第51話 子猫騒動
楓さんと一緒に自宅に戻ると、何だか家の中が騒がしい。
「ただいま〜〜」
そう声をかけても誰も玄関に出てこない。
どうやら聞こえていないようだ。
楓さんは車をガレージに入れて裏口から、家に入っているはず。
俺も、靴を脱いで取り敢えず洗面所に向かう。
女性が多い家なのでいきなりは扉を開けない。
声をかけても誰も使ってなさそうなので扉を開けると、ちょうどシャワーを浴びて出てきた涼華とバッタリ会ってしまった。
「本日はお日柄もよく、気持ちの良い一日でしたね」
焦って咄嗟に出てきた言葉は、定型の挨拶文だった。
「キャッーー!!エッチ、すけべ、スケコマシ〜〜」
当然、涼華はシャワー後なので何も着てない。
ということは、いろいろ見てはいけないものが見えてるわけで……
涼華は、近くにある洗剤やらシャンプーの買い置きなど手に取って投げつけてきた。
俺は慌てて「ごめん!」と言って扉を閉め「俺、確認もしたし、声もかけたし、悪くないよね?」と、できる限りの自己弁護をして精神を保ちつつリビングに行くのだった。
「ミッチー、帰ってたんだ。どったの?焦った顔して」
美幸に声をかけられる。
さっきのことがあり、少し気不味い。
「手を洗おうとしたら、涼華がいてね……」
正直にそう話すと「ああ、なるへそ。見ちゃったんだ。テンプレだよね」とか言ってる。
そうならないように注意してたはずなのだが、ラブコメ神とは身勝手なものだ。
「そうみたいだ。でも、何でこの時間に?いつももっと遅いよね?」
「うん、清少ニャゴンちゃんにオシッコ引っかけられてたし、そしたらシャワーじゃん」
「えっ、何だって?」
「オシッコだし」
「違う、そこじゃなくて清少納言って言わなかった?」
「ああ、それ子猫ちゃんの名前だし、清少ニャゴンちゃん、どうよ、かわいいしょ」
それ変じゃね?
すると、『スーっ』と木葉が寄ってきた。
「光彦、それは美幸が勝手に言ってるだけ。子猫の名前はコケミに決定した」
コケミって、どれだけだよ!と言いたい。
それを聞きつけた和樹君まで、
「木葉姉ちゃん、違うよ。子猫はミルルンだって言ったでしょう」
うん、和樹君らしいけどあの子猫メスなんだあ〜〜
拾った本人が知らないのにみんなが知ってるのは、何だか先起こされたようで少し嫉妬心が湧き起こる。
「何を騒いでおる。可哀想にタマが怯えておるではないか」
マジ、桜子婆さんまで、どうなちゃってるんだ?
要するにみんなが好き勝手に名前をつけて呼んでるってことね。
「皆さん、お茶が入りましたよ。カトリーヌちゃんにもミルクあげますからねえ〜〜」
マジ、浩子さんまで……
「拙者がニャン丸の世話をするのだ。ニンニン」
ルナお前もか!
この家では、今、子猫の『名づけの乱』が起こっているようだ。
これは早く解決しないと家の中がギクシャクしてしまう。
「みなさん、騒がしようですけど何かありましたか?」
そうだ!こういう時に頼りになるのが楓さんだ。
「ほら、ミッちゃんおいで〜〜、みんなうるさいでちゅね〜〜」
楓さんは、ソファーの影に隠れてしまった子猫を赤ちゃん言葉を使って呼んでいる。
もう、これ無理じゃね?収拾つかないわ〜〜
そこへ、顔を赤くして入ってきた涼華は、俺のことをキリリと睨み何か言いたそうだ。
「光彦君!」
「……何でしょうか?」
「何か言うことはないの?」
そんなことを言われて思いだすのは……
「ウニ丼食べたいなあ……」
あっ、つい昼間の会食で出たウニを思い出してしまった。
「何でウニ丼が出てくるのよ〜〜」
「いや、すまん。昼間にウニ食べて美味しかったからつい」
涼華の顔は真っ赤だ。
それが怒りなのか、恥ずかしがっているのかオーラからは読み取れない。
「言いたいことはそれだけ……」
これはマズイ……
「あの〜ごめんなさい。でも、言い訳させてもらうとちゃんと入る前に声をかけたんだぞ」
「ニャニャ美におしっこ引っかけられたからシャワー浴びてたの。音で気づかなくても当たり前でしょう!」
「何だって?」
「だから、おしっこ……」
「違う、ニャニャ美とかなんとか聞こえたんだけど?」
「それは子猫の名前よ。可愛いでしょう」
何かこのくだり、さっきやったばかりなのだが……
「何でみんな勝手に名前付けてんの?みんなが別々に呼んでたら子猫が可哀想だよ」
「「「「「「「「…………」」」」」」」」
「じゃあ、光彦君は名前考えたの?」
涼華にそう言われて思い出すのは……
「イクラ丼も食べたいな……」
「「「「「「「「イクラ!」」」」」」」」
というわけで、何故だか子猫の名前は『イクラ』に決まったみたいだ。
◇
夕食を食べ終わった後、木葉を家に送って行く。
今日は泊まるものだと思ったが、土日本宅に一緒に行くので今日は帰るらしい。
木葉の家はうちから歩いて10程度の距離だ。
だが、夜の9時過ぎてるこの時間を年頃の女の子ひとりで帰すわけにもいかない。
「源ジイにしばらく会ってないけど元気かな?」
「最近、腰が痛いと言ってる」
「そうなんだ。外仕事が多いから身体がしんどそうだね」
「サブが最近頑張ってる。だが、まだまだ詰めが甘い」
小さい頃から木葉は源ジイの仕事を見ているので比べてしまうのだろう。
「明日は朝の9時ごろ迎えに行くよ」
「うん、待ってる。でも残念」
「何が?」
「2日ほどイクラに会えない」
子猫は女子に人気があるなあ〜〜
「木葉が子猫に興味があるなんて思わなかったよ」
「うちはお母さんが猫アレルギー、だから飼いたかったけど飼えなかった」
そんな話をしながら木葉の家の近くにくると、庭先でバットを振る大輝先輩がいた。
「お〜〜木葉帰ったのか?それで、そこの男子は誰なんだ?」
そういえば、貴城院スタイルを大輝さんは知らなかったな。
「こんばんは。光彦ですよ。大輝先輩」
「はあ〜〜そんなわけあるはずないだろう!でも、声似てるし、本当にか?」
「ええ、ちょっと事情があって学校ではあのスタイルなんです」
「そうなのか?まあ、いろいろあるんだろうけど光彦も大変そうだな」
何故か労われてしまった。
「大輝先輩はこんなに遅くまで練習ですか?」
「ああ、どんなに時間があっても足りる気がしない。もう、あとがないしな」
夏の甲子園を目指す大輝先輩にとっては、今年の夏が最後のチャンスだ。
「いつの間にか兄貴と光彦が仲良くなってる。なぜ?」
「そうか、普通だと思うぞ」
大輝先輩はそういうけど、そこは大輝先輩の人柄のおかげだ。
「前に学校まで案内してくれたんだよ」
「そういえば、ジイジがそんなこと言ってた気がする」
「まあ、木葉は興味が無いことではそんな感じだ」
「それは兄貴も同じ」
「まあ、兄妹だし似てるよね〜いろいろと。じゃあこれ帰ります。また明日な」
そう言って帰ろうとすると、大輝先輩が近寄って来て俺に小声で話しかけて来た。
『光彦、サンキューな。最近の木葉、何だか楽しそうなんだ。それも光彦達のおかげだ』
『そんなことないと思いますけど、楽しいなら良かったです』
『ああ、木葉をよろしくな』
『ええ、こちらこそ』
そう言って大輝先輩は素振りを終えて家に入って行った。
もしかして、遅くなった木葉を心配してたのかな?
いい兄さんだね、木葉……
俺は、明日会う家族の顔を思い浮かべていた。
◆
緑色の変死体の検死報告が上がってきた。
身体のDNAレベルから異常があるらしいが、専門機関に詳しい検査を依頼したらしくその結果が出るのは数週間は必要らしい。
現時点でわかっている事は、筋肉組織が異常なほど発達しており、おそらく人間の数倍の力を持つようだ。
「河童ってのは力持ちだったんだな」
「砂川さん、人が河童に変わったりしませんよ。何らかの薬物を服用した可能性が高いと書いてあるじゃないですか」
砂川刑事は、半ば冗談のように言っているがその口調から冗談ではないのではないのではないか、と疑ってしまう。
「しかし、そんな薬物があるのか?筋肉増強剤にしては何だかおかしいだろう。河童みていに緑色してるし」
「ええ、DNAレベルで変化するなど異常を通り越して怪奇現象レベルですよ。もし、そんな薬物が市中に出回ったら大変なことになります」
2人の刑事は、会議室を出て少し先のところにある自動販売機でコーヒーのボタンを押した。
「海梨組の構成員は全て捕まりませんし、組長達幹部も行方不明です。もし、その人達があの緑色に変わる薬物を投与されでもしてたら、民間の被害者が出ますよ」
「確かになあ、でも、キララどうしたんだ。お前、やけに仕事に熱心じゃねえか」
「当たり前です。私は刑事ですよ。未然に防げるのであれば必至にもなります。それと岡泉です」
(水瀬君や天使様に被害が出たら大変だもの……)
「まあ、とにかく海梨組の構成員を探して聞き出せば何かわかるかも知れねえな」
「そうですよ。だから、行きますよ!今から職質兼ねた見回りです」
「マジか、もう、夜の9時過ぎだぞ」
「夜中の方がそういう連中は動き回るでしょう?」
「マジかよ。キララがワーカーホリックになってやがる」
「バカなことを言ってないで行きますよ。それと岡泉です」
「ヘイ、ヘイ……」
砂川刑事は呆れながらも、頼もしくなった相棒を慈しむ目で見ていたのであった。
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