第9話 御曹司を取り巻く女性達
クラスメイトの思いもかけない映像をゲットしたが、これだけでは悪事を暴く証拠として物足りない。
まあ、俺に関わらなければ糾弾するつもりは無いけど……
このような知恵を使っていると思いこんでいる小悪当など、どこにでもいるものだ。
えっ?お金を取られた学生が可哀想?
同情はするが、共感はできない。
俺はこれでも実業家のトップとなるべくして教育されて来た。
この世は平等でもなんでもない。
理不尽さの積み重ねでできている。
欲しいものがあればそれだけの実力をつけるしかない。
奪われないためには、奪われぬように力をつけるか、弱者なりに工夫をすれば良い。
とまあ、こんな事を考えても一人で考えても仕方がないが、吉祥寺君はいずれ俺と関わる気がする。
その為の防衛手段のひとつがさっきの映像だ。
そうは思っても、ラノベを買ってウキウキだった気分は、すっかり毒気を抜かれ気分は最悪に近い。
胸糞悪いとはこのような事を言うのだろう。
そんな事を考えながら家を目指していると、家のそばの公園の林の中でうずくまっている女性を見かけた。
また、同じ学校の制服を着ている。
「気分でも悪くなったのか?」
俺は見かけた以上は素通りはできない。
そのうずくまっている女性に近づいて声をかけた。
「どこか具合でも悪いのですか?」
背中向きに声をかけたのだが、その女性は「うん」とも「すん」とも言わない。
仕方がないのでもう一度声をかける。
「大丈夫ですか?」
すると、少し反応があった。
背中がビクンと動いたのだ。
「……大丈夫………ではないのもいる」
このような意味不明の大丈夫は初めてだ。
「あの〜〜どういうことでしょうか?」
「水分が足りない」
喉が渇いたのか?
バッグから水のペットボトルを取り出して
「これ、未開封だから飲んでください」
その時、その子が初めて俺の方を振り向きお互いの顔を見た。
「ありがたく使わせてもらう」
水のペットボトルをその子に手渡すとその子は受け取って蓋を開けた。
そして、そのペットボトルを傾けて地面にドボドボと捨てたのである。
???
一瞬、思考がフリーズする。
「はっ」っと我に返って思わず、叫んでいた。
「何してくれてるの!」
その子は、藍も変わらず地面に水を流し続けている。
そして、残らず水を捨て終わって、口を開いた。
「水をくれている。みんなも喜んでいる」
???
意味がわからない……
この子は関わっちゃダメな子だったんだ……
「光彦も見るといい。元気になったのは光彦のおかげ」
えっ!?なんで俺の名前知ってるの?この子……
「ほら、この子なんかもう、元気に立ち上がってるよ」
その女の子が地面に水を捨ててた場所には、たくさんの苔が生えていた。
「もしかして、苔に水をやったのか?」
「そう……」
この雰囲気といい、容姿といい、俺はこの子を知っている。
「なあ、お前、俺のこと知ってたよな?」
「うん、貴城院光彦。でもなんでか水瀬光彦になってる。それに髪の毛が白髪頭じゃない。なんで?」
そうだ。この子は小さい頃、貴城院家の邸宅で会ったことがある。
あの時は、蟻の行列をずっと眺めていた。
「すまない。君の名前は忘れたけど、蟻の行列を見てた事は思い出した」
「光彦は事件にあったから記憶があやふやなのは仕方がない。あの時は心配した。でも、どうする事も出来なかった。家にある苔達に光彦が早く治るようにお願いしてた」
苔達にか……そうこの子は、植木職人の源ジイがたまに連れてきた子だ。
そして、大輝先輩の妹でもある。
「木葉……」
「何?光彦」
この日、数年ぶりに貴上院家の邸宅で一緒に遊んだ木葉と再会したのだった。
◇
俺と木葉は、公園のベンチに座り自動販売機で買ったジュースを二人して飲んでいた。
「木葉は、今は苔に夢中なのか?」
「うん、そう。苔達は色々な顔をしてる。見ていて飽きない」
「昨日、大輝先輩に木葉も同じ学校だって聞いたんだ」
「うん、1年4組」
隣のクラスだったようだ。
「大輝先輩から木葉の事を聞いたけど、悪いがその時は思い出せなかった」
「仕方がない。爺ジから事件のことを聞いてた。2週間目覚めなかったって。脳に記憶障害が出ても不思議じゃない」
確かに、拳銃で撃たれてしばらく目覚めなかったと聞く。
その時の事や過去の記憶が曖昧なのも気づいていたけど、みんなが心配するから黙っていた。
「なあ、木葉。昔の俺ってどういう感じだった?」
「臆病で泣き虫。私が死んでた芋虫を蟻の行列の中に落としたら、可哀想だと泣いていた」
マジか……思ってたより恥ずかしい。
過去は黒歴史として封印しておこう。
「そうか、聞かなかったことにするよ」
「今とあまり変わっていない……よ」
まあ、根本的なところは変わってないのかもしれない。
「今度は木葉と家が近くだな。いつでも遊びに来てよ」
「わかった。遊びに行く」
「大輝先輩も一緒でいいぞ」
「あの野球バカは、野球ばかりできっと遊ばない」
確かに、野球のこと以外眼中になさそうだったけど、これは源ジイの家庭の遺伝なのではないだろうか?
夢中になったら他のことはどうでも良いみたいな。
「何かに一途なところは植松家の遺伝のようだな」
「そう、だから私はこれから光彦と一緒にいる」
「そうか、よろしくな。木葉」
「うん、不束者ですがよろしく……お願いします?」
うん、完全に思い出した。この子はやはり木葉だ。
◆◆◆
「おかしい、おかしい、おかしい………」
私は高等部になっても光彦さんと同じクラスになるようにお星様に願っていたのに、同じクラスどころかどこを探しても光彦さんが見当たらない。
クラス分けの張り紙も穴が開くほど確認した。
そして、全てのクラスを周り光彦さんを探した。
でも、どこにもいない。
まるで神隠しに遭ったように……
あっ、あの男子はいつの金魚の糞のように光彦さんにくっついていた子だ。
「ねえ、君。光彦さん、知らない?」
「あっ、桜宮さん。す、すみません。光彦様を探してみたのですが、どこにもいなくって‥‥ぐすん」
泣きたいのはこちらですのに……
「そう、邪魔したわね」
いない、いない、いない……
光彦さんがいない。
こうなったら先生方に聞いてみよう。
私はその足で職員室に向かった。
そして、身近にいた先生に聞いてみたのだが……
「ごめんなさいね。個人情報は教えられないのよ」
何ですか、この女は。
私は光彦さんの従姉妹です。
身内なのですよ。
それを教えられないとは、どういう了見かしら。
他の先生にも聞いてみたが返答は同じだった。
「この学校、私に意地悪だわ」
貴城院家の本宅に行けば何かわかるかも……
あっ、そうだ。お父様なら何か知ってるはず。
私は急いで車を呼びお父様の会社に向かう。
「お父様、お父様」
お父様の会社の執務室に飛び込んだ。
「こら、ここは会社だ。ノックぐらいしなさい」
「それどころではありません。光彦さんがいないのです」
「光彦君が……あっ!」
「お父様、光彦さんの居場所を知っているのですね?」
お父様は困った顔をしてたが、そんなことはどうでもいい。
今は光彦さん以上の大切なことなどないのだから。
「お父様、私に何か隠していますね。本当のことをおっしゃらないと今後お父様とは口をきいてあげません」
「う〜〜それは困ったな。美鈴と話ができないなんて私は何を目的に生きているのかわからないよ」
「それなら光彦さんの居場所を教えてくださいませ」
お父様に詰め寄ったのだが、お父様は本当に困った顔をしていた。
「美鈴、貴城院家の事はどこまで知ってる?」
「光彦さんのお家です」
「そういう意味ではないのだが……光彦君の姉である愛莉ちゃんの事は知ってるね。彼女は15歳の誕生日の日にとある会社を任されたんだ」
「ええ、勿論、知ってます。私も愛用させてもらってますから」
「うん、薄化粧の美鈴はとても可愛いよ」
「お父様、誤魔化さないで下さい!」
「……貴城院家では、15才になると大人として扱われる。私もそうだった。私は、この会社をもらってね。業績は最悪だったけど、なんとか軌道に乗せたんだ。その時、桜宮家の企業と取引をして百合子に出会ったわけだけど、今は、とても幸せだ」
「お父様の惚気話は何度も聞いて知っております。今は光彦さんの居場所です」
「そう慌てないでほしい。光彦君も15才の誕生日にあるプレゼントを貴城院家からもらったんだよ」
「えっ、という事はどこかの会社で経営のお仕事をされているという事でしょうか?」
「いや、彼の場合は違うんだ。表向きは留学となっているけどね」
「留学……光彦さんは日本にいないのですか?どこですか?アメリカ、イギリス。それともフランスに?」
「う〜〜む。これは表に出してはいけない情報だからね。美鈴といえども私の口からはこれ以上は言えないかな」
「お父様は先程、表向きと言いました。という事は、留学というのは偽情報ですね。すると、光彦さんは日本にいる。しかも、それを隠さないといけない。そういう事でしょうか?」
「美鈴、君は光彦君のことになると何で頭が冴えるんだ?普段のようにホアホアした美鈴はどこにいったのやら……」
「お父様はこれ以上のことはお話できないのですね。わかりました。絶対光彦さんを見つけて見せます」
私は、外に待たせてある車に乗り込み、今度は貴城院家の本宅に向かった。
「突然の訪問、失礼とは存じましたが火急の用がございまして訪問させてもらいました」
貴城院家の門番にその旨を伝えて、屋敷に入る。
すると、執事の櫛凪様がお出迎え下さった。
「これは美鈴様、光彦様のパーティー以来ですね」
「櫛凪様、突然の訪問、失礼かと思いましたがどうしても知りたいことがありましてお伺い致しました」
「そうでございますか、でも、立ち話も何ですからお茶でも頂きながらお話しを聞かせて下さい」
使用人の方に案内されて応接室のソファーに腰掛けると、櫛凪様も席に着かれた。
「さて、美鈴様の火急のようとは珍しいですね。ところで何をお知りになりたいのですか?」
「光彦さんのことです。お父様からある程度の事情はお聞きしております。ですが、どうしても光彦さんの居場所を知りたいのです」
「光彦坊ちゃんの事でしたか。さて、困りました。特に内緒にしてはいなかったのですが……」
「表向きは留学されたと聞かされましたが、あくまで表向き。日本のどこかにいらっしゃるのですよね?」
「美鈴様は、どうしても光彦坊ちゃんの居場所を知りたいと?」
「ええ、どうしてもです」
「それが危険な事であってもですか?」
「私が危険な目に遭うのなら構いません。ですが、私が居場所を知る事で光彦さんに危険が生じるのであれば、が、我慢致します。でも、連絡先だけでも教えてもらえれば嬉しいです」
「うむ……では、嘉信様と連絡をとりましてご相談させて下さい」
「お父様とですか?お祖父様ではなく?」
「ええ、美鈴様の保護者は嘉信様ですから」
「わかりました。ご連絡お待ちしております」
それから私は、自宅に帰りその連絡が来るのを心待ちにしていたのだった。
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