第98話 御曹司はお見合いをする
祖父さんの知人に日本からのお土産を渡す為に訪れたレストランで、個室に入るなりいきなり顔にチーズを投げつけられた。
そんな暴挙を犯した犯人は、昨夜保護したエレオノーラだった。
そこそこ広い個室に世界一臭いと言われるチーズ、ビュー・ブローニュの匂いと包装紙に包まれているくさやの干物の匂いが漏れだして、何とも言えない匂いが立ち込めている。
テーブルを挟んで、祖父の知人のワキッガ氏とお洒落な服を着たエレオノーラが並んで座っている。
『おーーこれがムネサダの言ってたクサヤノヒモノか!うーーむ、食欲を誘う何とも言えぬ芳しい匂いじゃな、ワハハハ』
エレオノーラの祖父であるドメニコ・ワキッガ氏は、こういう独特な匂いがある物がお好きらしい。
それにしたって、昨夜エレオノーラが言っていたお見合いの相手と言うのは、どうやら俺のことらしい。
全く、あのクソ祖父!何勝手に決めてんの?
さっきからエレオノーラが白いハンカチで鼻を押さえながら凄い形相で俺を睨んでいる。
『ミツヒコだったな。どうだ、孫のエレオノーラは可愛いだろう?』
確かに可愛いが、般若のような顔をして睨んでなければの話だが……
『ええ、とても愛らしいお方ですね』
昨夜会っているのだが、昨日は「陰キャ」の水瀬スタイルだったのでエレオノーラは、今の俺とは別人だと思っているようだ。
そんな事より部屋が臭い。
と言うか、顔が臭い……
『お待たせしました。こちら南国フルーツの盛り合わせで御座います』
部屋にウェイトレスさんがワゴンを押して大きな器に盛り付けられた異臭を放つ物体を持ってきた。
『お〜〜待っておったぞ。これだ、これ、これ。何と芳醇な香りなんだ!』
まさか、既に臭い部屋にさらに追い討ちをかけると言うのか!
ウェイトレスさんが持ってきたのは、世界一臭いフルーツ、ドリアンだった。
ここは地獄か?
早く外に出て新鮮な空気を吸いたい。
『ほら、ミツヒコ、遠慮しないで食べなさい』
ドメニコ氏が勧めるが身体が匂いを拒否して動かない。
『ここはレディーファーストと言うことでエレオノーラさんからどうぞ』
『は!?……私の知るところによればJapanの女性は男性をたてると聞いています。遠慮なさらずお先にお食べ下さい』
テーブルを挟んで俺とエレオノーラとの静かな戦いが始まった。
ハンカチで鼻を押さえているということは、この匂いを臭いと感じていることだ。
俺は既にさっきの臭いチーズが顔に当たって顔が臭いし、これ以上の臭さは耐えられない。
『エレオノーラさん、そんなお気遣いはいらないです。遠慮しないでどうぞお召し上がり下さい』
『いいえ、あなたこそ先にどうぞ』
相手が幼い女の子だとしても手は抜かない。
既に俺は限界なのだから……
『いいえ、お先に』『あなたこそお先に』
ドリアンで溢れている大皿がテーブルの上を行ったり来たりしている。
お互いの目は真剣だ。
『お待たせしました。こちらがご注文のものです』
ウェイトレスが鼻を押さえながら新たな食べ物を運んできた。
俺達の前には、それぞれ皿にぽつんっと乗ってる缶詰が置かれていた。
ま、まさか……
『おーーこれだ、これ。待ってたぞ』
嬉しそうにワキッガ氏は、その缶詰に手をかけた。
マズい、このままでは……
『プシュー!』と、液が溢れるような音を立てて缶詰を嬉しそうに開けるワッキガ氏。
これは、世界一臭いと言われているシュールストレミングではないか!
個室に臭いというより激臭が立ち込めた。
もう無理……
『す、すみません!』
そう言って、席を立ち部屋を飛び出たのだった。
◇
ホテル内を走り抜け、目の前にあるルマン湖の散策道出た。
近場にあったベンチに座って深呼吸をし、新鮮な空気を吸い込む。
「ふわ〜〜生きかえる」
『ふわ〜〜生きかえるわ〜〜』
そう言って隣りの席に腰掛けるエレオノーラ。どうやら、彼女も耐えきれずに逃げ出して来たようだ。
『アレは殺人級に強烈な匂いだったな?』
『本当、死ぬかと思ったわ』
『エレオノーラは、ある程度耐性があるんじゃないか?あのお爺さんの孫だし』
『若い女の子があんな匂いを好きなわけないでしょ!』
怒られてしまった……
『しかし、参ったよ。うちのクソ祖父のせいでエレオノーラにも迷惑をかけたみたいだ。謝罪するよ』
『それを言うならうちのグランパのせいでもあるし、謝罪はいらないわ』
まだ、10歳なのにしっかりしてらっしゃる……
『そう言えばあなた、名前はなんて言うの?』
『ミツヒコ キジョウインだよ。それに昨夜会っただろう?もう忘れたのか?』
『はい!?あなたとは初対面のはずよ』
『昨夜、俺の部屋に逃げて来ただろう?あの時はメガネをかけてウィッグをつけてたから気付かないのも無理な話だが』
『えっ、あの時のダサいお兄さんなの?』
ダサいと思われてたのか?
『ああ、だからエレオノーラの事情も知ってるよ。それと言い訳させてもらえば、俺は何も知らなかったんだ。今日だって日本からのお土産をワキッガ氏に渡すように言われてあのレストランに行っただけなんだ』
『そうだったの……わかった、信じてあげる』
どうにか、落ち着いてエレオノーラと話す事ができた。
『それにしても、エレオノーラのお祖父さんは個性的な人だな』
『そうね、あの味覚だけは共感できないけど普段は優しいグランパよ。それと、私のことはノーラと呼んでくれればいいから』
『そう、じゃあノーラ。俺のことはミツヒコでいいからな』
『わかったわ。でも日本の名前は難しいわ。ミツ兄て呼ばせてもらうわ』
俺達はベンチでしばらく話をした。
ノーラも個性的な祖父さんに振り回されていたようだ。
『良かったら少し散歩するか?せっかく来たんだし』
『そうね、ミツ兄にエスコートしてもらおうかしら』
ルマン湖に沿うように散策道が延びている。
俺とノーラは、その散策道をゆっくりと歩き周りの風景を楽しむ。
すると、ルマン湖を周遊すること船着き場に出た。その近くの露店で何かを売っている。
『あそこで何か買おうか?』
レストランにいた俺もノーラも昼食を食べていない。
何せ、出された料理が臭いものばかりだったからだ。
『へ〜〜チーズクレープって初めて食べるわ』
露店で売っていたのはチーズクレープ。
ふたつ注文して、ひとをノーラに渡す。
『こっちのチーズって濃厚な味だね。香りも強いし』
『あら、チーズってこんなものよ。日本は違うの?』
『そういう本場のチーズもあるけど、ほとんど日本人の味覚に合わせた加工がされてるよ。匂いも味も割とあっさりしてる』
企業側の販売努力の賜物だ。
それにしても、ノーラと一緒にいるところを誰かに見られたら何を言われるか……
昨夜だって、駒場先輩や美鈴ちゃん達に誤解されたばかりだし……
『あら、ミツ兄、ほっぺにチーズが付いてますよ』
そう言いながらノーラは、俺のほっぺに手を伸ばして取ろうとした。
その時、
「こちらから船に乗れます。参加希望の方は、私の後に付いてきて下さい」
観光案内をする添乗員さんの声が聞こえた。しかも、日本語だ。
もしかして……
恐る恐る声をする方を見てみると神崎美冬さんが、小さな旗を持って案内している。その後方には、見慣れた人達がたくさんいたのだった。
マズい!
俺は慌てて、みんなから背を向けてノーラと向かい合う。
奇しくもノーラも団体さんが気になったの乗り出すようにしていた為に、ノーラの顔が目の前にあった。
お互い、突然のことで声も出せずただ見つめ合う。
それは端から見れば恋人同士がキスする寸前の動作だ。
「光彦、何してる?」
そんな時、背後から声をかけられた。
その声に反応して俺は慌ててノーラから距離をとった。
「あ、その〜〜何でもないぞ。木葉」
声の主は木葉だ。
物音をたてずに近寄って来たその動作は、まるでルナのようだ。
「そう?私にはその女の子とキスするように見えたけど?」
「ち、違うんだ。たまたまノーラの顔が近くにあっただけで、ふ、深い意味はないんだ」
「ふ〜〜ん、その子ノーラちゃんって言うんだあ」
いつもならあっさり受け入れる木葉の追求が厳しい。
「ノーラは祖父さんの知り合いなんだ。この事はみんなには内緒にしてくれ」
こんな事がバレたらみんなに何て言われるか……
「それは無理、だって……」
あ〜〜確かに無理なようだ。
木葉と話してる間に、俺はみんなに囲まれていたのだった。
何でこうなる?
運命の女神は、更なる試練をお望みらしい。
白い鬼と呼ばれた少年〜世界有数の財閥の御曹司 ネット小説にハマって陰キャに憧れる〜 涼月風 @suzutsukikaze
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