第4話 悪役令嬢のままでは誰も救えない

「どのような事でしょう」

 さすが公爵家精鋭の騎士である。

 さっきの動揺は微塵も感じさせづに平静を装っている。


「あのね。これと同じ魔法陣を持った子供を昔見たような気がするんだけど、誰か覚えていない?」

 私は手の甲の魔法陣をスティーブに見せた。

 実際に見たことはないけれど、スティーブは魔法も扱う剣士なのだ。


「弟君の他にという事でしょうか?」

 高熱から目覚めたばかりの私がなぜそんなことを聞くのか戸惑った様子だが、スティーブは異議を唱えることなく考えを巡らせている。


「ええ、そうよ」

「お誕生日の日なら、数人確認しましたが、どちらかというと簡易的な魔法陣が多く、お嬢様のような本格的な封印の魔法陣ではなかったと存じます」

「簡易的ってどういう意味?」

「簡易的とは魔力をすべて開放してしまうのではなく、段階的に使えようになった分だけ引き出せるようにした魔法陣です。ですから、見た目もただの円形だけだったりします」

 なぜかスティーブの顔色が悪い。

 この年になってもまったく魔法が使えず、魔法陣を解除できない私がまた怒り出すと思っているからだろうか。


「誕生日より何年も前よ。確か色は藤色だったわ」

「藤色ですか、それは珍しいですね」

「珍しいんだ」

「はい、普通魔力制御の魔法陣は他の魔法陣と同様、白で描かれます。魔法陣に色がついているのは、それをほどこした魔術師より施されたお嬢様の魔力量が多いからです」

「私が王宮魔術師より魔力量が多いってこと?」

 初耳である。

 でも、自分より多い魔力量の人間の魔法は解除できないけど、その逆、少ない魔力量の人間がかけた魔法なら解くことができるのよね。


「それじゃあどうして私は自分で魔法陣を解除できないの?」

 今は子供だからかもしれないけれど、大人になっても自分で魔法陣を解除したルートなんてない。


「それは、経験がないからです。いくら大きな魔力を持っていても一度も使ったことがなければ、解除できたとしても制御できないでしょう」

 なるほど。

 でも、最悪の場合も想定して、自分で制御できるように魔法の勉強はなるべく早く始めなくちゃ。


「くれぐれもご自分で解除しようなどと思わないでくださいませ」

 鋭い。


「わかってるわスティーブ。確か魔力を制御できないと暴走してけが人が続出するのよね」

 って言うか、周りを巻き込んで自分自身も死んでしまいそうで怖い。


「そういえば、数年前に領地で魔法陣を持つ少年に会ったことがあります。私が初めて領地に行った時ですから5年前ですね」

 5年も前って、私が7歳くらいか。

 ただでさえアリエルの記憶は曖昧なのに、そんな前の出来事は全く覚えていない。


「領地のどこでかしら?」

「お嬢様と護衛3人で領地に視察に出た時、刺客に襲われたのです。そこにたまたま居合わせた少年です」

 視察中に襲われた?

 悪役令嬢が視察なんて絶対しないから、ただ市井に遊びに行ったのね。

 それにしても刺客とは穏やかじゃない。


「お嬢様を狙ったものとして捜査しましたが、魔法が付与された矢だったのに死んだのは護衛2名でした」

 そういえば、昔街に買いものに行ったら上から矢が大量に降ってきたことがあった。


「それって護衛の忠誠心が素晴らしかったってこと?」

「いえ、もともと護衛が狙いだったのではないかと思います。後日調べたところ二人とも領地出身とありましたが、採用される一年前からしか住んでおらず、その前はどこにいたのか確認が取れませんでした」

「じゃあ、公爵家にもぐりこんだスパイだった可能性が高いのね。でもそのスパイを誰が暗殺したの?」

「残念ですが、矢を放ったものを見つけることはできませんでした。少年にも、もう一度話を聞こうとしたのですが、見失って……」

「その少年も暗殺にかかわっていたのかしら?」

「いえ、それはないと思います。偶然お嬢様がぶつかり荷物を落として割ったのです」

 うーん、そんなことがあったような、なかったような。


「それで、その少年の髪と瞳は何色だったの? まさか奴隷じゃなかったわよね」

 ヒロインでもあるまいし、ゲームが始まる前に出会いイベントなんか発生しているわけがないけど、なんか引っかかる。



「髪も瞳も一般的な黒色でした。こざっぱりしていて奴隷には見えませんでしたが」

 そうなんだ。たしか、ゲームでは銀髪だったし。

 うん、ないない。


「ただ、見目を整える奴隷もおりますので断定はできません」

 それってどういうこと?

 見た目を綺麗にするって、まさかそっち系の奴隷?

 どうしよう。

 もしその時の少年が勇者なら、私には奴隷から救ってあげられる機会があったという事だ。


 ガツンと頭を殴られた気分だった。

 落ち着け私。

 どちらにしろその時のアリエルは前世の記憶を取り戻していない。

 その時の少年が勇者だったとしても、7歳の少女には奴隷の彼を救うことはできなかっただろう。


「スティーブ、その少年を探したのよね」

「はい、公爵令嬢を暗殺しようとしたものを目撃したのですから」

 そっか、それならしかたない。

 今度領地に帰ったら、もう一度探してみよう。

 私は、心にとげが刺さったような気持ちに、ふたをすることにした。



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