第88話 御曹司のお宅訪問
家に帰ると、子猫のイクラを膝に乗せて大福を食べている桜子婆さんがいた。
「おや、ボンおかえり」
「ただいま、それ美味しそうだね」
「ボンも食べるか?」
「じゃあ、ひとつもらおうかな」
その大福は、一見何処にでもある大福なのだが、食べてみると餡子がすこぶる美味しい。
「これ、餡子がとても美味しいね?
「うむ、粒餡じゃが深みがある。おそらく上等な黒砂糖を混ぜているのだろう」
そうか、この味は黒砂糖か……
「何処で売ってたの?今度梅子お婆さんに持って行ってあげようと思うんだ」
梅子婆さんは、小豆系の物が大好きだ。
きっと、この大福はお気に召すに違いない。
「それは梅子様も喜ぶに違いない。買ったのはそこのスーパーじゃ、コミー・マートとかいう名じゃったか」
いきなり話題のコミー・マートが出てきた。
「そうか、ありがとう。理由ができたよ」
「ボン、やけに楽しそうじゃな。最近落ち込んでおったから心配はしとったが、それなら大丈夫そうじゃ」
桜子婆さんにもバレてたみたいだ。
俺ってもしかして大根役者かな?
「まあね、それより少しいい?」
「うむ、この間の話かな?」
「まあ、そうなんだけど……その初代さんはもしかして特殊な力とか持ってたのかなって思ったんだ」
「ふむ、そうきたか、何故そう思ったのじゃ?」
「だって大怪我して大陸を渡ってきたんでしょう?それに、飲み物もなくて海を渡った。どう考えても不自然だよ」
「まあ、そう思うのが普通じゃな……ギン族の祖先は人を喰らっていたと話したと思うが、喰らったのは人だけではないという事じゃ。白銀の髪以外の者は喰らう対象じゃった。だが、今はそれしか言えん。これ以上は宗貞様にでも聞くのじゃな」
そう言って大福を美味しそうに口に含んだ。
桜子婆さんが言ってたことを何度も頭の中で復唱する。
『喰らっていたのは白銀の髪を持つ以外の生命のあるもの……』
確信はないが、ある程度の想像はできる。
それが、真実なら……
「光彦さん、筑前煮を作り過ぎてしまいましたから桜宮さんと三条さんの家に持って行ってくれませんか?」
浩子さんが煮物を二つ分のタッパに詰めて持ってきた。
そういえば二人の家に行った事がない。
「いいよ」
綺麗な布で包んだタッパを二つ持ってお隣の家に行く。
この豪華な家がほんの僅かの時間で建てられたなど誰が信じるのだろうか?
呼び鈴を押すと、桜宮家に仕えている使用人の女性が出てきた。
美鈴ちゃんちで見かけたことのある古株のお姉さんだ。
「これは光彦様、何か御用ですか?」
「あの、これをお裾分けにきました。浩子さんが作り過ぎたようで良かったら食べてください」
「それは、ありがとうございます。どうぞ、中にお入りください」
三条家にも行かないといけないので断ろうとしたのだが、有無を言わさず中に通された。
「おや、光彦さんがいらっしゃるなんて珍しいですね」
護衛官の霧峰美里ちゃんが玄関で待っていた。
不審者対策の一環なのだろうが、警戒しすぎだと思う。
「さっきぶりだね。これを持ってきたんだ。浩子さんが作り過ぎてしまったようで」
「こ、これは私の好きな筑前煮ではないですか!」
美里さん、筑前煮が好きだったの?
「そ、そうなんだ。桜子婆さんと話が合いそうだね」
「げっ、オババの話はしないで下さい。何故か頭が痛くなります」
そういえばポンポン頭を叩かれてたっけ……
すると、声を聞きつけたのか美鈴ちゃんが階段から降りてきた。
可愛い部屋着を着ている。
「光彦くん、来てたんですか?声をかけてくれればいいのに」
「これを持ってきたんだ、既に美里さんに取られちゃったけどね」
「そうでしたか、それはご丁寧にありがとうございます。では、私のお部屋にどうぞお上がりください」
へ?
返事をする間も無く、美鈴ちゃんに腕を取られて部屋に連れ込まれてしまった。
「美鈴ちゃんらしく可愛い部屋だね」
全体的に明るい感じで、ぬいぐるみとか置いてあって女の子の部屋って感じがする。
「光彦くん、セリカ先輩から聞きました。膝枕をされたそうで……」
何だろう、妙に言葉に棘がある気がする。
「公園でね、でもそれがどうしたの?」
すると、美鈴ちゃんは、ベッドに座って自分の太ももをポンポンと叩いた。
まさか、この状況で、しかもベッドの上で膝枕しないといけないのか?
断ると悲しそうな顔をきっとするだろうし、だけど、膝枕なんかしたら叔父さんに後でどんなことをされるか……考えたくない。
「光彦くん、どうしたんですか?」
ええい!ままよ!
俺はベッドに腰掛けその体制から美鈴ちゃんの太ももに頭を乗せた。
モコモコした部屋着のズボンの肌触りが心地よい。
勿論、その下にある人肌のクッションもいうことはない。
「こうしていると幼い頃を思い出します」
頭の上で美鈴ちゃんがそう話しかけてきた。
「美鈴ちゃんに膝枕された事があったかな?」
「忘れたのですか?光彦くんがバッタを追いかけて転んで怪我した時こうしたじゃないですか」
そういえばそんな事があった気がする。
小さい頃の記憶は未だにあやふやだ。
「そうだったね」
「そうですよ。あの時、光彦くん、膝小僧を怪我して血が出てたから泣きそうになったけどこうしていたら直ぐに怪我が治ったんですよ。あれは不思議でした……」
やはり、そうか……
俺が抱いていた違和感。
5年前、拳銃で撃たれて意識不明だったとはいえ、自分でも助からないほどの怪我だった。だが、その怪我の痕はない。
それに、ヘリコプターから落ちた、いや飛んだと言った方がいいのかもしれないけど、怪我したはずだが、直ぐに動けた。
その他にも小さな時から数えればキリがない程、怪我をしたけど全て治っている。
それも痕が残らない形で……
「きっと丈夫にできてるんだね」
「それなら安心ですが、もう、怪我とか危ないことはしないで下さい」
「うん、できるだけ心配かけないようにするよ。それと、良かったら日曜日なんだけど……」
美鈴ちゃんに、少しお話をした。
「わかりました。光彦くんとお出かけ楽しみです!」
そう答えが返ってきたのだった。
一頻り膝枕を堪能して桜宮家を後にする。
今度はお向かいの三条家だ。
インターホンを鳴らすとお年を召した男性の声が聞こえた。
訪問内容を話すと快く家に引き摺り込まれた。
「学校での智恵ちゃんの様子はどうですかな?」
威圧されながら、いきなりそう言われたのである。
この人は、三条家のお爺ちゃんが国会議員をしていた時の秘書をしていた方だ。夫婦でこちらに引っ越してきて智恵さんと一緒に暮らしている。
「元気でやってますよ。友達もたくさん出来たようですし」
すると、顔を緩めて急に穏やかになった。
「ところで光彦様は、今日はどういったご用件で?」
さっき、インターホンを押した時に話したよね?
「浩子さんが作った筑前煮をお持ちしました。作り過ぎたようで夕食の一品に加えてほしいそうです」
「ほほう、筑前煮ですか、あれは美味いですよね〜〜、特に私はレンコンが好きですなあ。あのシャキシャキ感が堪らない」
ここでそんなことを言われても〜〜
今、いるのは玄関を入った先の中廊下で話し込んでいたのだ。
「あら、不知火さん、声がするけど誰か来たの?」
2階の吹き抜けから下を見下ろす智恵さん。
その智恵さんと目が合った。
「あ、光彦さん、ちょうど良いところに来たわ。ちょっと来て!」
そう言われてタッパをこの爺さんに渡して俺は階段を登る。
2階の部屋のドアを開けて智恵さんが待っていた。
「こっち、こっち、早く!」
何のようがあるのだろうか?
こんなところを智恵さんのお父さんに知られたら何をされるか……
俺が開けてあるドアの前でウロウロしてると、智恵さんが腕を掴んで引っ張った。
「そんなとこじゃ話ができないでしょ」
そう言われましても年頃の女性の部屋に入るのは勇気がいるものでして……
テーブルの下に智恵さんがクッションを持ってきて「そこに座って」というように置かれた。
遠慮しても何も解決しないので、言われるままそこに座る。
その間、智恵さんは部屋に置かれているティーセットを取り出してポットからお湯を注ぎ紅茶を用意してくれた。
「それで話って?」
「それより、この部屋に入った感想とかないの?」
そう言われて周りを見回す。
派手な装飾はないが、壁紙に小さな花柄のある華やかなものだ。
青みがかった色彩は飽きのこない仕様だと思う。
それに、智恵さんの性格の通り綺麗に片付けられている。
「綺麗な部屋だね。センスも智恵さんらしいかな?」
「そうか、それなら良かったわ。この部屋に誰かを呼んだのは初めてだったから少し緊張したのよ」
全然そう見えませんでしたが?
「急な引越しだったからね。智恵さん達があの学校に来た時は心臓が飛び出るくらい驚いたよ」
「ふふふ、光彦さんもそんな風になる時あるんですね。意外です」
「そう、俺、結構小心者だよ」
「ご冗談を、朱雀学園で生徒会長していた言葉とは思えません」
そういえば美鈴ちゃんは副会長。
智恵さんは会計を担当してもらっていた。
「でも、よく思い切ったね。朱雀学園なら安泰だったのに」
「光彦さんは知らないかもしれませんが、今の朱雀学園は少し前とは違います」
「えっ、そうなの?」
「ええ、光彦さんがいなくなってから僅かの期間で新興家の者が幅を利かせてきました。暗黙だったルールも皆無の状態で毎日気がきじゃありませんでした」
そんな風になってたのか……知らなかったな。
「でも、何でそんなに変わったの?」
「それは光彦さんがいなくなったからです。枷が外れた状態になったのは」
えっ、俺のせいなの?
「それでも美鈴さんがいらしたから何とかなっていたのですが、やはり女性では、あの学園で舵取りは難しいです」
旧態依然とした体制の朱雀学園では、勿論男女平等を謳っているが、内情は男性優位が依然としてある。
男子は跡取りとして尊重される存在であり、女子は結婚すれば家を出て行く存在だからだ。
「本当、そういうところはくだらないよね?」
「それは同感ですが、あの学園ではそれこそ普通の状態なのです。今は、私達がこちらに来てしまったのでもっと大変だと思いますよ」
「そんなところに影響が出てたんだね。本当、うっかりなことはできないな」
テービルに置かれた智恵さんが入れてくれた紅茶を飲む。
「それで、美鈴さんの膝枕はどうでした?」
いきなりそんなことを言われたので飲んでた紅茶を吹き出してしまった。
「あっ……ごめん、拭くもの何かある?」
と言う前に智恵さんはテッシュで、吹き飛ばした紅茶を拭いていた。
智恵さんの顔にも少しかかったようで、そっとハンカチを取り出して差し出した。
「もう、仕方ないですね」
そう言いながらそのハンカチで顔を拭く智恵さん。
「何で知ってるか、でしょ?」
「うん、何でわかったの?」
「家に来る前にきっと美鈴さんの家に行ったと思ったのです。それに、光彦さんの片方のほっぺに寝ていた痕が付いてましたよ」
女性っていうのは何でこうも鋭いのだろうか……
「さっきね、膝枕させてもらったんだ。小さい頃の話をしただけだったけど、何だか懐かしい感じがしたよ」
「それは良かったわ。美鈴さん、こちらに来てからも光彦さんとゆっくり話せないって少し落ち込んでましたから」
そういえば、忙しくて話し相手になってあげれなかったな……
「そうだね。俺が悪かったと思う。時間がある時美鈴ちゃんと話をするよ」
「そうしてください。それと、私とも……」
「えっ、ごめん、聞き取りにくかった。もう一度言ってくれる?」
「何でもありません。たまには一緒にお茶でもどうですかって話です!」
何を怒っているのだろう?
「そうだ、美鈴ちゃんにも話したんだけどね、日曜日に……」
智恵さんと少しお話をした。
すると、智恵さんは、
「わかりました。私も協力します」
そう言いながら智恵さんは素敵な笑顔を俺に見せた。
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