お嬢様としばしの別れ

「同じだ」

 両手でお嬢様の腕をつかむと、まじまじとその魔法陣を観察する。

 大きさと形状は全く一緒だ。

 違うのは俺のは藤色だが、お嬢様の方は桃色をしている。


「これは王宮魔術師のマギ様が、私の魔力が暴走しないようにつけた魔法陣なの。あなたのは?」

 おっ! 

 お前からあなたに昇格したな。


「俺のも魔力封じだ。誰がやったかは知らない」

「自分のことなのに知らないの?」


「そんなこと言ったって、これをほどこされたあと、すぐに捨てられたからな」

 俺の言葉に、お嬢様は同情したのか、すまなそうにもじもじと自分の足下を見つめている。


「別に同情はいらないぞ。このままですまそうと思ってないから。俺はこの魔法陣を解除して、自由に生きる」

「いいなぁ。わたしも魔法陣をなくしたい」

「お嬢様には宮廷魔術師が付いているんだろ」

「マギ様が、私は魔力制御ができないから、消すことは出来ないって……」

 最後の方はほとんど聞こえないくらいの小さな声だった。



「いつか、俺が天才魔術師になったら、お嬢様が魔法を使えるように手伝ってやる。それまで諦めるな」

「うん、期待しないで待ってる」

 俺の言葉をお嬢様は全く信じていなかったと思うが、それでも出会って一番の笑顔で頷いてくれた。



 それからすぐに、スティーブがお嬢様を探しに来た。

「なかなか今日は楽しかったわ。あ、助けてくれたお礼アリエルって呼んでもいいわよ」

「いや、大丈夫だから」

「ふーん。じゃあね」


 それだけ言うと馬車に乗って行ってしまった。

 横でスティーブが驚きに目を見開いていたが、まあお嬢様の気まぐれだろう。

 そういえば、名乗ってなかったな。

 まあ、縁があればまた会えるだろう。



 この時、シナリオ最大のズレが生じたことに俺もアリエルも気づかなかった。



 *



 ビエラは不思議な男だ。

 会ったばかりのときは、フードをかぶり王都では通用する腕もなく、くすぶった田舎で効き目のないポーションを売る、取り立てて凄腕には見えない魔術師。


 奴隷の入れ墨を消してもらい一緒に旅を始めてから2か月。

 賊に襲われたり、追剥おいはぎに会いそうになったりしたが、ビエラは苦手だと言いながらも、魔法だけじゃなく剣の腕も確かで時には一人で何人も相手にして負けなかった。


 日差しの下で見るビエラの瞳は力強く、じっと見つめられると心の中まで覗かれているようで、ドキリとしてしまう。

 もしかして、印象の薄い店構えも、冴えない風貌もフェイクか?


 なにもんなんだ、こいつ?


「何を難しい顔してる?」

「あ、なでもない」

 正体は気になるが、ビエラのことは後回しでいい。



 意外に快適な旅の合間に、前世について考えるのが先だ。


 魔法封じされ、奴隷に身を落すキャラに一人心当たりがあった。

 名前はラキシス。のちの勇者。

 双子の王子の片割れで、不幸設定のキャラ。


 この世界では双子は忌み嫌われていて、本来殺される運命だったが、王族であるため跡継ぎの予備として、魔法封じされて教会に捨てられた。初恋の聖女とも添い遂げられず、魔王討伐に成功するも王子とは認められず平民あつかいされること。その後どうなったかは知らないが、ここまでで十分、不遇の勇者って称号が似合いすぎ。


 正直、ゲームで知っていることといえばこのくらいしかない。


 俺にとってゲームの序盤はさらっと流すのが当たり前、設定なんてあとでいくらでも読み返せるし、そこはそもそも重要じゃない。

 重要なのは、キャラの戦闘能力、攻撃の種類。隠しアイテム。ストレスを感じない戦闘環境だ。


 学生なら時間を忘れて徹夜でゲームも普通だったけど、社会人になってからは、通勤や待ち時間にちょこっとやる時間潰しになればいい。


 しかも、よりによってこのゲームは、途中放棄したやつだ。

 面倒な設定と、序盤からの課金。

 次のゲームを探そうと思っていたところ、たぶん俺は死んだ。

 まさにありがち、最後にやってたゲームに転生したわけだ。


「あー、こんなことになるなら別のカンストしたやつがよかったのに、それだけは後悔だわぁ」

 俺は何度目かのため息をつき、歩いた。



 ✳︎



「お前の師匠は本当にこんな所に住んでるのか?」

 王都まで怪我することもなく順調にたどり着くことができ、数日間、王都観光をした後、城壁西の外に広がる山頂を目指す。

「もうすぐそこだ」といわれてから、もう山道を4日も歩いている。というかもうこれ山脈じゃね?


「ああ、ほら。仙人みたいな人だから。てか、人の域超えてるし」

 訳の分からないことを言って、ビエラはニカっと人好きのする顔で笑った。

 それからさらに3日、やっとビエラの師匠の暮らす小屋にたどり着いた。



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