第48話 エルーダ様からのお誘い


「マリアンヌ、ここにいたのか」

 エルーダ様がとろけるような笑顔をマリアンヌに向ける。それからひとり分あいている椅子に視線を落とす。


 マリーに「どうぞ」と言って欲しいのがみえみえだが、その視線をきれいさっぱり無視して立ち上がると、丁寧な口調で挨拶をかえした。

 私もあわてて立ち上がり、挨拶をするが殿下の顔はこわばっており、私を見る目に黒い闇が見える気がする。



「ちょっと話したいことがあるんだが座らないか?」

「殿下。このような人目につくところでは私のような身分の者が同席することはできません」

「何を今さら、そのようなことを気にする間柄ではないだろ」

「確かに、私と殿下は幼馴染ですが、もう子供ではありません。わきまえない行動をとっては、色々な方からお叱りを受けてしまいます」

「マリアンヌを叱るものがいるのか?」

「皆様のご指導は仕方がないのです。私は聖女候補の落ちこぼれですから」

 チラリと、マリーは噴水の周りでエルーダ様を待ち構えている10人くらいの令嬢たちに視線を走らせた。その視線を追って、エルーダ様も噴水を振り返る。



 凄いわぁ。

 一言も彼女たちから叱られるって言ってないのに、さりげなく犯人に誘導するなんて。


 彼女たちは殿下に見初みそめられようと、日ごろからくっついて回っている聖女候補と上位貴族のご令嬢だ。


 本当なら、あの集団に私も混ざっていたのよね。


「マリアンヌは落ちこぼれなんかではない。義母現王妃スレアに聞いたが聖女の力は覚醒するまでに時間が掛かるのだろう。諦めてはならない。五月蠅いハエは私がはらってやるから」

「ありがとうございます殿下。でも、大丈夫です。アリエル様が仲良くしてくれるおかげで、寂しくありませんから」

「そうか。だが何かあれば私も力になるから」

「心強いです殿下。私も魔術学院に入学したからには一人の力で頑張ってみたいのです。殿下に守られているだけではいつまでたっても認められない気がするんです。どうか殿下は見守っていてください」

 両手を胸の前でギュッと握りしめて首をかしげれば、殿下がボーっとして、無意識に頷いている。


 あざとい。

 今の言い方だと、殿下のために頑張って認められるから、待っててねって聞こえなくもない。と言うか、間違いなく殿下の脳内ではそう変換されている気がする。



「では殿下、私達はこれで失礼しますわ」

 パパっとテーブルのサンドイッチを紙袋に入れると、マリーは私の背中を押した。


「マリアンヌ。ちょっと待ってくれ話があるんだ」

 私の前に立ちふさがり、エルーダ様が後ろにいるマリアンヌに話しかける。

 最近の殿下は私とマリーが一緒にいても二人だけの世界を作り出す技術を習得したようで、私のことは眼中にない。





「何でしょうか」

「生徒会のことだが、一年のメンバーの選考は私にまかされている。ぜひ生徒会に入ってもらえないだろうか」

 本来、選ばれるはずの聖女候補たちが噴水の横でざわついている。

 無理もないゲームでは聖女を誘う場面なんだろうけど、現実では聖女になれなくてもやっぱりマリアンヌなのね。


 *


「それは無理です殿下」

 ニコニコニコ。

 満面の笑みでバッサリ切り捨てる。


 断られるのを予想していたみたいだが、エルーダ様はちょっと傷ついた顔をした。それから今度は私を睨み「ではアリエル嬢と一緒ならどうだ。公爵令嬢がそばにいれば誰にも口出しはできないだろ」と妥協案を出してきた。


 へこたれないのはすごいけど、なんで私?


 エルーダ様は、絶対に断るなという目力で私に訴えている。

 マリーの平穏の為にも私のバッドエンド回避のためにも受けるわけにはいかないですけど。



 *


「エルドラ公爵家からすでにユーリが側近として生徒会に入っております。学生とはいえバランスの悪い起用きようは当家だけでなく、殿下のお考えにも異議するものが現れるとも限りません」

 なかなか穏便に断れたんじゃない?


「断るというのか? 生徒会メンバーになればこんなすみではなく、特別室で食事をとることも、いやな授業は公休扱こうきゅうあつかいで欠席できるんだぞ。他にもたくさん特権がある。それを断ると?」

 何だか、エルーダ様の私に対してのイメージがわかる。


「エルーダ様。生徒会のメンバーにはなることはできませんが、生徒の一人としてユーリを通していただければ、特権などなくてもお手伝いできることはしますので……」

 私はやんわりと言葉を濁し頭を下げた。


「マリアンヌ。君もいち生徒としてなら私を手伝ってくれるのか?」

「もちろんですわ殿下」

 ニコニコニコ。

 マリーが黒い笑顔でほほ笑む。


「そうか。では、生徒会の件は今はあきらめる。その代わり私のことは殿下ではなく、以前のように名前で呼んでくれ」

 はぁ?

 結局そこ!


 突っ込みたいのを必死でこらえて、私は頭を下げたままマリーを盗み見た。


「わかりました殿下。他の方がいないところでは今まで通り幼馴染としてお話させていただきますね」


 ああ、めっちゃ社交辞令ね。

 この顔見てもマリーの本当の気持ちに気づかないなんて、先が思いやられる。

 それでも、最近のエルーダ様は、私のことを頭ごなしに悪者にしてこないし、礼儀正しい。魔女だと思われないだけましかもしれない。



「それでは殿下、私達はこれで失礼します」

 マリーが今度こそ振り返らないという感じに、ぐいぐいと私の手を引いた。


 一瞬、エルーダ様の横顔がすごくさびしそうに見えたけれど、噴水に待機たいきしていた令嬢たちが、甘ったるい声を出しながら駆け寄って来たので確認はできなかった。


 まあ、私には関係ないし。



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