第46話 ミッチーとミチル
愛莉姉さんに会う為に、応接室のドアを開けたら炎上アイドルミチルが愛莉姉さんと仲良く話をしていた。
すると、部屋に入ってきた俺を見てミチルが、
「えっ、嘘、ミッチーじゃん」
そう言われて、俺は慌てて裏声で話す。
「え〜〜と、ミチルさんですよね。初めまして」
すると、愛莉姉さんがコーヒーを口から噴き出した。
全く、仕方ないだろう。
笑いたければ笑うがいい。
後でくすぐってやる!
「あの私ミッチーに酷いこと呟いちゃって、その〜〜ごめんなさい」
「いいえ、本当のことだと私もそう思ってます。ですのでミチルさんは悪くないですよ」
「そんな風に言って下さって……私、こんな良い人に酷いこと言うなんて最低ですね」
「そんな事はありませんよ。ミチルさんの「呟いたー」にもフォローさせてもらいましたし、ここにくる時に確認しましたけど、ミチルさんを悪く言う人は今は少ないはずですよ」
「えっ、すみません。どうせ攻撃系のコメントしか無いだろうと思ってスマホ電源落としたままでした。今、確認させてもらってもいいですか?」
「どうぞ」と言い出す前に既に電源を入れ始めるミチル。
しかし、なんで愛莉姉さんと一緒だったんだ???
「本当だ。擁護してくれてるコメントばっかだ。それに、フォロワーがすごいことになってる」
炎上して良い結果が出たならもう言う事はない。
すると、愛莉姉さんが、
「みつひ……じゃない、ミツ子に用があったのは、うちの新商品のモデル件CMに出てもらおうと思ったからなの?それでね、ミチルも一緒にお願いしようと思ってね、ここに呼んだのよ」
そうだったんだ。
でも、もう女装は懲り懲りだ。
俺は断りの言葉を口に出そうとすると
「実はね、さっき夏波さんから良い写真をもらったの?見てみる?」
姉さんのスマホには、さっき夏波さんと撮った少しエッチな写真だ。
あ〜〜終わった……
夏波さん、愛莉姉さんに送ったのかよ!
「すみません、社長には逆らえませんので……」
恐縮する夏波さん。
いや、悪いのは全て愛莉姉さんだ。
「夏波さんも大変だね。横暴な上司をもつとね!!」
「そういうことだからよろしくね、ミツ子!!!」
愛莉姉さんも負けてないようだ。
「それで、ミツ子とミチルのツーショットを撮って『呟いたー』に載せれば、完全に攻撃系はなくなると思うわよ」
愛莉姉さんに言われて、この場で仲良く顔を寄せてツーショット写真を撮る。それを、ミチルさんは自分の『呟いたー』に掲載した。
俺も別バージョンの写真をミッチーの『呟いたー』に掲載したら、コメントが激しい水流のように流れ出した。
「凄い反響、こんなの初めてです」
嬉しそうに顔を綻ばせるミチル。
まあ、結果が良ければ良いんじゃないかな?
「愛莉ね…社長。そろそろ、お……私行かないといけないのですけど」
「そうね、契約とか詳しい事は後でメールするわ。ミチルさんもそれで良いかしら?」
「はい、光栄です。こんな大きなお仕事もらえるの初めてですけど頑張ります」
愛莉姉さんはニコニコ笑顔で、楽しそうだった。
だが、俺は知ってる。
この笑顔の時は気をつけねばならないってことを……
「帰りは2人ともタクシーで帰りなさい。代金はこちらでもつからね」
こんな姿のままで電車には乗れないだろう。
ありがたく使わせてもらう。
「それと、二人は同じ方向だから一緒でも良いわよね?」
えっ、そうなの?
マジ、バレないようにしないと……
こうして、俺とミチルは、会社の用意したタクシーに乗って家近くまで帰るのだった。
◆
僕は今、原宿の竹下通の駅出口付近で行き交う女の子を眺めている。
正直言って、こんなことをしてると不審者に間違われる事は何度もあった。おまけに警察にも連れて行かれたことがある。
何故、こんな事をしてるかというと、社長に無理難題を吹っかけられて望み薄のミッチーのスカウトより、近場でアイドルの卵を見つけた方が早いと思ったからだ。
そう、僕の名前は永福繁生、今年で28歳になる。
「全くミチルちゃんは、余計な事言って炎上しちゃうし事務所の電話はパンク状態だし、社長は嫌味をガンガン言うし、本当、ついてないよ」
うちの唯一のアイドルミチルちゃんが謹慎になって、正直仕事がない。
結城千夏ちゃんは、まだ入院中だし、この分だと給料出るかな?
「おや、あの子はなかなか良いんじゃないかな?スタイルもいいし表情も明るい。ちょっと、声をかけてみるか」
買い物袋を持って駅に近づいてきた女子大生風な女の子に声をかける。
「すみません、アイドルとか興味ありませんか?」
「アイドル?もしかしてAVの勧誘?悪いけどエッチ系はパスだから、またね」
声をかけてもそんな言葉を返されて素通りされてしまった。
「違……うんだよ。何で僕が声をかける女性はみんなAVと勘違いするかなあ〜〜」
もっと、若い子狙わないとダメなのか?
僕、若い子は苦手なんだよね〜〜遠慮なく暴言吐くし、優しくするとツケ上がるし、正直怖い。時代は熟女だよね。
早く仕事終えてマポリンに会いたいなあ〜〜
マポリンは、僕が通っている熟女BARの年齢68歳の売れっ子さんだ。
マポリンは、凄い包容力で包み込むんでくれるんだよね〜〜
何を言っても怒んないし、最高だよ。
僕は給料の殆どをこのマポリンに貢いでいる。
お陰でやっと名前を覚えてくれた。
最近、マポリン忘れっぽいから、次の日行っても「誰でしたっけ」とか言われちゃうんだよなあ。
まあ、そんなところが可愛いんだけどね。
おや、修道服を着た外人さん達だ。
みんな綺麗だし、売り出したらきっと売れっ子になるよ。
「すみません、ちょっといいですか?アイドルとか……ボコっ!」
何なの?
いきなり、後ろにいたブロンドの髪の男に殴られたんですけど〜〜
『Do you want to die?』
「えっ、なんだって?」
『Do you want to be killed?』
「すみません、さっぱりわかりません、ごめんなさ〜〜い」
何故か殴られて逃げてしまった。
マジで怖いんだけど。
でも、真ん中の修道服を着た子は可愛かったな〜〜
僕は、逃げた先でスマホに連絡が来てることに気がつく。
「社長からだよ。もしもし……えっ!ミチルちゃんの『呟いたー』にミッチーがコメントしたんですか?えっ、フォローもされてる?それに、2人でツーショット!?何それ?」
でも、これでミチルちゃんからミッチーに連絡が入れられるはず。
僕の今日の仕事は終わりだあ〜〜
事務所に戻らず、このまま直帰しようかな。
マポリン、今日は僕のこと覚えてくれてるだろうか?
◇
三郎さんとの待ち合わせで、地元の駅にあるカフェに来ている。
何故か、ミチルも一緒にダークモカチョコレートを頼んで飲んでいる。
「ミッチーってミツ子って言うんですね。なんか古風な感じ」
いいえ、光彦です……
「ええ、愛莉社長はそう呼ぶけどミッチーで良いわよ」
「ええ、私もミチルで、ちゃん付けは無しですよ。それと、ミッチーは背が高いですよね。座っているとあまり感じないけど並んで歩くとなんか男子と歩いてる気分になるんですよ。ああ、ごめんなさい。また、余計な事言っちゃって……」
いいえ、男子ですが、何か?
「気にしてないわよ。ミチルは、今何歳なの?」
「私ですか、15歳の高校1年生ですよ。普通に学校通ってます」
「じゃあ、私と同じ年なのね。改めてよろしくね」
「そうなんだ。ミッチーと同じ年なんだあ」
どこか嬉しそうな顔で、ダークモカチョコレートをチュパチュパ吸ってる。
すると、店先でウロウロしてる三郎さんを発見。
どうしたわけだか、なかなか店の中に入って来ない。
当然、ミッチーとしては三郎さんを知らないのでこちらから声をかけるわけにはいかない。
何してるんだよ。早く店入ろうよ。
少しイライラしながら彷徨く三郎さんを見てると、お互い目が合った。
すると、見たこともない笑顔で店に入って来たのだ。
そして、周りに目もくれず、俺達の前に来ていきなり話しかけてきた。
「ミッチー、サイン下さい」
「はあ!?」
サインを返してもらいに来てサインをねだられるって何なの?
すると、ミチルが「ミッチーのサイン欲しいみたいよ」と耳元で囁いてくれた。
「え〜〜と、あなたが例の方なのですか?」
「そうっす。しがねえ、植木職人の見習いっすけど、将来は親方みたいに立派な植木職人になるのが夢っす」
自己紹介どうも、もち、知ってますがな……
「そうですか、立派な夢がお有りなんですね。それで、例の物はおもちなのですか?」
「はい、ここに大事に包んできたっす」
どういうわけか風呂敷に包んで持ってきたらしい。
三郎さんが風呂敷を解くとあのサイン色紙が目の前にあった。
あ〜〜これだ。
空から落ちてまで守ろうとした俺のサイン色紙だ……
「では、こちらが三郎さんが入札された金額が入ってます。ご足労かけてしまったので、少し色をつけときました」
入札額は186600円。封筒の中には、200000円入れてある。
「ありがとうっす。それで、ミッチーのサイン貰えないっすか?」
どうしても俺のサインが欲しいようだ。
でもなあ〜〜三郎さんの部屋に俺の書いたサインがあるのを想像すると、なんか気持ち悪いよなあ〜〜
俺が悩んでいると、
「じゃあ、私と連名ならどう?」
ミチルがそんな事を言い出した。
「え〜〜と、もしかして炎上アイドルのミチルちゃんっすか?」
「そうよ!でも炎上アイドルじゃないわよ。ただのアイドル!そこ、間違えないでよね」
「わかったす。2人は本当に仲が良かったんですねえ。ネットでは炎上商法とかいう奴もいるっすけど、俺は応援してますから。それと、サインに三郎君へって書いてもらえるとありがたいっす」
三郎さんは用意してきた新品の色紙とマジックペンを差し出して、それを受け取ったミチルは慣れた手つきでスラスラとサインを書いた。
「ミッチーのスペース空けといたよ」
ミチルに言われて色紙を受け取り、慣れない手つきでミッチーとカタカナで書いておく。
「ありがとうっす。一生大事にするっす」
三郎さんは嬉しそうにしてるが、俺は三郎さんの部屋にこのサイン色紙が飾ってあったら燃やしてやろうと思っていた。
◇
それから、しばらく話して取引を終えて店の外に出ると周囲が騒がしくなっていた。
サイン色紙の事しか頭になかった俺は、頭の中は『???』で埋め尽くされる。
「マズいわね。こんな簡単な変装じゃバレちゃうか」
少し怪しげな格好をすると言い出したのはミチルだ。
だが、その理由が今わかった。
『あの〜〜サインもらえますか?』
『握手して下さい』
『一緒に写真いいですか』
ひっきりなしにそんな言葉が飛び交っている。
「ミチル、行くわよ」
アイドルとして活動しているミチルにはこういう経験があるのだろう。
俺は、ミチルの手を握って一目散にタクシー乗り場に急ぐ。
すると、駅ロータリーに見慣れた車が急ブレーキをかけて止まった。
窓が開いて、楓さんが手を振っている。
「あ、楓さん、知り合いなんだ。車に乗ろう」
俺はミチルと一緒に車に乗って、この難局を切り抜けたのだった。
「楓さん、ありがとう。よくわかったね」
運転する楓さんに向かって声をかけると、
「愛莉様からお電話がありました。それにしても、みつ……ミッチー、よくお似合いですよ」
楓さんに女装姿を生で見せるのは初めてだ。
何だか楓さんの鼻息が荒い。
「ミッチー、この車すごいわね。もしかして、ミッチーってお金持ち?」
「う〜〜ん、どうだろう?」
返事の使用がない。
「ところで、ミチルはどこに住んでるの?」
「隣の市だよ」
「じゃあ、送って行くよ。楓さん、頼めるかな?」
「はい、畏まりました」
楓さんの車で、ミチルの家の前まで車で送る。
意外と近かったので、遠回りにはならなかった。
ミチルと別れて、俺はウィッグを脱いだ。
このウィッグは、いつもの水瀬スタイルのウィッグよりも蒸れる。
「着替えちゃうんですか?」
楓さんは残念そうに呟く。
「当たり前だろう。こんな格好で家に帰れないよ」
「みなさん、気にしないと思いますけど、残念です」
俺が気にするんだよ、っと言いたい。
俺は車の中で、やっと本来の自分に戻れたのだった。
ああ、しんど……
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