第22話 終活。 ヒロインと友達になる
「マリアンヌ様は、転生者なんですね」
「そうです。私が10歳の時に前世を思い出しました」
直球で聞いた私に、2時間ドラマで謎解きをする名探偵のように、マリアンヌ様は余裕の笑みを浮かべた。
「やはり美女と野獣は引っかけだった?」
「はい。でも確信したのはアリエル様が私のことをヒロインと呼んだからです」
「え! いつ?」
「私が殿下の暴力について言葉を濁したとき、ユーリ様の威圧的な態度に思わず私のことをヒロインと呼んでいました」
私ったら、気をつけているつもりだったのに、よりによって転生者であるマリアンヌ様の前でぼろを出していたなんて。
「そもそもなんで私も転生者だって思ったんですか?」
会ったのも、あのお茶会が初めてだったのに、すぐに美女と野獣の話を持ち出したのはなぜだろう。
「そんなの聞くまでもないです。噂では全然悪役令嬢っぽくないし、私が転生したんだから悪役令嬢も転生者だって疑うのがセオリーでしょ」
なるほど。
「ちなみに貴族の間ではミルクティーは聞いたこともありませんし、もちろんショートケーキも知ってる人はいないと思います」
ですよね。
こうなっては開き直るしかない。
「あの、マリアンヌ様は誰を攻略するつもりですか?」
私は一番気になっていることを聞いてみた。
ヒロインが誰を攻略するかによって、私の終活も変わってくる。
「いきなりですね。私はアリエル様も転生者じゃないかと知ったときとても嬉しかったんです。だからお友達になりたくて」
「すみません」
「いいえ、私のほうこそアリエル様の立場なら気になりますよね」
こくこく、と頭を上下に振りドキドキと返事を待つ。
「でも、まずは2人の時はため口で良いですか? せっかく日本人と話をするのに、『嬉しいですわ』とか気持ち悪いので」
その言い方がいかにも嫌そうで、思わず笑ってしまった。
「了解です。まずは私のことはアリエルって呼び捨てで良いよ。あ、やっぱり、アリエルじゃなくアリィがいいかな」
「アリィ? いきなり愛称で良いの?」
「アリィは愛称ではないよ。でも日本人にアリエルって呼ばれるのは恥ずかしすぎでしょ」
「そう?」
「そう。だって日本人ならアリエルって聞けば人魚姫を思い出すでしょ。それはちょっとおこがましいから」
「じゃあ、私はマリーで」
「わかった」
「あ、それと質問の答だけど?とりあえず王子を攻略するつもりはないです」
え?
「一番ハッピーエンドの確率高いのに?」
*
「実は私、このゲーム推せなくて……ただ続編はプレイしてたから、あらすじはちらっと覚えてる。それを考慮して王子様の攻略はなし」
続編が出てたんだ。
あまり人気がなかったので、打ち止めかと思っていた。
「それに、権力とかあんまり興味ないのよね。今の伯爵令嬢で十分。そこそこお金があって、キラキラ顔の旦那様と贅沢して毎日楽しく暮らせたらいいんだ」
それは理想かも。
「でも、あんなに噂になっているエルーダ様はどうするの? 絶対あなたのこと好きだよ」
もう、誰が見ても妃はマリーって決めてるでしょ。
「そうなの。めっちゃ困ってる。エルーダ様を好きだったのは記憶を取り戻す前のマリアンヌだし、エルーダ様も儚げで奥ゆかしいマリアンヌが好きであって、今の私とは違うと思う。正直、あんなクソ生意気なガキに付き合ってられないし」
確かに、顔はめっちゃいいし、王子だから攻略対象の一人になっているけど、実際にあのワガママ王子との結婚は悲惨な未来しか思い描けん。
「じゃあ、このゲームの数少ない、エルーダ様と国外移住でハッピーエンドのルートは本当に消えたんだ」
「そう。どちらかといえば王子様とじゃなくて一人で国外移住したい」
「1人で? なぜに?」
「私の推しは、続編の隣国ジェラード王国の第一王子ネイト様なの」
「ちょっと待って、じゃあ学院では誰を攻略するの?」
学院にも確か隣国から留学してくる王子がいたけど、ネイトなんて名前じゃないはず。
「まあ、それは適当にかわす」
かわす!?
ヒロインが攻略対象をかわすことなんてできるのか?
「そのためにも聖女になる気はない。聖女になれば国から出られないでしょ」
「それは……この国が聖女を手放すとは思えないね」
「それに魔王討伐とかありえない。それが嫌で元のゲームだって途中でやめたんだから。日本人に戦いなんて現実に耐えられるわけがない」
「まあ、そうかも」
今まであまり深く考えたことはないけれど、いざというとき自分に誰かを殺すことができるとは思えないもん。
ヒロインが、聖女にもならず、攻略もしないシナリオってどうなるんだろう。
私は波乱の予感を見ないように、美味しいミルクティを一気に飲みほした。
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