私もアロマに「少し下がっていて」と目配せした。


 マリアンヌ様はこれから何を語るのか……。


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