第67話 御曹司は家出少女と出会う
下北沢先輩の家からの帰宅途中、近藤商事の担当秘書になった野方胡桃さんから連絡が入った。
新しく設置される部所に関して近藤社長からの承認を得た話と配属される人員の選抜が終わったとのことだ。
配属される予定の人数は野方さんを含めて7人。
少数精鋭を目指すと言っている。
そのリストをメールで送ってくれたようで確認してほしいとのこと。
それと、明日顔合わせをするので午後にでも来社してほしいと言われた。
午後出勤なんて企業戦士たるサラリーマンが聞いたら怒りが爆発するかも知れないが、そこは俺がまだ学生なので配慮してくれての事、野方さんには頭が上がらない。
電車を降りて家路を急ぐ。
連絡は入れてあるけど、既に当たりは暗くなっていて脇道に入ると街灯との灯りだけでは暗い箇所もあるほどだ。
下北沢先輩から「読んだら感想を聞かせて」と言われて5冊程のラノベを借りてきた。
家に帰ってからの楽しみができたのは素直に嬉しい。
狭い道のブロック塀に囲まれた家の前の道を歩いていると、突然、その家からガラスが割れるような大きな音が聞こえてきて、その直ぐ後に男の怒鳴り声が聞こえてきた。
どうやら、家族の誰かと喧嘩しているようだ。
『そんなに嫌なら家から出ていけ!』
『うるせい!わかった、こんな家2度と帰ってくるもんか!』
少し甲高いその声は女性特有のものだ。
俺が玄関口の道に差し掛かると勢いよく玄関を開けて飛び出してきた赤いジャージ姿の少女が一目散に駅とは反対方向に駆け出して行った。
「これ、どうしよう……」
全く赤の他人の親子喧嘩らしいので、口を挟むわけにもいかず、その場で少し考え込む。
誰かが出てきてその子の後を追いかけて行くのなら放っておこうと思っていたのだが、一向に家から誰も出てこない。
今はまだ4月の半ば。
夜は冷え込むことも多い。
それに、こんなご時世だ。
変な事件に巻き込まれでもしたら大変だ。
どうにかしてあげたいという善意の気持ちなど正直ほとんどない。
ただ、目の前で起きたことが先々最悪な形になって俺の知るところになると目覚めが悪いからという至って個人的な事情でその子の後を追った。
「この先に木葉が苔見てた公園があったよな〜〜」
その公園に立ち寄り、まずは林の中を探してみる。
「こんな暗い場所に女の子は来ないか……」
次は広場にある遊具なのだが、盛り上がった小山に人が入れるトンネルがある。
俺はそこを覗いてみると、蹲って泣いている赤いジャージの女の子を見つけてしまった。
友達の家にでも行ってくれてれば、俺が関わらないで済んだのに……
「おい、冷えると子供が出来にくくなるって俺の知ってるお婆ちゃんが言ってたぞ」
「何それ、意味わかんない」
返答はしてくれるようだ。
「さっき、君の家の前にいたんだが、喧嘩するのはいいけど逃げ込む先は考えた方がいいぞ」
「あんた誰よ!私のストーカーなわけ?キモっ!」
「はあ!?たまたま家に帰る途中で君の家の前を通ったらガラスが割れる音が聞こえて怒鳴り声が聞こえたんだよ。そしたら、赤いジャージの子が出てきたからほんのちょっとだけ心配になってここに来ただけだ。勘違いしないでよね?」
ちょっとだけツンデレ風に言ってみた。
「はあ〜〜見も知らない誰かさんに忠告しとくわ。さっさとどっかにいけ!このロリコン変態野郎!」
随分とスレてるなあ〜〜でも、当然な反応か……
俺は電話をかける。
『あ、浩子さん、遅くなって悪いね。今日の晩ご飯は何なの?‥…そうか、サイコロステーキとポテトサラダ。それに魚介類の具沢山のスープ。付け合わせに切り干し大根の煮物。そうなんだ美味しそうだね〜〜。そうなんだ。みんなは食べ終わったの?……うん、うん、和樹君は美味しいっておかわりしたんだ。そうだよね。浩子さんの作る料理は美味しいものね〜〜。えっ、まだ二人分はあるの?わかった、直ぐ帰るから温めておいてくれる?』
「そこの赤いジャージちゃん。うちの今日のうちの晩ご飯はかなり美味しいみたいだ。話を聞いてるだけで涎が出てきたよ。まだ、二人分は残ってるらしい。だが、うちは人数が多い。夜中にお腹がすいて夜食として食べられてしまう可能性もある。さて、赤いジャージちゃんはこの誘惑に勝てるかな?」
「は!?何言ってんの?見ず知らずの家に行くわけないじゃん。バカなの?」
「見ず知らずとは、会ったこともない知らない人のことを言うんだ。赤いジャージちゃんとは家の前で会ってここで再開した。つまり既に知り合いってわけだ」
「変な屁理屈こねんな!この変態野郎!」
そうだよね〜〜こんな話でついてくるのは木葉だけだよね〜〜
「とにかく、家に来なよ。近所では幽霊屋敷と言われている直ぐそこの屋敷なんだけど」
「あ、知ってる。あそこに越してきた人なんだ。隣の家もあっという間に出来上がったよね?どうして?」
「まあ、大人の事情というか話の都合というか……」
「何わけのわかんないこと言ってるの、この変態は」
少しは言葉の口調が柔らかくなってきたようだ。
「年頃の娘は扱いは難しいね〜〜」
「何ジジイみたいなこと言ってんの?あんただって私とそう変わんないじゃん」
「何を言う。俺はピカピカの高校一年生だぞ。君はまだ小学6年生か中学1年生あたりだろう?尊敬と敬愛の意味を込めてお兄さんと呼ぶ事を許可しよう」
「はい!?さっきからウザ絡みして何が目的なの?どうせ身体目当てなんでしょう?男なんてみんなそうだもの」
「違う。実は妹がいたんだ。もうここにはいないけど、君と同じくらいの年齢だ。だからかな、放っておけなかったんだ」
妹の可憐はここにはいないけど本宅にはいますよ、それが何か?
「そうやって気をひいて家に連れ込んでいやらしい事するつもりなんでしょう。私知ってるんだから」
この赤ジャージ娘は賢い子みたいで少し安心する。
すると、その時俺の背後で……
「ミッチー、こんなとこで何してんのさ。ママが遅いから見に行ってこいって言われたんだけど?」
「光彦お兄ちゃん、早く帰ろう。ステーキ美味しかったよ」
現れたのは、木崎姉弟。
「そうなんだけどね。この中に赤ジャージの家出娘がいてね、出てきてくれないんだ」
「マジ、ちょっとごめんなんしょ。あっ、下井草さんとこの茜っちじゃん。家出したん?」
「あ、本当だ茜ちゃんだ」
木崎姉弟はこの子の事を知ってるようだ。
「知り合い?」
「うん、学童でよく一緒になって遊んだんだあ。そうか家出したんだ。じゃあ、一先ずうちに来なよ。美味しいご飯あるよ」
赤いジャージ娘は美幸の顔を見て安心したようだ。
ノソノソと土管トンネルの中から出てきた。
そして俺の顔を見て呟いた。
「ふん、ロリコン変態野郎!」
「ぷっ……ギャハハハ」
それを聞いた美幸はツボにハマったようで笑い転げている。
「茜ちゃん、光彦お兄ちゃんはロリコン変態野郎じゃないよ。良い人だよ」
和樹君、君には貴城院家特製の高級座布団をあげよう……
まあ、結果的には第一段階はクリアしたってことかな?
俺は結局何も出来なかったけど、でも……
「そこ!笑いすぎ!」
美幸はまだ声を上げて笑っていた。
◇
家に帰ると珍しくルナが食後のお茶を飲んでいた。
「ルナ、身体は大丈夫だったか?」
「この通り、拙者には毒の一つや二つなど効きませぬ」
最後の方は痺れてたみたいだけどね〜〜
「主人、今日は遅かったでありますな?」
「ちょっと下北沢先輩に呼ばれてね、頼みごとをされたんだけど、俺には荷が重くて断ってきたんだ。そしたら、帰る途中で家出赤ジャージの子を見つけてね。説得に時間がかかってしまった」
ルナにそう説明している間に、例の赤ジャージ娘はフォークでサイコロステーキをブッ刺していた。
「もう、食ってんかい!」
思わずツッコミを入れてしまった。
「ロリコン変態キモっ!」
「ギャハハハハ」
赤ジャージ娘にそう言われて、ツボった美幸はまた笑い出した。
「ふむふむ成程……これは主人も肩なしですな」
「そうなんだよ。この赤ジャージちゃん、賢すぎて話に乗ってくれないんだ」
「赤ジャージって呼ぶな!私には下井草茜って名前があるんだから」
すると、赤ジャージ娘の足元にうちの癒しのペット『イクラ』が登場して足に顔をなすりつけている。
「きゃー可愛い〜〜、ねえねえ、名前なんて言うの?」
「その子はイクラちゃんだよ。みんなで考えてつけたんだあ」
そう和樹君が説明してくれた。
「そうか、イクラちゃんって言うんだ。可愛いね〜〜。まるでサザ◯さんに出てくるイクラちゃんみたいだね。あっ、あの猫ちゃんはタマだったわ」
これ以上、この話はまずい。
「随分、懐かれてるな。拾った俺にはあんまり懐かないのに〜〜」
何か悔しい……
「それは主人があまり家にいないからでござる。因みに拙者も懐かれてないでござる……シクシク」
ルナの場合は食われるんじゃないかと恐れてるんじゃないか?
「ところで茜っちは何で家出したん?」
そうだ、美幸の言う通り肝心な話を聞くのを忘れていた。
「バカ親父が私の夢をバカにしたんだ。二度と帰ってやるもんか、あんな家」
夢をバカにされて家出か……
「茜っちの夢って何なん?」
「私は、キャバ嬢になりたいんだ」
前言撤回、この子はあまり賢くないかも知れない……
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