第66話 御曹司は先輩の家に招かれる
突如決まったクラスの親睦会は無事に終わった。
因みに支払いは全部俺だった。
まあ、仕方ないよね……
支払いが終わりトイレに寄ってから帰ろうとすると、同じくトイレから出てきた下北沢先輩に出くわす。
「あ、水瀬君、これからちょっと良いかな?」
「トイレに行った後なら構いませんけど」
「あ、ごめん、そうだよね。私、店の前で待ってるから」
カラオケの時、目を逸らされたので下北沢先輩に知らないうちに何かしてしまったのではないかと少し不安だったが、何か俺に用事があるみたいだ。
店の前に行くとみんなも待っていた。
桜宮家の運転手がいたので、近くの駐車場に車を停めてあるのだろう。
「美鈴ちゃん達は車だよね。じゃあ、また、明日」
手を振って元朱雀学園の3人組と涼華を送り出す。
残っているのは、美幸と木葉、それと熊坂さんと下北沢先輩だ。
「ミッチー、もう帰るんでしょ?」
美幸にそう言われて、下北沢先輩が用事があるみたいだと話す。
すると、美幸は下北沢先輩を見て何かを察したらしく、木葉と熊坂さんを連れて駅に向かって行った。
「先輩、どこか寄りますか?」
「そうね、良かったら私の家に来ない。直ぐ近くなの」
「はい!?」
突然、お家にお呼ばれされてしまった。
「あの〜〜それってマズいんじゃあ〜〜」
「水瀬君は先輩である私と家で二人きりになると狼に変身するのかしら?」
「まさか、そんなことはないですよ」
「じゃあ、決まりね。そこに見えるマンションが私の家だから」
確かに直ぐ近くだった。
でも、何で俺?
何かしたかな?
一気に不安になる俺の心中を察してか、下北沢さんは「とって食べたりしないわよ」と、逆狼パターンの冗談を言う。
エレベーターで7階に上がり、降りて少し歩くと下北沢先輩の家のドアに辿り着く。
「さあ、遠慮なく上がって。散らかってるけど、水瀬君は細かいことは気にしないわよね?」
確かに片付いているとは言えない乱雑さだが、汚部屋というわけではない。
「先輩、もしかして一人暮らしなんですか?」
「そうよ。ここに男子が来たのは水瀬君が初めてよ」
そんな事を言われると緊張感が襲ってくる
「そこのソファーに腰掛けて待ってて。お茶入れてくるから」
「あ、おかまいなく……」
洋服やらタオルなどが乱雑に置いてあるが、食べ物の管理だけはしっかりしてるようで、よく話題になる汚部屋みたいに食べ物が腐った匂いとかはしていない。
それより、なんか女性特有の甘い香りが部屋の中に充満していて落ち着かない。
「はい、どうぞ。お砂糖とミルクはいる?」
「いいえ、紅茶は何も入れない方が好みなので」
「そう?私はミルクたっぷりのミルクティーが好きだわ」
ミルクという言葉に反応して下北沢先輩の胸に視線を移してしまったのはご愛嬌だろう。
「それで俺に用事って何ですか?」
「ええ、そうね。カラオケで池上君と話してた内容が気になってね。少しお話しがしたかったの」
池上先輩との話ってネット小説のことかな?
「ネット小説のことですか?」
「そう、それ。水瀬君はどんなの読んでるの?」
下北沢先輩はラノベとかネット小説に興味があるようだ。
「読み初めの頃は異世界ものにハマってました。特に影で暗躍する物語が好きでしたね。ラブコメとかは、まだ初心者です。でも、有名どころは読んでるのつもりです。それと池上先輩が話してた悪徳令嬢ものも面白そうなので今日から読んでみるつもりです」
「そうか、異世界ものからハマったのね?私もそうだったわ」
「下北沢先輩はどんなものが好きなんですか?」
「最初の頃は水瀬君と同じ異世界ものが好きだったわ。勿論、今でも好きだけど主人公が男ものが多いじゃない。だから、いまいち感情移入出来なくて。でも、女性主人公のものは殆ど読んだわよ。最近では恋愛ものか、さっき話してた悪徳令嬢ものが好きだわ」
女性の場合は恋愛要素がないとつまらないのかも知れない。
男のハーレムものなんて女性にとっては侮辱してると捉えかねないしね。
「それでね、私恋愛ものとか好きなんだけど、恋愛経験がないのよね。水瀬君はどうなの?」
「ええ、俺も同じです。よくわかってません」
「えっ、そうなの?だって水瀬君の周りには可愛くて素敵な女性ばかりいるじゃない?もしかしてハーレム野郎かと思ってたんだけど」
「それは誤解ですよ。周りにいる子は確かに可愛い女の子は多いですけど従兄弟だったり、幼馴染だったりで恋愛感情とは違います」
「そうなんだ。水瀬君は鈍感主人公キャラだったわけね。納得」
おい、それはちょっとないんじゃないか?
「もしかして、喧嘩売ってます?」
「そんなわけないじゃない。客観的に見てそう思っただけよ」
貶されてるのか?俺……
「それで用件とは小説の話ですか?」
「う〜〜ん、ちょっと違うんだけど、さっきも言った通り私に恋愛経験がないわけ。だから、経験豊富そうな水瀬君にお話を聞きたかったのが理由のひとつ」
「という事は他にも理由があるわけですね?」
「聡い子は好きだよ、私。つまりね、恋愛経験をしたいのよ。その時、お互いの気持ちがどうなるのかを知りたいわけ」
「………言ってる意味はわかりますけど、もしかして呼ばれた理由は?」
「そう、女性慣れしてる水瀬君と恋愛関係になってみたいの、私」
「あの〜〜俺は女性慣れしてるわけではないので、家族や周りに女性が多かっただけですから。それと、俺自信、恋愛をよくわかってないので下北沢先輩の要求には応えられないと思います」
「そうかあ〜〜、確かに水瀬君の周りにいる子達に比べたら私は見劣りしちゃうけど、結構脱いだら凄いんだけどな」
確かにその胸を見ればその言葉が真実だとわかる。
わかるが……
「話が飛びすぎですよ。恋愛したいんでしょ。いきなり裸を見せ合う関係とは少し違うと思いますけど?」
「そうなの?恋愛してればいずれそうなるでしょ。だったら早いか遅いかの問題じゃないのかな?」
「そうでしょうけど、俺と下北沢先輩とには当てはまりませんよ」
「う〜〜ん、残念だなあ。何としても恋愛してる時の感情を知りたかったのに〜〜」
「どうしてそんなに知りたいのですか?」
「う〜〜ん、それは教えてあげない。水瀬君がOKしてたら教えたのにね」
意味ありげな言葉だけど、下北沢先輩とそう簡単にそういう関係になるわけにはいかない。
貴城院家に産まれた者とそういう関係になってしまったら、下手をすれば殺されてしまう。つまり、恋愛にもリスクが伴うのだ。
主に相手が相応しくない場合だけど、その怖さは身に染みてわかっている。
「そういうわけですので、今回のお話は無かったことにさせてください。それと先輩は男性から見て、勿論俺もですけどとても魅力的な女性です。ですので軽はずみで変な事は考えないで下さい」
「あら、私を心配してくれるの?」
「ええ、先輩のような素敵な女性が見ず知らずの男性にこんな話を持ちかけて乱暴とかされたら大変ですから。本当にそれだけは自重して下さいよ」
すると、下北沢先輩はどこか嬉しそうな顔をして、
「男性に心配されるって結構気持ち良いものなのね。うん、わかった。水瀬君以外にはこんな話はしないわ。約束する」
いや、俺も含めてなんだけどね……
「そうね、そうよね。何だか少しわかった気がする。この気持ちの心地良さはある意味恋愛に似てるかも、うん、きっとそうだわ」
何か言いながらひとりで納得している先輩。
「何かわかりませんが、先輩のお役に立てたのなら幸いです」
「そうだ、もう一杯紅茶飲むでしょう?もっと、水瀬君とお話しがしたいわ」
どうやら直ぐには帰れそうもないようだ。
◆
「今日はどうしたんだ?一日中ボーッとしてるじゃねか、キララさんよ」
運転しながら砂川刑事は助手席に座っている相棒に話しかける。
「えっ、今何か言いましたか?」
「ほら、ほとんど俺の話聞いてねえじゃねえか。それでよく刑事が務まんなあ」
「やるときはやってますよ。さっきの暴行犯の事情徴収だってきちんと処理してたじゃないですか?」
「まあ、そうなんだが、何だかいつものキララと違う生き物って感じで気持ち悪かったぞ」
「それはそうですよ。あんな自分勝手な考えの人間をまともに相手するわけないじゃないですか?完全なるお仕事モードで対応させて頂きました」
「まあ、あれはあれであれだったし、良かったんじゃないか、あれで」
「あれ、あれうるさいですよ。意味わかりませんし」
「そうだ、そこの角に上手いラーメン屋があるんだ。行くか?」
「ラーメンですか〜〜まあ、腹が減っては戦はできませんしね。これは前哨戦です」
「なま言いやがって!行くぞ、キララ」
「ええ、行きましょう」
2人の刑事は、その後路上駐車違反でミニパトの婦警さんに切符を切られたのだった。
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