第42話 御曹司は決意する


「全く埼玉県警ってのはどうなってんだあ?」


お昼時、県庁所在地のある都市の少し路地に入ったところにある定食屋でサバの味噌煮定食を食べている砂川刑事は、本来は警視庁刑事課の所属なのだが、応援という名目で埼玉県警に来ている。


「ノロウイルスで全滅したと思ったら、昨夜はいきなりある所轄が雷が落ちてガスに引火し爆発して瓦礫の山になるなんておかし過ぎるだろう」


と、一人でぼやきながら付け足しのひじきの煮物を口に含んだ。


「あ、これ美味いわ。今度キララを連れてきてやるか」


いつも一緒に行動している岡泉刑事は、「砂川さん、ちょっと大事な野暮用ができましたあ」と言って車でどこかに行ってしまった。


おかげで車が使えず、今日は爆発した所轄の資料整理の仕事をしている。


「普通なら資料とか一緒に燃えちまうとこだが、なぜか爆発した所轄に保存されていた資料やパソコンが近くにある大型のトランクの中に入れられていたそうだ。その件を署長に聞くと怯えながら「署内の大掃除をする為」と、腑に落ちない返事が帰ってきたそうだ。


「まあ、埼玉だしなあ〜〜そういうこともあるかも知れねえな」


常識で考えてもそんなことがあるはずないのだが、砂川は埼玉県をそのように見ていたのだった。


「なあ、おばちゃん、このひじきの煮物おかわりもらえねえか?」


「構いませんよ。お口にあったのかい?」


「ああ、今まで食べたどのひじきよりうめえや」


「ははは、そりゃあ嬉しいねえ。すぐ用意するからね〜」


割烹着を着たおばちゃんが嬉しそうに厨房に入って行った。


「この店、なかなかいいねえ。埼玉も捨てたもんじゃねえな」


砂川刑事は、沢庵を齧りながらそう思った。





「わあ〜〜これ美味しい」


駅前にあるお洒落なイタリアレストランで、ランチを楽しんでいるのは岡泉刑事。


彼女は男子高校生が落とした生徒手帳を学校に届け少し周辺を車でドライブしてお昼にこのレストランでランチを楽しんでいた。


「シーザーサラダにイワシのマリネ。子羊の骨つきローストと生ウニのパスタ。これで3000円は安いと思う。車の運転があるからワインは飲めないけど、この店はあたりね」


そんなことを思いながら、パスタをフォークでくるくるして口に運んだ。


「それにしても水瀬君、謙虚だったわね〜〜少し陰気臭い格好してるけど、見た目を整えたらかなりのイケメンになると思う」


あ、また『ズキュン』って胸がなったわ。

あ〜〜どうにかして誘えないかな?

名刺渡したけど、彼奥手そうだしまず連絡は来ないわよね〜〜


いっそ、家にでも押しかけようかしら。

でも、親御さんとかいるだろうし、訪ねた理由を説明できないなあ。


「はあ〜〜天使様からの連絡も来ないし、水瀬君も期待薄いし……でも、諦めたらここで終わるのよ。相手が来ないならこちらから積極的に行かなくちゃ良い縁なんて訪れないわ」


心の中で気合を入れる岡泉刑事であった。





埼玉県にある繁華街の雑居ビルの一室で椅子に座った厳つい顔をした男が折り畳み携帯電話で話していた。


電話が終わると、机の上に置いてあるインターホンで誰かを呼び出した。


「お頭、何かようですか?」


「ジン、今ここにいる若いものは何人いる?」


「タケシとカケル、それと、ジュンとキヨシの4人です」


「実はな、リャンさんから連絡があって、かなりいいブツが入りそうなんだ」


「麻薬ですか?今は取り締まりがキツくて上手く捌けるかどうか」


「いや、そのブツじゃないらしい。新しいヤツだそうだ。それでな、格安で譲るから若い奴に試して欲しいって言ってきやがった」


「タケシとカケルはダメですよ。良いシノギをしてますから。試すならジュンとキヨシかと」


「ジュンとキヨシか。まあ、仕方ねえか。このブツはハイになって腕の力も数倍上がるらしい。取り立ての時にでも使えば、普段使えねえアイツらも色をつけて運んでくるかも知れねえな」


「お頭、ハイになるってのはわかりますが、腕の力が数倍になるってのはちょっと危険じゃないですか?」


「確かの使い所が難しそうだが、俺達の仕事にはうってつけだろう?それとも、東京モンのヤクザのように真っ当なビジネスやったりネットでユアチューバーになったりして稼ぐのか?そんなのもうヤクザじゃねえだろう?俺達みたいなもんは、腕の力一本でのし上がるのがスジってもんじゃねえのか?」


「ヘイ、その通りです。さすがお頭だ」


「そういうわけで、今夜リャンさんと取引することになった。予定をあけといてくれ」


「わかりやした」


ジンと呼ばれる男との話を終えてお頭と呼ばれる男は、金庫から札束と拳銃を取り出したのだった。





放課後、俺は木葉と美幸さんと一緒に下校している。

涼華は、剣道部から是非練習に来てと言われて部活に顔を出しているようだ。


すると、駅近くで見知った人物を見かけた。


「なあ、木葉。あれ、三郎さんじゃないか?」


「うん、サブ」


お洒落な格好をしてるが、どこか垢抜けない源ジイの弟子の三郎さんが珍しくこの時間にいた。


「三郎さん、こんなところで何してるんですか?」


「あれ、木葉嬢と美幸嬢じゃないですか?そこの男性はもしかしてお嬢達の彼氏ですか?」


「三郎さん、俺ですよ。光彦です。今、声かけたでしょう?」


そういえば三郎さんには、水瀬スタイルを見せたことはなかったな……


「はあ?もしかして坊ちゃんですか?見事な陰キャっぶりですね〜」


さすが、三郎さん。見事に俺が言われてみたい『陰キャ』という言葉を投げかけてくれた。


「それで今日は仕事じゃないんですか?」


「実はですね〜ちょっとネット関係で詐欺まがいなことに巻き込まれたみたいなんすよ。それで、警察から連絡あってさっき署まで行ってきたんですが、なんか忙しいらしくて今日は手続きできないから明日また来てくれって言われたんすよ。酷くないですか?」


「何か事件でもあったのかな?」


「それがですね。隣の市の所轄がガス爆発して無くなっちまったそうなんです。急遽、ここの署の警察官が業務を引き継いだみたいで、署内はてんてこまいでしたよ」


……うん、それ俺のせいだね。


「そうなんだ。せっかく行ったのに残念だったね〜」


「まあ、俺っちはどうでも良いんですけど相手がいるんで、この先どうなるかわからないのは少し不安ですね」


すると木葉が、


「サブがサボっていたとジイジに伝えておく」


「お嬢、それはないですよ。親方に怒鳴られます。それに、明日も抜け出して行かなきゃ行けないんですよ。勘弁して下さいください」


「アイスで許す」


「もう、お嬢には敵いませんね〜、安いやつで良いなら」


「ダメ、至高のアイス480円のやつ」


「それ、コンビニで高級品のやつじゃないですか、勘弁してくださいよ」


「それで、三郎っちは、何の詐欺にあったん?」


美幸さんが問いかけた。


「それがですね、ネットオークションで落札した商品が盗品だったらしく、運営と警察から連絡きたんですわ」


ネットオークションって盗品の出品、多すぎじゃねえ?

俺も別の意味で被害にあってるし……


「そうなんだあ、で、何買ったん?もしかしてエッチ系?」


「ちっ、ちっ。美幸嬢、そんなちゃちな物じゃないですって。何せ186600円もしたんですから」


「サブは1ヶ月分の給料をドブに捨てた。ジイジに報告する」


「まったーー!お嬢、勘弁して下さい。至高のアイス奢りますんで」


「契約成立」


その値段、聞き覚えがある……でも、まさかね?


「給料1ヶ月分で買った商品ってなんなのさあ?」


「美幸嬢、男には買わなきゃならない物もあるんです。きっと坊ちゃんならわかってくれます」


「確かにわかるけど、まさかサイン色紙とかじゃないよね?」


俺がそう言うと三郎さんの顔つきが変わった。


「ギクッ……坊ちゃん、もしかしてエスパーすか?」


「えっ、マジなの?もしかして『ニート転生』の作者さんのサイン?」


「ギク、ギク……坊ちゃん、何で知ってるんですか?俺の部屋に監視カメラでもつけてます?」


まさか、三郎さんが落札者なの?


「三郎さん、それ譲って!値段は言い値でいいから」


「ちっ、ちっ、ちっ。たとえ坊ちゃんでもこれは譲れません。値段じゃないんですよ。坊ちゃんならわかるでしょう?」


わかる‥…わかるのだが、それはもともとは俺のだあああ、と叫びたい。


「それに、運営と警察から言われてるんですよ。盗難にあった被害者から返還請求が来るかも知れないって、ですのでそれまでは大切に保管しておきます」


う〜〜真実を話して取り返したい。

だが……


「それと、被害者なんすっけど、今話題の美少女ミッチーらしいんです。これって、もうプレミア物もですよ。ですんでミッチーから直接返還請求がくればお会いしてからお渡しする予定なんす」


そうか、ミッチーなら……え〜〜、また女装しなくちゃいけないのかよ!

勘弁してほしい。

でも、そうしないと三郎さんは絶対あのサイン色紙を手放さない。

俺のラノベの師匠なら当然だ。


はは、やるしかないか……


俺は今度の女装で最後にしようと心に誓っていた。

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