第44話 御曹司は保健委員の仕事をする


今日は木曜日

何だか今週は長い気がする。


昨夜はその後の会食も和やかな雰囲気のもと行われた。

近藤家の長男、直輝君は、血を抜かれて弱っていたので病院に直行し、そのあと麻薬取締役法違反により逮捕されて取り調べを受けているそうだ。実際、本人は使って無かったようで、大した罪にはならないだろうと叔父さんが言っていた。


また、この妹の祐美さんはテロリストに無理やり言うことを聞かされて行動しただけなので、ある意味被害者でもある為、詳しい事情を聞かれたあと解放されたようだ。


その後、帰り際に再び嘉信叔父さんと三条さんからお礼を言われて『娘を頼む』とか意味不明なことを言われて帰ってきた。


眠い……


「今日学校休みたい……」


「それはダメっしょ!」


突然、耳元で声が聞こえた。


「えっ?美幸さん、いつ入って来たんだよ!」


「さっきだよ。ミッチー呼んでも起きないし、少しここにいたんだあ〜〜」


いたんだあ〜〜じゃねえよ!

心臓止まるわ!


「そんで、何で美幸って呼んでくれないのさ」

「何で急にそんな話になってるんだ?」

「美幸、いいわね。呼ばないとおっぱいで顔をモミモミするぞ」


それ脅しなの?


「わかったよ。美幸。それで黙って部屋に入らないでくれる?」

「それは無理。だってメイドだし、お世話するし」


いつメイドになったんだよ!


美幸は相変わらず、楓さんが用意したメイド服を着てる。

これから制服に着替えなきゃならないのに……


「とにかく、ドアをノックして返事があったら入室する。これ基本だからね」


「楓さんはそんなこと言ってなかったし、やっぱ無理」


おい!


なんとか言い聞かせて美幸を追い出す。

はあ〜〜毎朝疲れるんだよね〜〜


「まさか!」


ふと窓際を見るといつもの盆栽の横に鉢が……3鉢……


「また、ひと鉢増えてるよ。木葉、いつこの部屋に入ってんだ?」


俺のプライバシーは、どこいった?と、文句をみんなに言いたい。





いつも通りに学校に行き、自席に着いてスマホをみる。

すると、夏波さんからメッセージが入っていた。


『今日会社に来ると愛莉社長からお聞きしました。用意も心の準備もできてますのでお待ちしてます』


うむ?何だろう、心の準備って???


『午後に伺います』


と書いて送信。


勿論、午後の授業はサボる。

サイン色紙に勝る物はなし!


すると、山川君が席に近づいて来た。


「おはよう、水瀬君。ミッチーあれから呟かないね。それでも、今100万近くのフォロワーがいるんだよ。すごいと思わない?」


そんなにいるの?


「そうなんだ。凄いね」


「そうだよね〜〜何たってオタク界に突如現れた天使様だからね〜〜みんなの注目の的だよ」


オタク界の天使って……


「それでね、今、現役アイドルの子がちょっと炎上しちゃってるんだ。ミッチーのことを『努力もしないで顔がいいだけで人気が出るなんてあり得ない』と呟いちゃってね、みんなからもう攻撃されてんだ。その子アイドルでかなり可愛い子だけど、女の嫉妬なのかな、好きだったけど幻滅しちゃったよ」


そんなことが起きてるの?

はあ〜〜何で女装しただけでそんな話が膨らむのさ。

正直、そのアイドルが言った事は正しいと思うので、炎上なんかしないでほしい。


「山川君は、いろいろ詳しいね」

「まあね。この手の話は鮮度が命だからね」


魚じゃないけどな!


その時、クラスメイトの誰かが声を上げた。


「保健委員いる?熊坂さんが具合悪そうなんだ」


熊坂さんって、いつも三つ編みおさげで眼鏡をかけた女の子だよね。俺と通ずるキャラなのでよく覚えている。


ルナはまだ来てないようだし……


「俺が保健委員です。保健室連れて行きます」


手を上げて熊坂さんのところに行く。

真っ青な顔をしていかにも具合が悪そうだ。


「大丈夫?ひとりで歩ける?」

「……平気、歩けるから」


しかし、歩き方が危なっかしい。

今にも倒れそうだ。

俺は嫌われるのを覚悟してその子をお姫様抱っこしてダッシュで保健室に運んだ。


保健室に着き、ひとまず熊坂さんをベッドに寝かせた。

「ありがと」と言われて保健の先生を職員室まで迎えに行った。


保健の先生を呼んでくると、熊坂さんは『スー、スー』と気持ちよさそうに寝ている。


「水瀬君、あとは私が見てるから教室に戻っていいわよ」


保健の先生に言われて教室に帰ると、まだホームルームは始まっていなかった。


俺は先程山川君が言ってたアイドルのことが気になった。

俺には関係のない話なのだが、そのアイドルの言ってる事は正しいと言える。

そんな正しい発言をしたアイドルが炎上していたら可哀想だ。


でも、俺にできる事は少ない。

ミッチーのアカウントでそのアイドルの子を探してフォローする。そして、そのアイドルの擁護の言葉を俺は書き込んだ。





私は熊坂美智留。ミチルという名でアイドルをしている。

普段は陰気臭い格好をしているので、学校でもクラスのみんなにもバレていない。


いつも、学校帰りに都内の事務所が借りてるスタジオでレッスンしている。

ある日、先輩でモデルの仕事を主にしてる結城千夏さんが緊急入院した。

なんでも、お金持ちのボンボンに騙されて薬を使われたらしい。

拒否反応が出て救急車で運ばれたようだ。


その集まりに実は私も誘われていた。

何でもその集まりに出れば、いろいろな仕事を紹介してくれるらしいのだ。

お仕事はほしいけど、高校に入学したばかりだったのでお断りした。

千夏先輩には悪いけど、後がなかったのかもしれない。

本人はそんな風に見せた事はなかったけど、20歳を過ぎた頃から焦っていたのを私は知ってる。

もし、誘いに乗ってたら私まで大事なものを奪われてた可能性がある。

私は運が良かったのかもしれない。


そんな事件があったので事務所の社長と担当の永福さんはピリピリしている。何故か、私にまであたりが強い。


私だってダンスや歌も必死で努力している。

オーデションだって何度も受けてるけど、落ちた回数の方が多い。


たまに少年誌に水着の写真が載ったりしたけど、私はグラビアがやりたいわけではない。アイドルがしたいの。


歌って踊って、みんなに元気を与えたい。

私が小さい頃、当時のアイドルグループに元気をもらったみたいに。


いつものレッスンを終えて電車で帰る途中、盗撮魔を捕まえている男子高校生がいた。

その男子高校生は、同じクラスの水瀬君だった。


「凄いなあ〜〜偉いなあ〜〜」って、遠目から眺めてたけど、被害に合った女の子はその駅で降りずに迷惑そうな顔をしてた。


私は、水瀬君が可哀想に思えて仕方がなかった。


今度学校で会ったらお話ししようかな、って思ってたのに、あのミッチーとかいう美少女が芸能界を始め世間を賑わしていたので、すっかりその事を忘れてしまった。


顔が良いだけで、何であそこまで人気が出るの?

きっと私の方が努力してる。

ダンスも歌も必死でレッスンに齧り付いてきたのに、なんで?


そんな思いが心に溢れ出した。

思わず、ミッチーの事を呟いてしまった。


それからが大変だった。

私の『呟いたー』のアカウントは炎上するし、事務所にも電話がガンガン鳴ってくるらしい。


私は、しばらく落ち着くまで謹慎することになってしまった。


私が悪いのはわかっている。

でも、努力しても報われない子もいるのだと知って欲しかっただけなのに。


その為、寝不足で今日は朝から体調がすぐれない。

そんな状態でいたら、隣の席の子が保健委員を呼んでくれた。


その保健委員はあの水瀬君だった。

「歩ける?」とか聞かれたけど、正直しんどい。

でも歩かなきゃ、って思ってたら何と水瀬君が私を抱え上げて、そうお姫様抱っこして保健室に運んでくれた。


やはり、水瀬君は良い人だったと改めて思った。





私はいつの間にか寝てしまったみたい。


「あら、起きた?具合はどう?」


40歳前後の優しそうな保健の先生に声をかけられた。


「ええ、大分良くなりました」


「スマホ弄って夜ふかしでもしたかな?しばらく熊坂さんのスマホの振動がおさまらなかったみたいよ」


あれ、スマホは鞄に入れて置いたはずだけど……


「鞄をね、休み時間に水瀬君が持ってきてくれたんだよ」


そうなんだ。だからか……


「後でお礼しないと、スマホは後で見てみます」


「どうする?もうお昼過ぎたところだけど、今日は帰る?」


「そうですね。体調がまだ本調子じゃないんで午後の授業をでないで帰りたいと思います」


「帰るなら担任の先生には、私から伝えておくから。それとタクシー呼ぼうか?」


「いえ、歩いて帰れますから」


そう言って水瀬君が持ってきてくれた鞄を持って学校を出た。


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