第43話 御曹司は急遽呼び出される
家に帰る途中で思いがけずに俺のサイン色紙の行方がわかったが、落札者の三郎さんは俺のラノベの師匠でもあり、そのサインに対するこだわりはとても強い。
ミッチーとしてなら手放すと知って、また女装しなければならないのかと、憂鬱になっていた。
家の近くの公園を通り過ぎようとした時、美幸さんが俺と木葉の腕を引っ張って、公園の植え込みのところに連れて行かされた。
「どうしたの?」
「シーっ、ミッチー、少し黙って!ほら、あそこ」
美幸さんが指差す方向には和樹君が遊んでた。
「和樹モテモテ」
木葉のいう通り、和樹君を取り合うように二人の女の子が両脇から挟むように寄り添っている。
「わあ〜〜和樹が将来ミッチーみたいになったらどうしよう!」
「おい!美幸さん」
「だって、ミッチーってモテるでしょう?周りに綺麗な女の人ばかりいるじゃん。誰か1人を選んで結婚したりしたら泣く女の子きっといっぱいいるよ。和樹にそんな罪作りな事させられないよ〜〜」
「大丈夫。光彦はお金たくさんあるからハーレム作れる。私は予約済み」
「おい!木葉!」
「ハーレムかあ、なら私もOKって事だよね。でも私汚れてるし……」
「美幸、光彦は、そんな細かいことは気にしない。きっと大切にしてくれる」
「木葉っち〜〜」「美幸」
えーーと、感極まって抱き合っている二人だけど俺の意思は完全無視だよ。おい!
ハーレムなんか作る気はないからな!
死ぬ未来が直ぐそこにあるのに、そんな事してる場合じゃないんだよ!
それより、和樹君を取り合ってるあの女の子は、この間この公園で真っ黒なオーラを纏ってた子だ。
そうか、あの子が和樹君とね〜〜
なんか考え深いな……
「なあ、そろそろ行かないか?俺達が見てる事を知ったら和樹君恥ずかしがるだろうし、気まづいだろう?」
「そうだよね〜〜」「わかった」
俺達は、そっと公園の茂みから抜け出すのだった。
◇
家に着くと、隣の平屋の家がなくなって綺麗な更地になっている。それに、向かいの家もリフォーム業者が来ていて足場が組まれネットで覆われていた。
当家も裏庭に工事の人が来ていて、物置とかが撤去されていた。
「工事が流行ってる?」
木葉、工事は流行らないぞ。
「裏には木崎家の家を建てるって楓さんが言ってたからその関係だと思うけど、隣の家と前の家は関係ないかな」
「え〜〜そうなの?私んち造るの?」
「美幸さん、聞いてないの?楓さんが言ってたよ」
裏庭と言ってもこの家の敷地は、この辺では十分広い方だ。
その為、買い手もつかずに長い間放置されてたみたいだけど。
「うっそ〜〜っ!なんで、なんで?」
「美幸、光彦の家に世間の常識は通用しない。諦めて受け入れれば気が楽になる」
木葉、いつ悟りを開いた?
驚いている美幸さんを放っておいて家に入ると、浩子さん(美幸さんの母親)が出迎えてくれた。
珍しく楓さんは留守のようだ。
自室に戻り、俺は愛莉姉さんに連絡を入れる。
また、女装を頼む為だが、返信のメッセージに明日会社にくるようにと書かれていた。
さて、ラノベでも読みますか。
俺はベッドに寝転んで読みかけのラノベを読み始めた。
◆
「ここがJapanですか。極東の島国にしては清潔そうではないですか?」
空港に降り立った宗教服に身を包んだ一団は周囲を物珍しそうに見渡している。
「マルセル、日本は先進国ですよ。技術大国でもあります」
「ソフィア様、そうは言ってもこんな極東に来るのは初めてですしね」
「日本はアニメや漫画が有名です。私も何冊か持ってますよ」
そう話すのは、ソフィアと呼ばれる女性をはじめこの一団を案内するように導いているスーツを着た女性だった。
「なんだ。Japanに来るのはみんな初めてか?この国は、食べ物は美味しいし、清潔だし夜女性は1人で歩いても襲われないほど治安もいい。世界各国を探してもこんな平和ボケした国は滅多に無い」
こちらもスーツを着た金髪をオールバックにした男が、そう話すがその目つきは鋭かった。
「まあ、とにかくホテルに行きましょうか?迎えが来てるはずなのですが……あ、あの方みたいですね」
修道服に身を包んだ女性が目当ての迎えを見つけたようだ。
歓迎のプラカードを掲げている。
「これは、ミルスト教司教のソフィア様、司祭のマルセル様とクラリス様。国連事務官のナディア様、そして、レイモン様ですね。私はミルスト教日本支部で司祭のアキラ ダイゼンと申します。隣にいるのが同じく司祭のトウコ マツバラです。日本における皆様のご案内役をさせて頂きます」
無事案内役に合流できた宗教服の一団は、この後ホテルに向かったのであった。
◆
とある国にある大きな地下施設の中で多くの人達が集まっていた。
『血に這う虫は空に憧れ、空飛ぶ鳥は地上の恵みを欲する。欲とは望みを叶えようとする願いであり、願いは祈りによって満たされるだろう。さあ、祈りを捧げよ。大創生主たるウズべスク様に。
個々の祈りは小さくとも、暗闇に灯明が光るが如く希望の導きとなるだろう』
壇上にて、顔を包み込む頭巾を被った者が煌びやかな衣装を身にまとい、眼下に群がる群衆に向けて話しかけていた。
『ウズべスク様、ウズべスク様、ウズべスク様……』
群衆は大創生主たる名を唱え、天に両手を合わせて祈りを捧げている。
『皆の者、今宵は新月。星の輝きが月の明かりに邪魔されることはない。光は元から光では無く、暗闇に光を欲したから光が生まれたのである。既に光り輝く太陽や月など偽りの光。その光は悪き影を作りこの世界を混沌に導いている。
宙に浮かぶ無数の星は、我らウズべスク様の元の集う者を表した姿。その無数の小さな光こそこの世界に必要なのだ。小さき光はこの世界に影を作らず悪き存在が蔓延ることはない。故に我らが求めるものは真の暗闇であり、そこから生まれる新たな光こそが尊きウズべスク様のご意志なのだ。さあ、ウズべスク様の元に我らの願いが届くように、この盃を掲げよ。新たな光となってこの世を救うのだ』
群衆は盃を手に持って白い衣装を着た者たちに液体を注がれるのを待っている。
『さあ、注がれた神の雫を飲み干して、ウズべスク様の力の一端をその身に宿すのだ』
「「「「「おおーーーーー!」」」」」
群衆は盃に注がれた神の雫を一気に飲み干して雄叫びを上げたのだった。
◇
その日の夜、俺は楓さんと一緒に都内にあるホテルに出向いた。
ここのレストランである人物と会う為に呼ばれたのだ。
「やあ、光彦君、悪かったね。ここまで来てもらって」
「嘉信叔父さん、大丈夫ですよ。まだ学生の身分なので時間は融通が効きますから」
そう、相手は桜宮嘉信、俺の亡き父の弟であり、美鈴ちゃんの父親でもある。
「まあ、そこにかけて、楓さんも光彦君の隣にね。今日は、美鈴を助けてくれたお礼をさせてほしいんだ」
「ええ、では遠慮なく」
テーブルに着くと、嘉信叔父さんと一緒にいる紳士を紹介された。
ひとりは三条家の当主 三条幸昌。何度もあった事がある人でこの間の誕生日パーティーにも来てくれた人だ。この国の与党である大物政治家であり、次期総裁候補とも言われている。また、同時に美鈴ちゃんの親友の三条智恵さんの父親でもある。
そして、もうひとりの方なのだが、顔は知ってるが面等向かって会うのは初めてである。
「初めてまして、光彦様。私は近藤剛志と言います。この度は、うちのバカ息子と娘がご迷惑をおかけしました。許して頂けるとは思っていませんがどうしても謝罪だけはさせてもらいたく、桜宮さんを頼らせてもらいました」
頭を下げる近藤剛志という人物はとても誠実そうな人だ。前の学校で何度か話したことのある近藤君だって成績も良いし品行方正な感じだったけど。
「こちらこそ、初めまして。貴城院光彦です。近藤君とは前の学園で一緒でした。彼とは何度かお話しした事もあります。今回の件は自分の弱さもあったのでしょうが、本来は真面目な方だと存じております。ですので、謝罪をお受けしますので頭をお上げ下さい」
すると、さらにテーブルに額を擦り付けるほど頭を下げた。
そして、どこかホッとしたような面持ちでその顔を上げた。
「ありがとうございます。光彦様にそのように息子の事をおっしゃって下さってとても光栄です」
少し涙ぐむその眼に嘘はないようだ。
「ほら、言っただろう?光彦君は優しいから謝罪を受けてくれるって」
「桜宮さん、ありがとう。これで、思い残す事はない」
近藤剛志は、どこか諦めのついた顔をしている。
「光彦君、実はね。近藤君の会社が少しマズい状態なんだ。このままでは、戦後類をみない大型倒産に発展する可能性がある。そんな事になれば、日本の経済はガタガタになる。それで、桜宮家としては、近藤君とは旧知の仲でもあるし資金援助をしようと思っているんだ。だが、桜宮コンツェルンだけの資金では、どうも無理そうなんだ。それで、光彦君にも一枚噛んでもらおうと思ってね」
「俺にですか?お祖父さんではなくて?」
「ああ、父さんには話したのだけど、光彦に任せると言われてしまったよ。次期当主として期待してるんだね〜〜」
あの祖父さん、面倒ごとを俺に投げたな。
「光彦様、私としてはこれ以上迷惑をおかけするわけにはいきません。覚悟はできていますので……」
さっきの諦めのムードの顔つきは、そういうわけだったのか……
近藤商事は大きな会社だ。
社員も数万人はいるだろう。
さて、どうするか?
嘉信叔父さんに、面倒ごとを振ったはずがブーメランの如く戻ってきてしまった。
俺は楓さんの顔を見る。
俺の個人的な資産は楓さんに任せてある。
だが、今回の件は数億の問題ではなさそうだ。
最悪は貴城院家グループの資金を流用しなければならない。
楓さんは、首を縦に振ったがそう簡単に決めて良い問題とも思えない。
「叔父さん、どのくらい必要ですか?」
「そうだね〜〜株価は下がっているから2本ぐらいかな?」
20億円か……
「そうすると、近藤グループは貴城院グループの閣下に入るという事になると思いますけど、近藤さんはその点についてどうお考えですか?」
人に歴史があるように企業にも歴史がある。
培ってきた商魂や技術は何よりも代え難い事だ。
「正直言わせて頂ければ、近藤商事は誰かの傘下の入らず経営をしていきたかったです。しかし、弱みをつけ込まれ既にネットライジング社に会社の株38パーセントも持たれてしまいました。既に独自の経営とは言えずネットライジング社に実権を握られそうになっておりました。何も経営の知らない大学出たばかりの若い者が取締役に何人か配属され、会社の雰囲気は最低なものになっています。
今更、誰かの傘下に入らずに経営を行うなんて言えた義理ではありません。もし、貴城院グループの閣下に入れるのなら、こんな喜ばしい事はございません」
うん、この人は正直者なんだろうな。
誰かの傘下には入りたくはないと最初に言っていた。
「近藤さん、貴城院家が資金を出すにあたってひとつ条件があります。近藤さんは、今後の身の振り方をどのようにお考えですか?」
「私は今回の件、というより、ネットライジング社に株を握られてしまった時点で退任する予定でした。ですが、周囲の反対もあり無様な姿を晒しながらも社長職についておりました。ですが、流石に今回の件は他の株主も許してはくれないでしょう。早々に退任しようと思います」
「それでは資金は出せませんね」
「…………」
「私は近藤さん、貴方に資金をお出ししようと考えています。資金を出したのは良いが、肝心の貴方が会社に残っていなければ出した意味がありません。その場合は直ぐに回収させてもらいます。
俺は近藤商事がどのような会社なのか知りません。会社の雰囲気やその会社で働く人がどのような考えを持って仕事をこなしているのか全く理解できてません。よくわからないものにお金を出すほど俺はお人好しではないのですよ。
俺がお金を出すのは近藤さんの人柄に素直に好感が持てたからです。ですので、近藤さんにこのまま近藤商事を続けてほしい。それが資金を提供する条件です」
「えっ‥…そんな、勿体無いお言葉を私なんかのために……ううっ…」
近藤さんは、そのまま泣き崩れてしまった。
嘉信叔父さんはニコニコしてるし、隣の三条さんもニタニタ笑っている。
ふと横にいる楓さんを見ると眼を輝かせて俺を見つめていた。
もう、みんな何なの?
俺はテーブルに置いてあった水を一気に飲み干した。
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