第18話 御曹司の狼狽
その日の夜、源ジイがくれた盆栽を眺めて心を癒してからベッドに入ると突然ルナが目の前に現れた。
「主人、もうおやすみですか?」
悪戯する子供のように、ルナの顔はにやけていた。
「どうかしたの?」
「主人は、無反応ですか、そうですか……」
落ち込んだ素振りをするルナは、少しお酒くさかった。
「ルナ、飲んでるの?お酒は20才になってからだぞ」
「違いますよ。今日は忍びの会合があったんですよ。それで、クソ親父が霧峰の者と喧嘩しまして、いつものことなんでみんな止めないんですよ。仕方なしに私が一応仲裁に入ったのですが、それをあのクソ親父は仲裁してる私にいきなり日本酒の瓶ごと口に突っ込んだんですよ!呆れてものが言えません」
師匠ならやりかねん……
「まあ、そのご苦労さま」
「うわ〜〜主人だけですよ。私の苦労をわかってくれるのは〜〜」
もう、抱きつくなって……
「ルナ、餅つけ」
「何ですか、その餅って」
「あ、間違えた、落ち着けだ」
言い間違いってあるよね〜〜動揺してる時とか……
まあ、何が餅みたいな感触だったってことで。
「主人、もっと餅を触ってもいいんですよ。横になれば鏡餅になりますよ〜〜」
バレてたか、確信犯め……
「うん、それは魅力的な提案だが、ルナはただ酔っ払ってここに来たわけじゃないんだろう?」
「ちっ!……さすが主人です」
今、舌打ちしたよね?
「今日の会合で蛇の件を話し合っていたのですが、どうやら私達の監視を潜り抜けてある人物を始末したようなんです」
「被害にあった人は、もうダメなのか?」
「ええ、バラバラにされてたそうです」
そういえばスマホのニュースで見た気がする。
「その人物の特定はされたのか?」
「はい、樫村倫太郎です」
「樫村財閥の関係者か?」
「ええ、次期当主候補でした」
樫村家とは、戦後闇市でGHQの払い下げ品を売って儲けた金で、不動産業で成り上がった新家の者だ。
「財閥のトップか後継者を狙う蛇って組織は何が狙いなんだ?」
「それは分かりませんが、死体の血が抜かれていたそうです。目的は血なのでは?と、言うのが今日の会合の意見です」
「血か……。蛇のその後の足取りは?」
「すみません、つかめてません」
「ホテルにいたら捕まえてくれと言っているようだし、姿を眩ませるのが当たり前か」
「それで、今日の会合で主人の警護が重要視され、あのクソ親父と霧峰の者がその警護をどちらがやるかで揉めまして〜〜一先ず霧峰の者がひとりこちらに派遣されるそうです」
「そんなことで揉めてたの?全部俺のせいじゃん」
「主人のせいではありません。これは時を遡れば関ヶ原の頃から菅原と霧峰は揉めてましたからね〜〜」
まあ、先祖の因縁ってなかなか消えないよね。
「そうか、わかったよ。ルナも疲れただろう、早く休んだほう……」
『グビ〜〜〜スピ〜〜〜グビ〜〜〜スピ〜〜〜』
まさか、寝たの!?
「おい、ルナ?」
酔ってるせいかうんともすんとも言わない。
マジか……まあ、いいか。ルナだし、このままで。
俺も気にしないでルナと同じベッドで寝ることにした。
「やっぱ無理。酒臭い!」
◇◇◇
翌朝、自室のソファーで起きた俺は、体のあちこちが痛かった。
ベッドを見るとルルは布団に包まって気持ち良さそうに寝ている。
まあ、修行中は山とかでルナと一緒に寝てたから違和感はないのだが、何故か胸騒ぎがする。
「トントン、光彦様、朝ですよ。起きてらっしゃいますか?」
マズい……楓さんにこんなところを見つかったら、殺される……
何故か、楓さんは俺の女性関係に関してとても厳しい。
特に18禁の行為に関しては、『手が滑りました』と言って包丁が顔めがけて飛んでくる始末だ。
「ルナ、起きろ!起きないとマズい!」
『グビ〜〜ス〜〜〜、餅は伸びるんですよ〜〜グビ〜〜』
どんな夢見てんの?
「光彦様、入りますよ」『ガチャ』
ドアが開くと同時に、俺は布団に潜り込んだ。
ヤバい、普通に起きてたほうがまだマシだった。
これは俺の選択ミスだ。
ルナの酒臭い匂いと女性の匂いが充満する布団の中は、判断力を鈍らせる。
「あらあら、今日の光彦様はお寝坊ですね〜〜」
楓さんがベッドに近づいてくる。
これでは言い訳しても『死』あるのみ。
俺の纏ってたオーラの死因は楓さんによるものだったのかもしれない。
ベッドの脇に楓さんが立つ音がした。
そして……
「あら、お酒の匂いがするわ。それに……」
俺は布団から顔だけ出して、爽やかに言った。
「あれ、楓さん、おはよ〜〜う。今日も楓さんは綺麗だね。良い一日が迎えられそうだ」
「まあ、光彦様ったら、突然褒められたら私どうして良いか〜〜」
クネクネしてる楓さんに向かってさらに爽やかに話しかける。
「今日は楓さんが入れてくれた美味しいコーヒーを飲みたいなぁ〜〜」
「お紅茶でなくてよろしいのですか?では、光彦様の為に美味しいコーヒーをお入れしますね」
そう言って楓さんは、部屋を出て行こうとした時に『ルナにも入れておきますからネ』と言い残して去って行った。
怖え〜〜〜!!!
その後、下に降りて事情を話して楓さんが入れてくれたコーヒーを飲んだが、とても濃くてとても苦かった。
◆
警視庁のエリート刑事である砂川朔太郎は、バラバラ殺人事件のあった港区にある倉庫を訪れていた。
外にはマスコミがウロウロしており、倉庫の周囲は、立ち入り規制されていて関係者以外は入れない。
「砂川さん、鑑識の結果を待ってから来ても良かったのではないですか?」
話しかけたのは、今年刑事になったばかりの岡泉綺羅楽。キラキラネームを気にしてる新米女性刑事だ。
「なあ、キララ。この山、何か臭わねえか?」
「キララはやめて下さい。岡泉です!」
「キララはキララだろう。それよりもだ、この事件はおかしい」
「だから、おかしいので岡泉と呼んで下さい。それとキララを連発しないで下さい。殺しますよ」
『ボカッ』「痛ッ!」
「刑事が名前ぐれーで、殺すなんて物騒なこと言うな」
「痛いじゃないですか、横暴です。パワハラです」
鑑識が一通り調べ終わった現場は、特に何もない。
だが、長年の勘で砂川刑事は違和感を覚えた。
「なあ、キララ。お前がガイシャをバラバラにするにはどうする?」
「勿論、ナイフとかで切りますよ。それと岡泉ですからね!」
岡泉新米刑事は、名前を訂正する。
これだけは誰が何を言おうと譲れないようだ。
「まあ、なんだ。人間の骨ってのは、結構硬いんだ。ナイフなんかでちまちま切ってたらいくら時間があっても足りねえよ。それに人間の血ってのは結構飛び散るものだ。ほら、壁にも跡がついてるだろう?」
その血痕の飛び散った壁を見て砂川はある人物像を思い描いていた。
「なあ、子供にこの殺しができるかな?」
砂川刑事を見つめながら岡泉新米刑事は「さあ〜〜?」と、緊張感のない言葉を呟いた。
◆
『だから、俺はこの殺しに反対だったんだよ』
ホテルを抜け出したスキンヘッドの男は、無邪気に笑顔でカレーパンを頬張るゴスロリ少女に文句を言う。
『だって、殺したかったんだもの』
『だがなあ〜〜ホテルはもう泊まれないぞ。周りの蝿がうるさいからな』
『わかってる。この家もなかなかいい具合だよ』
都下にある住宅街の一軒家に、スキンヘッドの男と少女は居場所を変えた。
そこに住んでいた住人は、既に亡くなっている。
『もう少し計画性を持てよ。ボスからの命令だからっていって先走るな』
『それを言うならボスが悪い。突然ホテルに来て命令したのはボス』
スキンヘッドの男と少女にとって、港区で男を殺害した件は計画外のことだった。
光彦殺害の計画をじっくり練っていたスキンヘッドの男は、計画を見直さなければならなくなる。組織からは対象が見つかった事で数人の派遣があるようだ。
『全く、ボスもボスだぜ。血が欲しいのなら自分で殺ればいいのによ〜』
『ボスは、自分の手は汚さない。必要なのは血だけ。それと、このことはボスに報告しておくよ』
『わかったよ。もう、悪口は言わねえからボスには内緒だぞ。あの人に勝てる気がしねえしよ』
『なら、早く殺しに行こう』
『この家のやつ、殺したばっかだろう。どれだけ殺しが好きなんだよ』
『大好き、殺すの大好き』
その少女の笑顔を見たスキンヘッドの男は、呆れたように磨き上がった頭をポリポリと掻くのであった。
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