第20話 御曹司の説諭


「なに〜〜木葉が拐われたってーー!!」


牛丼屋さんの店内で大きな声を上げた。

隣で、牛丼を掻き込んでいたルナも驚いたように目をパチクリしている。


「主人、変わって下さい」


そう言われてルナにスマホを渡す。

ルナは、その時の状況や拐った相手の情報を聞き出していた。

時々、涼華を叱咤するようなことも言ってたので、涼華は相当動揺してるのだろう。


電話を切ると、スマホを俺に返してルナは鞄から自分のスマホとタブレットを取り出した。


そして、かけ慣れたようにスマホを動かして連絡を取る。

もう一方の手はタブレットを操作していた。


こんな時、不謹慎だが、ルナってすげーっ!


「主人、おおよその居場所はわかりました。直ぐに出立を」


ルナは俺に問いかけてくる。


周りにいた客は、驚いたようにこちらを見ている。

ひとりの店員が「大丈夫ですか?警察に連絡した方が良いですよ」と、優しく声をかけてくれた。


「店員さん、ありがとう。他のお客様にもご迷惑かけました」


非常事態とはいえ、店の中で騒いだのだ。

こちらに非がある。


「気にするな」「早く助けに行ってやれ」「警察に電話しようか?」


お客さんは心配して声をかけてくれた。


「ええ、店を出たら連絡します」


そう言って、俺とルナは牛丼屋を出る。

ルナの口元にご飯粒がついてるけど、これは黙っておこう。


ルナからの説明では、涼華と木葉は買い物に行く途中、急に横付けされた黒いバンの中から目出し帽を被った数人の男達が降りてきて涼華を襲ったそうだ。


だが、腐っても護衛官。

涼華は、襲い掛かる相手をバッサ、バッサと薙ぎ倒していった。


だが、その隙に車から降りてきた新たな相手に木葉が車に押し込まれてしまった。


倒した相手もバラバラに逃げ出して、涼華は取り敢えず車を追うことにしたのだが、人間の足が車に追いつけるはずもなく、途中で見失ってしまったそうだ。


駅前でタクシーを見つけて乗り込み。


「4番町付近までお願いします」

「はい、わかりました」


ルナは運転手さんに行き先を告げて、タブレットを眺める。

時折、文言を入れて操作しており、声をかけづらい。


話を聞く限り、目的は涼華だよな。

俺が拐われるのならわかるが、なぜ木葉が……


そうか、目的が涼華なら……


「ルナ、ある人物を調べてくれ」


「わかりました」


ルナに気になっていた人物の名を伝える。

すると、ルナはこの場に似合わないとびきりの笑顔でこう答えた。


「ビンゴです」


俺は「なんて馬鹿なことを……」と、そう思っていた。





「なに、あのクソ女。この俺が全く歯がたたなかったなんてよ〜〜」


車の中で喚き散らすのは、ハンドルを握って車を走らせている久我山颯太、25才。


元自衛官で訓練が厳しくてやめてしまったが、それなりに喧嘩もできる。

地元では、悪い方にかけてかなり有名な存在だ。


「如月は、剣道で全国大会優勝してますから」

「剣道がなんだ!俺は地獄の訓練を潜り抜けてきたんだぞ。そんな奴に負けるはずねえじゃねえか」


その訓練を嫌がって逃げるように自衛官を辞めたことをここの連中は知らない。


「クソッ、他の奴らとは後で合流するとして、真司。なんでこの女を拐ってきたんだ?」


「久我山先輩、僕の見立てでは如月は正義感の強いタイプ。絶対にこの女を助けにくるはず。そこをみんなで……」


「はあ、そう言うことか、まあ、あの女が来るまで遊べるか、ははは。それに俺にはこれがある。あそこからくすねてきて正解だったな」


黒い鉄の塊を腰ベルトから取り出して、綺麗な宝石を眺めるようにそれを見つめた。


この車に乗っているのは運転手である久我山颯太と覆面の男、それと拐われた植松木葉だけだった。


植松木葉は、手足と口を拘束されて頭から紙袋を被されているが、耳までは塞がれていない。この会話は木葉に筒抜けだった。


(涼華を狙った?それにこの声、どこかで聞いたことがある)


木葉の隣で監視している男は、木葉から奪ったスマホで如月涼華宛にメッセージを送った。


内容は「もし、警察に言えば、この女がどうなるかわかってるんだろうな?」と。そして、ご丁寧に「一人でここに来い」と地図を添付までしておいた。


「ははは、人質がいれば如月も手足は出せまい。これで僕の思うがままだ。ふふふ」


覆面の男は、含み笑いをしながら木葉のスマホの電源を落とした。





「おや、涼華殿から連絡がありまして「木葉を返して欲しければこの場所まで一人で来い」と、いう内容だったそうです。ありがたいことに地図まで添付されています」


「う〜〜ん、犯人はバカなのかな?」


「主人、自分が絶対的な存在だと勘違いしてる輩は、こういった事をするものです。まあ、バカですが……」


ルナもそう思うよね。

わざわざ居場所まで教えてくれるなんて、なんて親切さんなんだ?


「どこまでしますか?」

「うん、そうだね〜〜名前を出すのはやめておくか、一般的な対処で構わないんじゃないか?」

「そうですね。この国は法治国家ですから、後は国に任せましょう」


「暴行傷害、未成年誘拐、拉致監禁、盛りだくさんだね。しばらく出て来れないんじゃないかな」


そんなことを話していると、現場近くで涼華を見かけた。

タクシーさんにわけを言って涼華も乗せる。


「すみません、私が付いていながらこの失態。護衛官失格です」


涼華は、相当落ち込んでいるようだ。

確かに護衛官として目の前で拐われたのなら、そう感じてもおかしくはない。


「涼華、君は誰の護衛官だ?」

「えっと、光彦君です」

「では、木葉は?」

「と、友達です」

「涼華は、友達と買い物に行こうとしていた。その時に襲いかかってきた複数の暴漢を対処した。涼華は、護衛官として対処したのか?」


すると、涼華は少し考えて


「いいえ、襲いかかってきた暴漢を薙ぎ倒したのは、私の意思です。護衛官としての仕事ではありません」


もう、解決してるね。


「そうだよ。涼華は、護衛官としてではなく剣道ができる女子高生として対処した。その結果、木葉が拐われることになったが、それは仕方がない」


「ですが……」


「仕方がないんだよ。普通は複数の人間に囲まれて対処するだけでも健闘したと褒め称えられるんだ。だが相手も人間、知恵がある。その知恵を使って木葉を拐った。涼華を呼び出す口実にね」


「そうですが、守りきれなかったことが悔しくて……」


「それなら、今度は守ってみせろ」


「ええ、必ずそうしてみせるわ」


目に力が戻ってきたな。

これなら大丈夫か。


「お客さん、そろそろ目的地ですがここら辺で大丈夫ですか?」


運転手さんが、気まずそうに話しかけてきた。


「はい、ここで降ります」


俺がそう答えると、運転手さんは踏ん切りをつけたように話しかけてきた。


「あの〜〜お客さん達の会話が聞こえてしまってですね〜〜こんなことを言うのは無粋なのですが、警察に連絡した方がいいと思いますよ。なんせ、最近は物騒な世の中になってきましたしね、子供達が怪我でもしたら目覚めが悪いですしね」


「そうですね。ありがとうございます。十分注意して行動します」


そう言うと、運転手さんはどこかホットしたような顔をしてた。





タクシーを降りて向かった先は、広い広場に建設道具が置かれている場所だった。その奥にあるプレハブ小屋に木葉がいるようだ。


「この場所はマンション建設の予定だったのですが、建設会社の資金繰りがうまくいかなかったようで工事をストップしている現場だそうです」


「所有者はどこの会社?」


「吉祥寺建設です。クラス委員長の吉祥寺真司にとっては伯父さんの会社ですね」


ルナは短時間でここまで調べてくれた。

感謝しかない。


「えっ、吉祥寺ってまさかあいつなの?」


「ああ、涼華に未練があったようだね。こんなことまでして涼華を手に入れたかったみたいだし」


「キモ」


涼華のひと言頂きました。


プレハブ脇には黒いバンとバイクが一台止まっている。

時間から考えると、相手もここに着いて間もないだろう。


「散らばって行った仲間が合流するのに時間がかかるだろうし、先に木葉の安全を確保してから待ってようか?」


「うん、わかった。木葉に何かあったら私生きていけないし」


「拙者は隙をみて木葉殿を確保します」


「じゃあ、俺と涼華で特攻だな。さあ、友人に恐い思いをさせた罪、きっちり払ってもらおうか」


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