第11話 御曹司の護衛(影)
お昼に地学準備室に行くと木葉が既にドアの前にしゃがんで待っていた。
「すまん、待たせた」
「そんなに待ってない」
鍵を開けて中に入ると、新品のテーブルとソファーが置いてある。
それに、クッションとかも揃っている。
「あれ、いつの間に……」
「光彦、お腹すいた」
初めて入った木葉に、この部屋の違和感はないのだろう。
「お待たせ〜〜って、ここすごいじゃん」
ドアを勢いよく開けて入って来たのは、美幸さんだ。
「お腹すいた」
木葉は平常運転だ。
「ミッチー、この部屋使っても平気なん?」
「おい、そのミッチーってのはやめてくれ。背筋が寒くなる」
「ミッチーはミッチーでしょ。細かいこと気にしたら負けでしょ」
「お腹すいた」
「「……食べるか」」
お弁当をテーブルに広げ始めると、一際大きなお弁当箱が置かれた。
「木葉、それ全部食べるつもりか?」
「そう、普通」
「あははは、ミッチーはこのはっちの食欲を知らないんだあ。すごいんだよ、このはっちは」
「それに比べて美幸さんはおにぎりだけなんだ」
「あーしはこのはっちはみたいに食欲魔神じゃないし。ところで涼っちは?」
「ああ、何か用があるらしく遅れると連絡が来た」
「そうなんだ。あ、よかったらあーし達も連絡先交換しよー」
美幸さんの提案で連絡先を交換した。
「うわ〜〜やば。このはっちは以外に友達枠が増えたあ〜〜」
「うん、家族と美幸以外に連絡先が増えた」
う〜〜ん、聞かなかったことにしよう。
まあ、俺も友達なんていないから同じなんだけどね〜〜。
でも、登録してある連絡先は100は超えてる。
全部、貴城院家がらみだけど……
ところで本題の美幸さんの食欲だが、おにぎり2個を平らげて今は木葉のおかずを分けてもらって食べている。
食欲はありそうだ。
だが、何故だろう。
オーラのせいではないが、落ち込んでる?
辛そうな顔をたまに見せる美幸さんは、それを隠すように明るく振る舞っている、そんな感じだ。
木葉は、何か知ってるのか?
楓さんが作ってくれたお弁当を殆ど食べ終わる頃、不機嫌マックスで涼華が入ってきた。
「もう、最悪!!」
自分の怒りを隠そうともしない涼華は、よほど腹の立つことでもあったのだろう。
「涼っち、どうした?」
「美幸、聞いてくれる?さっき校舎裏に呼び出されて告白されたんだけど」
「ヒュー、マジ。それで、それで?」
「断ったのに、しつこくて迫ってきて参ったわよ」
「そうなんだ〜〜」
「しつこい男は死ぬべき」
冗談なのだろうが、木葉は物騒だな。
「で、相手は誰なん?」
「同じクラスの吉祥寺って嫌味な奴よ」
「あ〜〜朝、うちのクラスでも騒いでたわ〜〜暴漢を退治したとかなんとかで〜〜」
「それもどうか怪しいわ。あの男が打算もなくそんな事するはずないと思うし」
女性というのは、人間観察に関しては鋭い生き物なのだろう。
まあ、全ての女性に当てはまらないが……
吉祥寺君は涼華の事が好きだったのか……
まさか、告白するために昨日の三文芝居をしたわけじゃあないよな。
「もう、頭にきすぎてお腹が減ったわ」
お淑やかな涼華さんは何処へやら。
木葉に迫る勢いでお弁当を空にしたのだった。
もっと、味わって食えよ……
◇
今日の放課後はそれぞれの委員会のある日だ。
俺は、女子の保健委員でもある菅原さんと一緒に委員会の開催される教室に向かっていた。
「菅原さんは、保健委員をやりたかったの?」
「……特にやりたいとかでは、でも、都合が良かったです」
声も変えてるけど、やはりこの子は……
俺はペンをわざと床に落とす。
「ルナ、ペンが落ちたぞ」
「いっけな〜〜い、どこ?………」
ペンを拾おうとして思わず自が出たようだ。
「ルナ、何してんの?」
「………バレちゃしょうがない。主人、どこでわかったんですか?変装は完璧だったはず」
「俺がルナの事わからないとでも思ったのか?」
「そういえば、気配察知は主人の方が得意でしたね。ニンニン」
この子はルナ。
貴上院家の諜報部門を担当する一族の家系だ。
あの事件以後、護衛術や気配を薄くする訓練を担当したのがルナの父親だ。ルナは俺にとって姉弟子でもある。
「一緒に師匠に訓練を受けたんだ。それくらいはわかる」
「1ヶ月は誤魔化せると思ってたけど、たった3日かあ〜〜」
「うちの屋根裏に住んでるのも知ってるぞ」
「げっ!楓殿から聞いたのか?」
「楓さんが人の秘密を漏らすわけないだろう。俺の感だ」
「気配を完全に消し忘れたか〜〜まだまだ未熟でござるな、ニンニン」
忍者かぶれをしてるルナは時々このような話し方をする。
「それと、あの時は助かった。ありがとう」
「なんのことでござるか?」
「涼華が庭木を切りまくった時だ。倒れてくる木の軌道をズラしてくれたんだろう。感謝するよ」
「ああ、あの刀バカの狼藉のことであったか、主人を守るのがルナの役目。些細な事でござる。ニンニン」
ここでルナと再会できたのは、寧ろラッキーだ。
「ルナ、ひとつ頼みがある」
「はい、主人。どのような件で?」
「実は…………」
教室に着くまでに今までのことを簡潔に話す。
そして、とある情報を仕入れてもらう事を頼んだのであった。
◇
委員会が終わりルナは早速出かけて行った。
俺は、事前に連絡を入れてある木葉に再度確認する。
「美幸さんは一緒か?」
「ううん、美幸は学校終わると直ぐに帰る」
「そうか、じゃあ、直ぐに行くからもう少し待っててくれ」
「わかった」
木葉には、駅前の本屋さんで俺たちの委員会が終わるまで時間を潰しててもらった。
「木葉、お待たせ」
「そんなに待ってない」
二人で駅に向かおうとすると、こちらに向かって走ってくる女子がいる。
「もう、置いてかないでよ」
「涼華のところは長引くんじゃなかったのか?」
「そう思ったけど、単に連絡事項を確認しただけだったの」
「ねえ、光彦。美幸に何かあった?」
「ちょっと気になる事があってね。最近の美幸さんはどんな感じ?」
「春休み頃からいつも忙しそう。悪いからあまり連絡しないようにしてた」
「忙しいね〜〜」
すると涼華が「美幸がどうかしたの?」と尋ねてきた。
俺の様子が少し変なのに気づいたのかもしれない。
「木葉、悪いけど美幸さんの家まで案内してくれ」
「うん、わかった」
電車に乗って自宅のある駅で降りる。
俺達の自宅の向かう方向に歩き出して、大通りを渡り5分ほど進むと目的の美幸さんの自宅があるアパートに到着した。
「あそこの二階」
「そうか……うむ?」
「あれ、誰かドアの前にいるみたい」
涼華も気づいたようだ。
そこに美幸さんちのアパートの前にいたのはランドセルを背負った少年だった。
「あ、和樹だ」
「美幸の弟さん?」
「そう、小学2年生。和樹、ここで何してるの?」
涼華の問いに答えながら、ドアの前にいた少年に木葉は問いかけた。
「あ、木葉姉ちゃん」
「うん、そう。和樹は何してる?」
「鍵を忘れちゃって中に入れないんだ」
「そう、おばさんは?」
「お母さんは病院。駅で階段から落ちて骨が折れたみたい」
「えっ……」
木葉は、思わぬ幼馴染の家族の出来事に言葉を失っていた。
「こんにちは。和樹君って言うんだね。俺は美幸さん、君のお姉さんの学校の友達なんだ。お姉さんはどこ行ったのか知ってるかい?」
「多分、病院だと思う。いつもそうだから」
「ねえ、私のお姉さんの友達なんだけど、お母さんはいつ頃怪我をしたの?」
「春休みに入ってからだよ」
ということは2週間前ぐらいから、姉弟で暮らしてたのか……
木葉を見ると真っ青な顔して固まっていた。
何も知らないで呑気に過ごしていたのがショックなのだろう。
「木葉、シッカリしろ!こういう時こそお前がシッカリしないと和樹君が不安になるぞ」
声をかけられて『ビクッ』とした木葉は、凛々しい顔に変わった。
「ここで待っててもまだ外は寒い。俺の家に連れて行こう。和樹君を説得してくれるかな?」
「うん、わかった」
木葉は、いつもと違いシッカリとした口調で和樹君に話しかけている。
そして、話し終えたのか、和樹君は立ち上がって腰かけてて汚れたズボンのお尻を手で払っている。
俺は、帰りながら楓さんに連絡を入れて和樹君を迎える準備をしてもらった。
木葉は、スマホから美幸さん宛にメッセージを送っていた。
「電話は出ない。メッセージを入れといたから大丈夫」
俺の家までの地図は添付してもらったから、地元なら迷うことはないだろう。
「うん、あの幽霊屋敷だと書いておいたから直ぐわかる」
「ひえ〜〜本当のことなの?光彦君、今度お札とか買いに行こう」
木葉の言葉に涼華は、異様に怯えていた。
和樹君は、不安ながらも一生懸命ついてきたという感じだ。
木葉以外初見だし仕方がないかもしれない。
家に着くと「わあ〜〜本当にあの幽霊屋敷だ」と、和樹君が声を上げた。
地元で有名なのは本当のようだ。
「ただいま」
そう言って玄関を開けると、楓さんが和かに出迎えてくれた。
取り敢えず手を洗いうがいをさせて応接室にいく。
「ゲームでもするか?」
「いいの?」
「ああ、お兄ちゃんはこのゲームだけは上手いんだ」
昔、桜宮家の翔一君とよく遊んだ。
「待って!コントローラーは、あるのよね。私もやるわ」
涼華も参戦するようだ。
木葉は、楓さんに事情を話しながらお茶の用意をしている。
「じゃあ、勝負だ!」
マ◯オカートで選んだキャラは、ル◯ージ。
この髭面のおっさんが俺の好みだ。
だが………
「やったーー、一番だあ〜〜」
「悔しい、私は二番か〜〜」
「…………解せぬ」
マジでこれだけは自信があったのだが、なぜ負けた?
「もう一回だ!」
「お兄ちゃん、無理しなくてもいいよ」
「ははは、同情されてる、ははは」
「見ていろ、今度こそは絶対勝つ!」
涼華に笑われても挫けてはいけない。
今度こそは……
「勝った〜〜」
「また、二番か〜〜和樹君、上手だね」
「……解せぬ」
ゲームをしてお茶とお菓子を食べながら会話してるうちに和樹君の緊張は完全になくなっていた。
「昔の光彦様を思い出します」
楓さんは、懐かしそうに楽しんでいる和樹君を見ていた。
そこに玄関チャイムがなった。
楓さんが玄関まで行き、美幸さんを連れて来た。
「みんな、すみません。和樹がご迷惑をかけて」
すると、木葉が美幸さんの頬を平手打ちした。
乾いた音がリビングに響く。
「なんで、なんで美幸は言ってくれなかった?」
目からは大きな涙が頬を伝っている。
「う〜〜このはっち、ごめんなさい」
美幸さんも涙を流して二人で抱き合っている。
だが、これで終わりではない。
「涼華、悪いけど和樹君ともう少し遊んでてくれるか?」
「いいわよ」
俺は、木葉と美幸さん、そして楓さんを伴って俺の自室に入る。
「美幸さん、会ったばかりで信用できないと思うけど、事情を話してくれないかな?できるだけのことはするから」
「でも、これ以上みんなに迷惑……」
「美幸!私が美幸の立場だったら美幸は迷惑がるの?そんなことないと思う。だから、ちゃんと話して」
「………」
美幸さんは黙ってしまった。
色々考えているんだろう。
「美幸さん、お腹の件もあります。出来るだけ力になりますから……」
『わああああああああああ』
美幸さんは、木葉と抱き合いながら思いっきり泣いていた。
その涙の訳は、おそらく美幸さんのお腹に関係してる。
どうにか落ち着くのを待って俺は尋ねる。
「美幸さんは、妊娠してますよね?」
「…………はい」
美幸さんがそう答えると木葉が驚いたように「美幸!」と叫んだ。
楓さんも端正な顔をしかめた。
「木葉、少し落ち着け。それでは事情を聞けない」
「……うん、わかった」
「美幸さん、お話聞かせてください」
それから、美幸さんはポツリポツリと話し始めた。
その話を聞けば聞くほど胸糞悪くなっていく。
木葉も身体を震わせて怒りを抑えていた。
事情を全て話し終わった美幸さんは、ベソをかきながらもどこかスッキリした顔に戻っている。
それに比べて、木葉の顔は般若のように恐ろしい顔になっていた。
「楓さん、悪いけど美幸さんの事をお願いしてもいいかな?俺の名前を使っていいから丁重にね」
「畏まりました」
楓さんは美幸さんを連れて部屋を出る。
木葉は、未だに怒りで身体が固まっていた。
「ルナ、いるか?」
「はっ、ここに」
ルナは、さっと俺の前に現れ片膝をついた。
「例の件、進捗はどうだ?」
「全て把握しております」
「ルナ、俺の名を使え」
「宜しいのですか?では、3時間……2時間頂きたく」
「わかった。やれ!」
「御意」
そう言うとルナは煙のようにその場から居なくなった。
さて、友人を泣かせた落とし前をつけに行こうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます