第10話 御曹司の友人の友人

朝、いつものように学校に行く準備をして玄関を出ると、昨日会ったばかりの木葉が庭先でしゃがみ込んでいた。


「だ、誰?」


涼華が慌てて俺の前に出て、肩に担いでいた日本刀の入ったバッグに手をかけた。


「待て、涼華。俺の知り合いだ」


「えっ、そうなの?」


驚いたように俺と木葉に目を行き来させてる涼華は、手にかけたバッグを背負い直した。


木葉は、そんな事はお構いなしとひたすら地面を見続けている。


「木葉、おはよう」

「遊びに来た」


「これから木葉も学校だけどね」

「仕方ないから一緒に行く」


そんな俺と木葉の様子を見て涼華は戸惑っているようだ。


「木葉、紹介しとくよ。護衛官の如月涼華だ」


「知ってる。最近光彦のそばにいる野蛮人」


まあ、あってるけどね〜〜


「何で私が野蛮人なのよ!」


まあ、怒るよね〜〜


「この庭の植木を台無しにした。苔もいっぱいあったのに、みんないなくなった」


近所だからこの家の事も木葉は知ってるのか。


「そ、それはちょっとした事故なの」

「刀を振り回したって、倒された木が言ってた」


ちょっと待て!

今の会話はどこかおかしいぞ。


「木葉‥‥お前、まさか……」

「光彦、遅刻する。早く行かないと」


木葉の奴、誤魔化したな……


「そういうわけだ。二人と仲良くな」


「無理」「できるか!」


うん、相性は良さそうだ。


「木葉はこの家の事知ってるのか?」

「うん、近所でも有名なお化け屋敷」


「えっ〜〜嘘〜〜っ。そういえば夜中に天井から声が聞こえたわ」


「きっと、それは幽霊。野蛮人を呪いにきた」

「えっ、どうすれば、どうしよう?お祓いとかした方がいいのかな?どう思う、ねえ、光彦君」


「慌てすぎだろう。木葉もあんまり驚かせないでくれよ」

「全て本当のこと。夜中にその野蛮人は呪われている」


「ぎゃーっ!絶対お祓いしよう。そうしよう」


「まあ、リフォームして内装は綺麗だけど建物自体は古い洋館って感じだからねぇ。マジで出てもおかしくはないよな」


「ひーーっ!」


まあ、この間、涼華に理不尽な目に合わされたし溜飲は少し下がったかな。


俺と木葉が並んで歩いて、その後ろからビクビクしながら涼華がついてきた。


駅に着くと、改札口のところでこちらに向かって手を振ってる女子がいる。


「お〜〜い、このはっち、遅いぞ」

「野蛮人のせい」

「はあ、どういうこと!?」


木葉と友達らしいこの女子は見るからにヤンキー女子だ。

俺達と同じ制服を着ているところを見ると同じ学校みたいだが。


「このはっち、そういえば、一緒にいるのは誰?」

「こっちが光彦。そこの女が野蛮人」

「違う!野蛮人じゃない。如月涼華」


木葉流の紹介をされたようだ。


「俺は水瀬光彦。木葉とは子供の頃の知り合いかな」


俺がそういうと、


「あ〜〜、このはっちが言ってたお金持ちの幼馴染」

「そう、でもそれは内緒」

「わ、わかったわよ。誰にも言わないってーの。私はこのはっちのずっともで木崎美幸。美幸でヨロ〜〜」


「うん、よろしくね。美幸さん」

「私も涼華でいいわ。よろしくね」


「わ〜〜凄い。高校入って知り合いができたあ」

「そう、美幸はボッチ。私も同じ」

「あ〜しはボッチじゃねぇし、このはっちがいるし」


何だか可哀想な会話が続いている。


「そろそろ行きましょう。電車に乗り遅れるわ」


今日は4人で登校するようだ。


だが、俺は気になっていることがある。

木葉の友達の木崎美幸さんには俺より濃い黒いオーラが巻き付いていた。





学校に行く道すがら、美幸さんのことを何気なく聞き出す。

彼女は、幼稚園からの木葉の友達で小中高と一緒のようだ。

いわゆる幼馴染らしい。


彼女は、母子家庭で下に小さな弟がいる。

そして、家計を助けるためにファミレスでバイトをしてるようだ。


外見とは裏腹で木葉の友達らしい、良い子みたいだ。


「じゃあ、バイトしてる時は弟さんは一人なの?」

「ママが早く帰ってくる時もあるし、ヨユーしょ」


涼華も美幸さんの身の上話を聞いて、持ち前の情の深さから放っておけなくなったようだ。


と言っても何もかも手出しをするわけにはいかない。

本人達にとって、それが普通の生活として定着してしまっているからだ。

それに何かをしようとお節介をすれば、見下されているような惨めな気持ちになってしまうだろう。


「困った時は言ってちょうだい。その代わり私が困った時は助けてね」


涼華なりの気遣いの言葉を、美幸さんはどう受け取るだろうか?


「あーしは大丈夫だってーの。でも涼っちが困ってたらすっ飛んで行くから、よろ〜〜」


「美幸はこう見えて何でもできる。料理もうまい」


「あはは、このはっちの食い気はマジハンパねぇ〜し」


旧知の中の2人は遠慮もなく良い感じだ。


美幸さんの環境はわかったが、オーラの濃さからもう時間がない。

2〜3日、長くて5日ってところだ。

それに腹部が異常に濃いから病気の可能性もある。

医者に連れて行くわけにもいかないし、困ったな。


「どうだろう、一緒にお昼、お弁当を食べないか?みんなで食べた方が美味しそうだし」


「うん」「いいよ〜〜」「そうしましょう」


「じゃあ、お昼に専門棟の地学準備室に来てくれ。そこならゆっくりできるから」


食事が取れていれば、病気の疑いの数%を否定できるだろう。

木葉の友達だ。出来るだけその運命を捻じ曲げてやろう。


その時はそんな風に俺は思っていた。



◇◇◇



学校に着いてそれぞれのクラスに入ると、今日は少し騒がしかった。

涼華は、荷物を地学準備室に置きに行ってるのでまだ来ていない。


「これ、吉祥寺くんだよね。ヤンキー達に立ち向かってるじゃん」

「吉祥寺君って頭もいいんでしょう。顔も良くて正義感も強いなんて最強じゃん」

「どうしよう。カッコ良すぎる」


来ているクラスメイトはスマホを見ながら何か騒いでる。

それにしても、吉祥寺君の評価が鰻登りなのだが、どうしてだ?


そんなところに元気よく「みんな、おっはよ〜〜」と、佐久間梨花が入ってきた。


みんなが騒がしいのに気づいたのか「なに、なに」と集まってる人達の中に入って行く。


「え〜〜っ、吉祥寺君すごいじゃん。苦手なタイプだけどこういう事は誰にも出来る事じゃないから素直にすごいと思う」


女子にはああいうタイプが苦手なのか?

俺にはよく分からん。


おっと、少し気になってた同じ保健委員の菅原さんはもう来ていて自分の席に座っている。

スマホを見ているようだが、接触する機会があったら確かめてみるか……


「おはよう」


そう言いながら涼華も来たようだ。

涼華は、教室の雰囲気がいつもと違うのを感じながらも自分の席に着いたようだ。


「涼ちゃん、見て、見て〜〜」


「どうしたの?梨花」


涼華の奴、もう名前呼びしてる。

女の子は、コミュニケーションが上手いな。


「吉祥寺君のカッコいい姿がSNSにアップされてるんだあ」

「そうなんだ」


グイグイ身体を寄せてきてスマホを涼華に見せている。


「それで、今日は教室の雰囲気が違ってたのね。何か納得」

「涼ちゃんの反応って、それ?」


「だって、大事な事じゃない。副委員長としてクラスの雰囲気に敏感になるのは当たり前だと思うけど」


「さすが、涼ちゃん。本当は委員長に推薦したかったけど立候補が出ちゃったしねぇ〜〜。今日も部活来るんでしょう?」


「まだ、迷ってるけど部活の雰囲気はすごく良かったよ。梨花はもう剣道部に決めたのよね」


「うん、涼ちゃんほど強くないけど昔から竹刀握ってたし、それしか取り柄がないしね」


少しギャルっぽい佐久間さんが昔の涼華の剣道部時代を知ってた子か。

涼華も友達ができて何よりだ。


俺が指図したわけではないが、一人で地方から護衛官として来た涼華を少し可哀想に思っていた。

まあ、本人にはそんな事言えないけど、少し安心したよ……


情報を拡散する方法としてSNSを最近は使うのか。

こうして新しい知識を得ることができたのは、一般生徒になったおかげだ。


うん、もうこの生活を手放せないなあ〜〜


スマホを見ながら、世間の動向をチェックしてるとクラスがひときわ騒がしくなった。


話題の中心人物、吉祥寺君が来たようだ。


「吉祥寺君、SNS見たよ」

「ヤンキー3人相手に凄いじゃん」

「カッコよかったよ」


みんなに囲まれて、まるでアイドルかヒーローだな。

そういえばあの現場をスマホで撮影してた奴がいたけど、こういう事だったのか。


だが、こんな事までして吉祥寺君は何がしたいのだろう?


俺には、そのことを考えてもよく分からなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る