第12話 白い鬼

夜の8時。


リビングでお茶を飲みながら、和樹君が遊んでいる姿を見ていた。

幼いながらもシッカリした子で、木崎家の教育の良さに感心する。


玄関チャイムが鳴り、涼華が出迎えると楓さんと角太が入ってきた。

楓さんは、美幸さんを病院に連れて行き諸々の手続きを済ませたようだ。


「若、参りました」

「角太まで出張ってくる案件ではないぞ」

「若の行くところにこの角太あり、ですから」


涼華は背筋を伸ばして凛と立っている。


「楓さん、美幸さんはどうだい?」

「貴上院家の系列病院に連れて行きました。光彦様のお名前を拝借致しましたのでVIP待遇を受けております」

「母親の方は?」

「事情を話して大層驚いておりました。今後の事を含めて美幸さんと同じ病院に転院させました」

「うん、ありがとう。さすが、楓さんだ」

「恐れ入ります」


さてと行きますか……


「楓さん、和樹君はしばらく家で預かるから、木葉と一緒に待っててくれるかな」


俺がそう言うと木葉は、


「私も行く。友人を傷つけた。許せない」

「うん、わかった。では行こうか」


俺が立ち上がると、木葉は俺の前に立っておもむろに頭に被っていたウィッグを取り外した。

そして、銀色の髪を木葉の手で解かされて、かけていたメガネも外された。


「うん、光彦はこの方がいい」


「そうだね。ありのままの方がいいよね」


そして、俺達は角太の乗ってきた黒塗りの高級車に乗り込んだ。


着いた先は木葉と美幸さんが通っていた中学校。

閉ざされた門が開かれ、車を昇降口付近に車を停めるとルナが駆け寄って来て資料を手渡された。


「ルナ、急がせたね」

「問題はありません」


俺は、さっとその資料を読み、それをみんなで共有する。

いまいちよくわかってなかった涼華は、その資料を見て驚き顔を怒りに染めた。


「如月、冷静になれ。感情に呑まれるな」


角太に言われて『はっ』とした涼華は、深呼吸を何度かして自信を落ち着かせていた。


「涼華、和樹君の前で話せなかった。すまない」


「光彦君が謝る必要はないわ。私がまだ未熟なだけ」


涼華が落ち着いたようなので動き出す。


さあ、目指すは職員室だ。



職員室の閉ざされたドアから部屋の照明が溢れ出て、廊下を照らしている。そんな、ドアを俺は勢いよく開けた。


「みなさん、今晩は。お仕事ご苦労様です」


職員室に響き渡る俺の声で、仕事をしていた先生方が一斉に振り向いた。


「君達はなんだね。ここをどこだと思ってる?」


「◯◯中学校の職員室ですよね。ところで蛇河田先生はいますか?」


教頭先生らしきデスクから一人の50歳前後の男性が、立ち上がって俺達の前に躍り出た。


「君達、さっさと出て行きなさい。警察を呼びますよ」


「え〜〜と、あなたは誰ですか?」


「私はここの教頭だ。直ぐに立ち去りなさい!」


要件も聞かずに、立ち去れか……


「貴方ではなく蛇河田先生に用があるのですが、いますよね?」


「こんな時間にアポイントも取らず押しかけてきた者達の言うことなど聞く必要はない。直ぐに出て行け」


はあ〜〜面倒だな……


「出来るだけ穏便に話をしたいのだが、俺も少しばかり腹に据えかねていてね。このような対応をするのは好きではないのだが、角太!」


「はっ!」


角太は、教頭の前に出て腹に拳を当てた。

よろよろと倒れ込む教頭を見て他の先生が悲鳴をあげる。


「ルナ、全て黙らせろ!」

「承知」


ルナは、机の上を飛び回り騒いでいる先生方を拘束した。

その時間は1分もかからなかった。


一ヶ所に集められた先生方は、口を塞いでいないので、大きな声で騒いでいる。


「木葉、その先生はどいつだ?」


「こいつ」


一番前にいた40歳代の男子教師は、痩せ型で銀縁のメガネをかけていた。


「あなたが蛇河田先生ですね?」


「そうだが、君は誰だね。植松もなんでこんな事をする。これはれっきとした犯罪行為だぞ」


「自分が何をしたのかわからないのか?」


他の先生も「こんなことは直ぐにやめろ!」とか「直ぐに解放しないと警察を呼ぶぞ」とか騒いでいる。


まあ、普通は何も知らないで拘束されたら誰しもそういう風に思うわな。


「お前、美幸に何をした!」


感情が昂っているのか、木葉は、蛇河田に向けて大声で怒鳴った。


「美幸、さあ、知らないな。そんなことよりいいのか。こんなことが知られたら植松は高校退学だぞ」


まあ、シラを切るよね〜〜


「用があるのはこの蛇河田先生にです。他の先生方はしばらくお待ちください」


俺がそう言うと「ふざけるな!」「やっていい事と悪いことがあるんだぞ」「監禁、拘束は立派な犯罪だ」とか、騒いでいる。


「周りが煩いと話ができないではないですか?良い大人なら立場をわきまえた方が良いのではないですか?」


「何を若造が偉そうに言っている」

「立場をわきまえるのはお前達の方だ」


教頭をはじめとする先生方は騒ぐ、騒ぐ。

これでは落ち着いて話し合いができない。


「蛇河田先生に話があるので、他の先生方は黙っててもらえますか」


それでもギャーギャー騒いでいるので、もう、放っておく事にした。


「蛇河田先生、木崎美幸さんの事はご存知ですよね?」


「ああ、そこにいる植松と同じで3月に卒業した生徒だ」


「そこまでわかっていれば私達がなぜここに来たのか理解できますね」


「わかるわけないだろう。私は忙しいんだ。直ぐに解放しろ!」


「では、ここにある資料を読みましょう。他の先生方も聞いてくださいね」


「昨年8月、夏休み中ですね。ここの生徒で木崎美幸さんは、家庭の事情から近くのファミリーレストランでバイトをしていました。

そこに蛇河田先生が入店されまして、美幸さんは学校に内緒でバイトをしてることがバレてしまいました。ここまでは相違ないですか?」


蛇河田は、何かを考えて「ああ、そういえばそんなこともあったと思う。記憶は曖昧だがな」と、平然と言ってのけた。


「まあ、いいでしょう。それで、後日、先生に呼び出された美幸さんは、先生に脅されたと言っています。それは本当ですか?」


「そんな事もあったかもしれないが記憶にない」


「その時、美幸さんは先生に「このことがバレたら高校入学は難しい。どうにかしてやるから黙って言う事を聞きなさい」と、脅してその場でレイプしました。これは事実ですか?」


ここまでのやり取りを聞いていた他の先生方もある程度の事情を察して静かになった。

もし、事実なら学校全体の問題だ。


「そんな事をするわけないだろう。相手は教え子だぞ」


「否定するのですね?」


「当たり前だ。それに君は誰だね。なんの権利があってこんな事をしている。これは問題だぞ」


こいつの言う事はとりあえず無視する。


「美幸さんが言うには、その時スマホで撮影されたそうです。その映像を、今度は脅しのネタに使って卒業するまで何度も性交渉を要求し実行しましたよね?」


木葉は、唇を固く噛み締めて、そこから血が少し出ていた。


「だから、事実無根だ。教え子相手にそんな事をするわけないだろう!君を名誉毀損で訴えてやる」


「では、この映像はなんですか?」


ルナは用意したパソコンで美幸のレイプ場面の映像を流した。


「こ、これは……」


他の先生もようやく事態を重く見たのだろう。

誰もが、その映像を食い入るように見ている。


「こんなのフェイク動画に決まっている。俺を貶めるためにお前達が作ったんだろう?」


「蛇河田先生は、この動画がどこにあったのか理解できないのですか?貴方の家のパソコンから拝借した映像ですよ、これ」


「何だと無断で家に入ったのか!不法侵入も立派な犯罪だ。お前達、覚えていろ」


すると、一人の女性教諭が口を開いた。


「蛇河田先生、私は去年の夏休みに蛇河田先生と木崎美幸が進路指導室に入っていくのを見ました。まさか、生徒にこんな事をするなんて……」


驚いているその女性教諭は、蛇河田先生を睨みつけた。


「だから、これは間違いだ。偽物なんだ」


「木崎はバトミントン部で私は顧問です。彼女の家の事情は聞いていました。それを、こんな事をするなんて」


「だから〜〜!こいつらが勝手に作った動画だ。私は生徒にこんな事はしていない」


「何度も性交渉をさせられた木崎美幸は妊娠しました。父親は蛇河田先生ですね?これが木崎美幸の妊娠証明書です」


他の先生はもう何も言わない。

黙って俺達を見ていた。


「もし仮に木崎が妊娠していたとしよう。だが、その子の父親が私だと証明できるのかね?木崎がどこかで遊んでできた子かもしれないじゃないか。こんな悪ふざけは、もうごめんだ。さっさと解放しろ」


「ふざけるな!美幸がそんなこと遊びでするわけないだろう!」


木葉が興奮している。

俺は涼華に木葉を任せた。


「さて、話が飛びましたが、先ほどの映像は蛇河田先生の自宅にあったパソコンから拝借した者です。勿論、家に入るにあたってご家族の同意を得ています。奥さんは泣いていたそうです。息子さんは高校生みたいですね。中学生のお嬢さんは、気を失いかけました。勿論、きちんとアフターケアしてあります」


「嘘だ、嘘だ。そんな事を許されるわけない!貴様、殺してやる」


「蛇河田先生の故郷は福島県ですね。実家のご両親はご健在とのこと。先ほどの映像をお見せしたら、縁を切るとおっしゃってました。下に妹さんもいらっしゃいますよね?ご両親の近くで会社員の男性と結婚されていてお子様が3人ほどおられます。その方達にもこの映像をお見せしたところ、縁を切らせてほしいと言われました」


「お前ら、何をしてんだあああああ!!」


「何をしたのは貴方でしょう。蛇河田先生。これでもまだ認めませんか?」


「当たり前だ。俺はそんな事をしていない!」


「では、次の映像を……」


『先生、もうやめて!』

『木崎、そんな事を言って気持ちよくなってきたんだろう。ほら、こんなに濡れてるぞ』

『いやーー!やめて、痛い、痛いよ〜〜、ママー助けて……』


「「「「「………………」」」」」


「みなさん、あまりにもショッキングな映像で言葉も出ませんよね。私も同じです」


「美幸、美幸……」


木葉は、その場に崩れ去り、大粒の涙を流して泣いた。

涼華に言って、木葉を廊下に待機させてもらう。


「自分が犯した罪がどれだけの人を不幸にさせているのか、考えた事はありますか?」


「うるさい!俺は何もしていない。お前達こそ犯罪者だ!」


「そうですか、では資料の続きを読ませてもらいましょう。美幸さんは、体調が悪いのに高校入試を受けて見事合格を果たしました。卒業式が近づくに連れて蛇河田先生との関係を終わらせようとしたのですが、先程の映像を強請のネタに脅しました。それでも、美幸さんは全てを終わらせる覚悟で再度蛇河田先生にやめてほしいと頼んだんですよね。ですが、蛇河田先生、貴方は美幸さんの家族にまで手を出しましたね?これがその時の映像です」


それは、駅の階段でコートを着た人物がある女性を突き落とすような仕草をした映像だった。


「これでは遠目でよくわからなかったと思います。ですので拡大してお見せしましょう」


今度はその部分を拡大した映像が流れた。

顔を隠しているが明らかにその人物は蛇河田その者だ。


「「「「「…………」」」」」


「春休みに入って美幸さんのお母さんが駅から転落して足の骨を降りました。貴方が駅の階段から押して落とした女性が美幸さんのお母さんです」


「俺はこんな事をしていない。嘘だ。出鱈目だ!」


「ここまでの卑劣な人間は初めてですね。美幸さんが言うことを聞かなくなりそうだからといって、その母親まで手にかけて脅しのネタに使ったのですから。美幸さんに愛情でもあったのですか?」


「だから、俺はそんな事をしてないと言っただろう。お前達こそ罪を認めてさっさと帰なさい!」


「では、なぜ、人は罪を犯してはいけないのでしょうか?

今の時代は個人主義です。罪はそれを犯した本人のもの。ですが、基本的な事を忘れているようですね。

人は一人では生まれない。両親がいて兄弟がいて、結婚すれば妻がいて子供もいる。そして、結婚相手にも両親がいて兄弟がいて子供もいる。貴方の罪は貴方だけのものです。でも、誰がそんな事を認めるのです。認めるのは赤の他人。

その他人の考えまで貴方の思考や行動で制御できるのでしょうか。制御できなければ、貴方の罪は家族、親族と波及します。犯罪者を生み出した一族として代々受け継がれるのです。

貴方は、そんな基本的なこともわからないで、教師をしてるのですか?」


「だから、俺は何もやっていない」


すると、教頭先生が、話に割り込んできた。


「君達の言いたい事はわかった。私達を拘束したこともなかった事にしよう。だから、この件について緊急の職員会議を開こうと思う。きちんとこちらで調べてその結果を君達に伝えようと思う」


「何を言ってるのですか?

職員会議を開いて事実を隠蔽し、または蛇河田先生にだけ罪をなすりつけて終わりみたいな子供のするような事をしてももう遅いんですよ。

だって俺がここにきてる時点であなた方を含めて全て終わっているのだから」


「何を言ってるんだ。君は狂っているのか?」


「教頭先生の対応は正直ムカつきました。ですが、突然の訪問はこちらにも非があります。ですので軽めの処理で済ませましょう」


「何を偉そうに言ってる。君は自分を王様とでも思っているのか?」


「名乗るのを忘れていました。でも、私の名を聞いた以上、後悔はしないで下さいね」


「何を馬鹿な事を……」


ここで今まで黙っていた角太が前に出た。

そして、この件のつき承諾する旨の警察庁長官、県知事、文部大臣、市長、教育委員会の署名の入った紙をみんなに見せた。


「ここにいるのは貴城院グループの次期当主、貴城院光彦様だ」


「「「「えっ………」」」」


「知ってる人もいるでしょうが我が貴城院グループは、日本のみならず世界の全てにコネがあります。先生方の身内の方が勤めている会社の殆どが、私の言葉で動きます。総理や官僚、警察、あなた方が関係する教育機関も全て同じです。

もし、私が声を掛ければ貴方の奥さんが近所のスーパーで買い物をしようとしても何も売ってくれないでしょう。

銀行などに預けているお金は下ろせなくなります。勿論、家の電気、ガス水道などのライフラインは全てシャットアウトされるでしょう。

それがあなた方家族だけなら良いですが、親族、親戚縁者その者達も同じようにする事ができます。

それがどういう意味なのかお分かりですか?」


「そ、そんな……わ、私は関係ない。全て蛇河田先生がやった事だろう!」

「そうだ、全て蛇河田先生のせいだ。私に罪はない」


また騒ぎ出した先生方は、罪を蛇河田先生になすりつけてこの場を逃れようとしていた。


「そうですね、先ほど発言された女性教諭の方は解放しましょう。ですが、他の先生方は、この場に残っていた不運を恨むのですね。先ほど、連絡がありまして、皆様の家族や両親、親戚縁者までこの件に関して感知しない旨を書類で頂きました。ですので、この場であなた方を殺しても良いというわけです」


「「「「ひっ!!」」」」


「蛇河田先生がきちんと罪を認めてくれてれば、皆さん、助かったのですがね〜〜」


「この鬼め!」

「そんなことが許されるわけないだろう!」

「私は何もしていない。助けて」

「蛇河田だけでいいだろう。家族がいるんだ。なあ、助けてくれよ」

「蛇河田!早く罪を認めろよ!!」


「皆さん、言いたい事を言ってますが、蛇河田先生、貴方は罪を認めますか?」


「俺は何もやってない!こんなのインチキだ」


「そうですか……残念です。では、さようなら」


すると、控えていたエージェントが職員室になだれ込み、先生方を布袋に入れて撤収して行った。


残ったのは、俺たちメンバーとあの女性教諭だ。


「わ、私は何もできませんでした。生徒が苦しんでいるのに何も……」


「ええ、それが貴方の罪です」


震える女性教諭にそう告げて、俺達は職員室を出て行った。

廊下には、女性教師のすすり泣く声と俺達の足音が響いていた。

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