師匠

 出会って数日、3人でとる食事にも慣れてきたころ師匠が俺に言った。


「ラキシス、君の魔力封じの限界はもうすぐです」

 サスキ様は見た目、ビエラと変わらない年恰好と物腰の柔らかさから、堅物という評判とは少し違うように思えた。


 それに黒いと思っていた髪と瞳は光に当たると群青色をしていて、どこか懐かしい色合いに親近感を覚える。

 すでに200歳を超え、見た目通り軟派な人物ではないことは話の端々で見せる鋭い眼光が物語っていた。


「限界?」

「ビエラから聞いているでしょう?   成長とともに魔力量も増えていき。それに合わせ魔法陣を書き換えなけらばならないんです」

「うん、それは聞いた。でも俺に魔法陣を入れたやつはどう考えても味方じゃないし、かけ直す気があるなら、奴隷になった時に会いに来てるはずだってビエラが……」

「そうですね、マギは親切で人助けするような人じゃない。将来、役に立つだろうと生かしておいただけでしょう」

 そんなハッキリ言わなくても。一縷いちるの望みすら木っ端みじんだ。


 俺は、パンにバターをこぼれ落ちそうなほど塗って大口でかじりついているビエラに視線を向けたが、ちらりとも見てくれない。

 どうやら、この会話に口を挟む気はないらしい。


 ん?

「マギって?」

「王宮魔術師で私の同僚でした」

「……」

 お嬢様に魔封じしたヤツと一緒か?


で君に魔法陣をほどこしたのは彼で間違いないでしょう」

 なんだか嫌な偶然だな。


「もしかして、サスキ様は俺の正体を……」

「君が生まれたとき、もうすでに私は王宮にはいませんでした。なので正体も分かりません」

 いやいや、俺が王宮で生まれたって知っている時点で身バレしてるよね。

 なぜかサスキ様は知らないふりをしてくれるらしい。

 それならわざわざこちらから打ち明ける必要もないよな。


 あれ?

 ちょっと待て、打ち明けるとか言う前に、ここはしらを切るところだったんじゃないか!

 王宮とか、さらっと流しちゃったら俺が自分の正体を知っているって認めてるみたいじゃん。

 ダラダラと背中に汗が流れる。


 今の時点で、俺が自分の正体を知っているのはめちゃくちゃ不自然だ。

 まさかゲームで知っているとは説明できないし。


「ラキシス。お茶でも淹れますか?」


 焦りまくっている俺に、サスキ様はゆったりと笑った。

 その落ち着いた瞳の奥に誠実さが感じられて、俺はバカみたいに慌てたのが恥ずかしくなった。

 今考えるべきはそこじゃない。


「このまま、魔法陣を放っておいたらどうなるんですか?」

 溢れた魔力分だけ使えるようにならないかな?


「このままなら、魔法陣が壊れる時に君の身体も吹き飛ぶでしょう」

「吹き飛ぶって、大げさな」

 ちょっと信じられなくて、声が震える。


「大げさじゃないです、言葉通り爆発するって表現する人もいるし」

 なんてことだ。木っ端みじんって俺自身か。


「あの、サスキ様はこの魔法陣を消せるんですよね」

 せっかく前世を思い出したのに、あっけなく死ぬなんて悲しすぎる。


「魔法陣を解除すれば、君の居場所がばれる可能性があります。最悪、親兄弟王族みんな敵になり、マギが君を殺しに来るかもしれないですね」

「殺しにって、そもそも殺すつもりなら赤ん坊の時に殺しているのでは?」

 死んでもいいとは思われてるかもしれないけど、シナリオでも積極的に殺しには来ないはずである。


「甘いです。これほど魔力があるのに保護もされず放置されてるということは、君の存在をよほど公にしたくないのでしょう。大人しく人に忘れられてる間は、殺されなかっただけで、不都合が生じれば処分される」

 師匠は自分の首の所で親指を立て、横にスッと動かして見せた。

 ちょっとそれは子供相手にどうよ、と思ったが話の腰を折りたくないので黙っておく。


「それに、今まで生かされてたのは殺しても回収できる魔力はそれほどでもない、どうせなら十分魔力を蓄えてから殺すつもりだったのでしょう」

「魔力を回収って?」

「ん? ビエラから聞いてないのかい、その魔法陣は持ち主が魔力暴走で死んだ場合、魔力が爆発して周りに被害が起きないように回収魔法もかかっているんです」

「回収された、魔力はどうなるんですか?」

「ふつうは回収した後、ゆっくりと空気中に放出され消えてなくなる様に魔術師と契約します。そうでなければ魔力欲しさに子供を暗殺されかねないからね。君の場合……」

 言わなくてもわかる気がする。術者のモノになるんだな。


「あれだな、家畜と一緒だ。丸々太らせて美味しく頂く」

 ビエラが横から冗談めいた口調で茶々を入れるが、全然笑えない。


 それ7歳にしてはハードだ。

 もっとオブラートに包んでくれるとかあるだろ。

 でも、サスキ様はそうはしなかった。

 味方になって一緒に戦ってくれるとも、魔法を教えてくれるとも言ってくれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る