第45話 御曹司、またまた女装する


「はあ〜〜また女装するのか?」


正直もう懲り懲りだ。

何せ、スカートが履き慣れない。

お股がスースーするし、風が吹けば翻る。

ただの布を腰に巻き付けているようなもので、心許ない気持ちになる。


『女子ってすげーーっ!』ってスカートを日常的に履けるだけで尊敬できる。


昼を急いで食べて地学準備室を出る。

涼華や美幸、木葉は怪しがっていたが何とか誤魔化した。

もしかしたら、俺は詐欺師になれるのではないかと思うほどそういう時には弁が立つ。


校門を出て走ろうかと思ったが、急いでお弁当を食べたので無理をしないでおくことにした。


まあ、ゆっくり歩いても余裕で間に合うからね。


三郎さんとの約束時間は午後5時。待ち合わせは、自宅の最寄駅のカフェ。

あらかたの仕事を終えたこの時間なら、源ジイも文句は言わないだろうと配慮した結果である。



校門を出ると前に水瀬君らしき人物が歩いている。

スマホを見ようと思ったが、水瀬君が気になって忘れていた。


「何でこんな時間に帰るんだろう。私みたいに調子が悪かった?」


疑問はさらに膨らんでいく。


「足取りもしっかりしてるし、どこか憂鬱そうだけどここから見る限りでは顔色は良さそう。何か家の用事でもあるのかな?」


これはお礼を言うチャンスかもしれない。

でも、今の私はジミ子に変装中。

ウザいとか言われたらどうしよう……


水瀬君は、ジミ子の私を抱きかかえて保健室に連れて行ったのよ。

そんな事言うわけないよね。

それに、電車で女の子を助けるような人なんだから。

優しいに決まってる。


それにしても私どうしちゃたの?

アイドルして、男子と握手するなんて日常茶飯事。

どうして水瀬君に対して、普通に行動できないの?

ただ、お礼を言うだけなのに〜〜





駅に着いて電車に乗る。

後ろから誰か着いてきたような気配を感じたけど、ルナかもしれない。


スマホを取り出して、朝方呟いた結果を見る。

すると、ミチルってアイドルのアカウントは、凄いことになっていた。

友好的なコメントが70%、攻撃系が30%って感じだ。


でも、少しは改善されたかもしれない。

これで落ち着いてくれれば、言うことないのだが……





水瀬君が都内方面の電車に乗るみたい。

私も思わず、同じ電車に乗ってしまった。

学校帰りは、いつもレッスンに行くのでそのクセが出てしまったようだ。


何してるのよ、私!


私はスマホを取り出して電源を入れる。

すると『ブル、ブル、ブル……』と、スマホが揺れ出した。

バイブ設定してあるので音は出ないが、ホームの通知がえらいことになっている。


「まだ、炎上してるの?」


炎上してしまった呟きに対する攻撃系のコメントだろう。

私は、そっとスマホの電源を落とした。





愛莉姉さんの会社に着いて、受付で愛莉姉さんのアポを確認してもらう。

受付嬢が連絡を入れると、数分で城戸夏波さんがエレベーターから降りてきた。


「光彦様、お待ちしておりました」


どこか緊張している夏波さんは、綺麗なお辞儀をして俺を来賓専用の応接室に案内してくれた。


「光彦様は普段何をお飲みになっておられますか?」


「コーヒーより紅茶の方が好きかな。それと、夏波さん、知らない仲じゃないんだし、そんなに緊張しないで普通に接してよ」


「そうですよね。緊張したままじゃ上手くできませんものね。どうしますか?ここでしますか?できれば、初めてなので優しくお願いします」


???


「あの〜〜俺がするんだよね(女装)?」


「はい、勝負下着も付けてきましたし、先程歯も磨きました。いつでも大丈夫です」


???


「あの〜〜夏波さん、ちょっと意味がわからないんだけど……」


「ええと、私からするということですね。光彦様より歳上ですし、わかりました。昨夜、ネットで勉強しました。不慣れですけど頑張ります。では、脱ぎます!」


そう言って夏波さんは、服を脱ごうとしてる。


何してんの?この人……


「ちょっと待ったーー!!あのさ、夏波さん。何か勘違いしてない?」


「ええと、先に光彦様の衣服を脱がした方がいいですか?」


「そうじゃなくて、ここ会社の応接室だよね?何でここで服を脱ぐの?」


「えっ、光彦様はそういうプレイが好きなのでは?」


何のプレイだよ!!


「あのね、今日は愛莉姉さんに呼ばれて来たんだけど、俺にも用事があったんだよ。俺の用事はね、また、女装するのを手伝って欲しかっただけなんだ。この間話したサイン色紙の持ち主が見つかったんだよ。でも、その持ち主、ミッチーと直接会って渡すと言って聞かないんだ。だから、女装してその人に会って目的の物を返してもらおうと思ってるんだよ」


「えっ、エッチなことじゃないんですか?」


「だから、何でそんな話になってるのさ」


「だって、光彦様から頂いた高級タワーマンションは私を愛人として囲う為だって、友達の美冬が言ってたので」


「そんなわけないだろう。あれは夏波さんに迷惑かけてしまったお詫びにプレゼントした物だよ。それ以上でもそれ以下でもないよ。特に裏の理由は全くないから」


「私……わあああああああああああ」


夏波さんは、緊張が解けたのかここで大泣きしてしまった。

よっぽど嫌だったんだね〜〜


夏波さんが落ち着くまで15分。

それが早いのか遅いのかわからないが、やっと普通に会話ができそうだ。


「ごめんなさい。私、勘違いしてたようで……でも、光彦様とそういう関係になると思って昨夜何度もシュミレーションしたので、私はいつでもOKですから」


『ボカッ!』『痛っ』


思わず立ち上がって夏波さんの頭を軽く殴ってしまった。


「すぐ、そっちの話に持って行かない。それより、愛莉姉さんはどうしたの?」


「そうでした、3時には戻られるそうです。その間、光彦様のことお願いしますと言われています」


3時か……


話を聞いてから女装して地元に帰るとすると時間がないな。


「夏波さん、悪いんだけど、先に女装するのを手伝ってくれる?」


「はい、それは構いませんが、せっかく勝負下着をつけて来たので、私の下着姿の写真も一緒に撮りませんか?」


『ボカッ』『痛っ』


「すぐ、そっちの話に持ってかない。でも、どうしてもっていうなら写真は撮ってあげるよ。記念になるしね」


下着姿ならOKだよね?


「やったーー!ありがとうございます。光彦様、大好きです」


突然、大好きとか言われたけど、夏波さんのポンコツぶりを見てると素直に喜べない自分がいた。





「なんでここまでついて来てしまったんだろう……」


チャンスがあればお礼を言おうとして、なぜか大きなビルの前にいる私。


「ここ、人気のベゼ・ランジュの会社だよね?なんで光彦君がここに??」


すると、とても綺麗な人がいかにも仕事ができそうな女性を連れて私の目を通りかかった。


「あれ、あなた……」


ハーフの綺麗な顔の女性は雑誌で見たことある。

若干15歳で会社のトップとして企業改革を行い18歳の若さでこの化粧品会社を若者が憧れる化粧品会社にまで成長させた貴城院愛莉様だ。


その愛莉様が脚を止めて、私の顔をジロジロもてらっしゃる。


「あなた、ミチルさんね。どうしたの?うちの会社に用事でもあったの?」


何故、わかった?

それに愛莉様がアイドルのミチルを知っててくれたああああ。


「あのクラスメイトにお礼を言おうと思ってここまで来たのですが、言えずにどうしたものかと考えてたのですけど、何で私のこと知ってるんですか?今、ジミ子に変装してるのに」


「ふふふ、なんででしょうね〜〜そのクラスメイトって男子かな?」


「はい、水瀬君って言います。今朝、調子が悪くて倒れそうな私を保健室まで連れてってくれたんです。お礼が言いたくて……」


「ふ〜〜ん、そうなんだあ。あっ、閃いた!ミチルさん、ちょっと私と一緒に来て。良い考えがあるの」


そう言って強引に手を引っ張られて、会社に連れて行かれた。


もう、ドナドナ状態です。





「愛莉様がお戻りになったそうですよ。それにしても、少しエッチなツーショットですね。私、下着姿だし………」


夏波さんに手伝ってもらって女装したはいいけど、いきなり服を脱ぎ出して2人でエッチなツーショットを撮られてしまった。


「それ、公開しないでね。それと俺のスマホにも写真送ってくれるかな」


こういう機会は滅多にないのでありがたく頂こうと思う。


「勿論、公開なんてしませんよ。それと大事にしてくださいね、その写真」


うん、大事にします。


「はいはい、愛莉姉さんが帰って来たようだから、行こうか」


俺はすっかり緊張の解けた夏波さんの案内で応接室に向かう。

扉を開けた瞬間、驚いた。


そこでは、炎上アイドルミチルが愛莉姉さんと仲良く話をしてたのだった。


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