第65話 御曹司はカラオケをする


お昼休みの時間に学校に着いた俺は、特進クラスに向かう途中で声をかけられた。


「おい!水瀬」


声がする方を向くとそこには前のクラスで一緒だった井の頭君がいた。


「何か用?」

「何かじゃねえ、俺と水瀬は友達だよな」


いきなり肩をクラスんできてそんなことを言い始める。


「う〜〜ん、友達の定義が良くはわからないけど、元クラスメイトじゃないかな?」


「いいや、俺と水瀬は友達だ。誰が何と言おうともだ」


思わず力説された。


「それで俺に何かよう?」


「友達、それも大親友の水瀬に少しばっかり頼みがあるんだ」


今度は大親友になっている。

まあ、いいけど……


「パンツとか靴下は盗まないよ」

「ちが〜〜う!そうじゃない。いや、そういうのもアリと言ったらアリなんだが今は違う」


全くもって何が言いたいのか理解できない。


「だから何の用なの?もう行かないといけないんだけど」

「お前、特進クラスだよな?」

「そうだけど?」

「それで俺と水瀬は大親友ってわけだ」


大親友の押し売りだよね?これ……


「だから何なのさ。俺、マジで急いでるんだけど?」

「要は大親友の水瀬は、この俺に紹介してくれても良いわけだ」

「紹介?何を?」

「この間編入してきた美少女お嬢様3人組の事だよ」


ああ、そういうことか……何か納得。


「ボッチで淋しく過ごしている水瀬はカラオケとか行きたいだろう。きっと美少女お嬢様3人組もカラオケには行きたいはずだ。となると男女の人数が合わない。圧倒的に男子が足りないってわけだ。そこで登場するのが水瀬の大親友の俺ってわけだ」


要は美鈴ちゃん達をカラオケに誘って、自分も参加してお近づきになりたいというわけだね。


「悪いけど俺、そんな暇ないよ。今は家の都合でとにかく忙しいんだ。残念だけどまたにしてくれる?」


すると井の頭君は持っていた紙袋から何かを取り出した。


「そう言うと思ってな、山川から情報を仕入れてきたんだ。どうだ、これを前にしてもそんな事が言えるのか?水瀬」


井の頭君が紙袋から取り出したのは『ニート転生〜異世界行ったらマジやるっきゃない』のヒロインのひとりロカシーのフィギュアだった。しかも、マントが外れて2パターン楽しめる運営本気の力作のやつだ。


「マジかよ……そ、それくれるの?」


「ああ、大親友の頼みとあらばくれてやらんこともない。だがしかし、美少女お嬢様3人組とのカラオケが条件だ!」


マジで欲しい……

最近忙しくて、欲しいと思ってたフィギュアは買えずじまいで、自室にはラノベ数冊と日毎に増えていく苔の鉢しか無い。

あのフィギュアがあれば、俺の自室は癒しの空間として映えるであろう。


「ちょっと考えさせてくれ。相手の都合もあるし取り敢えず聞いてみるから」


「うん、うん、水瀬はよくわかってるな。このフィギュアは成功報酬として君に進呈しよう。だから連絡くれよな」


そう言って井の頭君は自分の教室に戻って行った。


カラオケかあ〜〜行った事ないけど楽しいのか?


俺はそんなことを思いながら自分の教室に向かうのだった。





「あっ、光彦くん!」


教室に入ると美鈴ちゃんから声をかけられた。

パタパタと上履きを鳴らしながら近づいてくる。


「美鈴ちゃん、走ると危ないよ」

「今日はもういいの?」

「ああ、今日はもう予定は入ってない……あ!」


みんなが俺の机の周りに集まってきた。


「何、ミッチー。まだ用事あるん?」


隣の席の美幸から声をかけられた。


「いや〜さっき、カラオケに誘われたんだけど、どうしようか迷ってたんだ」


「カラオケ!いいね。みんなで行こうよ」


美幸は乗り気なのだが、問題は井の頭君が一緒だということだ。


「それで誰に誘われたのですか?」


三条さんが尋ねてきた。何故か眉間に皺を寄せている。


「元クラスメイトの井の頭君って男子なんだけどね、美鈴ちゃんたちも一緒にどうかって聞いてきたんだよ」


「そうですか、男子からのお誘いでしたか……」


三条さんの眉間の皺がなくなった。

どういうこと?


「井の頭って私のアレとかアレを欲しがった変態の男子だよね?まさか、一緒に行くわけないわよね?」


パンツ事件以来、涼華は井の頭君達を毛嫌いしていた。


「あの〜〜その殿方のことはよくわかりませんが、光彦くんが行くなら私も行きたいです」


美鈴ちゃんは、少し恥ずかしそうにそう話す。


「じゃあ、みんなで行けばいいしょ!そうだ、このクラスの親睦会してないじゃん、クラスのみんなで行けば良くない?」


確かに普通の高校生ならそんなイベントが発生するのかもしれない。


「いいわね。みんなで行きましょう。私、先輩達に声をかけてくるね」


そう言って涼華は教室にいる先輩方に話をしに行ってしまった。


「美鈴ちゃんもいいの?」

「はい、光彦くんと一緒にカラオケなんて初めてなので緊張します」


「三条さんや美里さんもいいの?」


「私は美鈴さんが行くならどこにでも行きますよ」

「私は勿論、ついていきます」


三条さんや美里ちゃんも大丈夫のようだ。


「木葉は?」

「美味しいものがあれば行く」


木葉は歌より団子らしい。


「じゃあ、みんなで行こうか?でも、これだけの人数入れるの?」


「大丈夫っしょ。あっしが予約入れとくし」


そう言って美幸がスマホを取り出してどこかのホームページを開いている。


「熊坂さんは行くって。駒場先輩は奢りなら行くって。池上先輩は予定ないから大丈夫だって言ってたよ。下北沢先輩は、寝ぼけてたけど首を縦に振ってたからきっと来てくれると思う。あと菅原さんが今日はお休みだけどいいのかな?神泉先輩は今日も来てないからわからないわ」


「じゃあ、11人ね。駅前のカラオケさんでオケ?せっかくだし一番豪華な部屋を予約するよ〜」


美幸は楽しそうに、スマホを操作している。


「クラスの親睦会なんて前の学園じゃあり得なかったね?」

「そうですね。何だか楽しそうです」


美鈴ちゃんに声をかけると本当に楽しそうにしてる。

こんなイベントもたまにはいいかもしれない。





そして、放課後…………


駅前のカラオケ屋さんの一番豪華で広い部屋を予約した美幸さんは、テンションマックスでソファーの上に座りながらソファーの弾力を確かめるように跳ねていた。


跳ねる度に胸部が上下し、スカートが捲れて見えちゃいけない物がチラチラ見える。


俺は視線を逸らすと三条さんと目が合った。一言「エッチ」と言われて見られていたのだと知り落ち込む。


「み、水瀬君、最近読んでる?」


落ち込む俺に声をかけてくれたのはポーズ頭の池上先輩だ。


さり気ない心遣いに優しさを感じる。


「最近、読めてないんですよ。本屋にも行けないしネット小説も読んでたものがしばらく更新されてなくてモヤモヤしてる感じです」


「そ、そうなんだ、何だか忙しそうだもんね。ぼ、僕は最近、悪徳令嬢モノにハマっていてね。これなんか、さ、最高に面白いよ」


池上先輩が紹介してくれたネット小説は、乙女ゲームの世界に転生した少女が破滅フラグを回避して頑張る物語だった。


「面白そうですね。乙女ゲーってのがよくわからないのですが?」


「お、乙女ゲーってのは女性向けの恋愛ゲームのことだよ。プ、プレイヤーが女性でゲームに登場するイケメン男性を攻略していくゲームなんだ」


「そうなんですね。ゲームの世界に入ってしまったってことはストーリーが分かるということですか?」


「そうそう、だ、だから破滅する未来を回避しながら主人公が頑張って生きていこうとするところがユ、ユーモア溢れてて面白いんだ」


「じゃあ、俺も読んでみます」


みんなは、曲を選んだり食べ物を食べたりしながら楽しそうに話をしている。俺と池上先輩が話してる時、下北沢先輩と目が合ったが、直ぐに逸らされてしまった。


俺、何かしたかな?


「あっ、この曲誰が入れたの?私好きなんだあ」


熊坂さんがそう声を上げた。

イントロのメロディーが室内に流れている。


「それは俺だ」


何と駒場先輩が先陣をきって歌い始めた。


「すご〜〜い、上手」by 熊坂さん

「綺麗な声ですね」by 美鈴ちゃん

「マジ、最高なんだけど〜〜」by 美幸


マジで上手い。駒場先輩、プロみたいだ……


駒場先輩が歌い終わると室内は拍手喝采の状態だ。


少し照れた感じで、ソファーに腰掛ける駒場先輩。

目の前にあったジュースを飲んで一息入れたようだ。


「駒場っちって音楽やってるの?」


美幸の質問に小声で「ちょっとな」と呟いた。


「凄い上手でした。私感動しました」


美鈴ちゃんも笑顔でそう話しかけていた。


「次は、私ね」


そう言ってマイクを持ったのは熊坂さんだった。

少し前に流行った人気のアイドルの曲だ。


「熊っち、駒場っちの後に歌うなんて度胸ありすぎるでしょ!」


美幸の声援?に手を上げて答えた熊坂さんが歌い始めたのだが……


「えっ、マジ、うますぎる……」


踊りのフリも完璧にこなして歌い始めたのだが、駒場先輩に負けないくらいの歌唱力だ。


「なになに、このクラスって歌の上手な人しかいないわけ。私、次だけどみんなに聴かせる自信ないよ」


涼華が焦りながら早口で喋っている。

確かにこの2人の後に歌うのはちょっと遠慮したい。


「駒場先輩はもしかしてバンドとかしてるんですか?」


思い切って俺は駒場先輩に声をかけてみた。


「ちょっとな」

「やはり、リズムの取り方も音程の狂いもなく、それに独特の声質で少し癖があるところがとても良かったです」


「ははは」


俺がそう話しかけると駒場先輩はおかしそうに笑った。


「いや、すまん。前に同じような事を言われた事があったんでな、少しツボったわ」


すると下北沢さんが話しかけてきた。


「駒場君が上手いのは当たり前よ。ライブハウスでは人気のギターボーカルなんだから」


「おい、下北沢、何でお前がそれ知ってんだよ」

「だって私、見に行ったことあるもの。プロ顔負けの演奏だったし」

「お前、見にきたことあるのかよ!全くしょうがねえなあ〜〜。あまり言いふらすんじゃねえぞ」


そうか、駒場先輩のヤンキーファッションはミュージシャンスタイルだったのか……


「今度見に行ってもいいですか?」

「ああ、だが今は残念ながら休業中だ」


少し淋しそうにそう話した。


「そうですか、残念です」

「でも、復活したら教えてやるから、見にきてもいいぜ」


そう話す駒場先輩は、目に見えない何かを見つめていた。


ふとそんな先輩を見ていて俺も何かを忘れている気がした。


はて、何だったっけ?





「はあ〜〜何やってんだよ。全然連絡こねえじゃねえか、水瀬のやつ……」


教室に残ってスマホと睨めっこしている井の頭君がそこにいた。

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