第52話 御曹司、一時帰宅する
翌日、楓さん運転の車で本宅に向かう。
楓さんは、機嫌が悪いのか一言も口を開かない。
他に車に乗っているのは、涼華と木葉とルナだ。
今日の午後から貴城院セキュリティーサービスの本部で来日した国連関係者に会う予定だという。
それと、木崎家の人達と桜子婆さんはお留守番してもらった。
東京都下にある大きな公園の直ぐ側に貴城院家の本宅がある。
元は雑木林や湿地帯だったらしいが、それは明治以前の話らしい。
車が門をくぐり、少し走ると屋敷が見えてくる。
「広いわね〜〜」
「涼華は、ここは初めてだもんな」
初めて訪れるものは、皆同じ事を言う。
確かに無駄に広いよね〜〜
屋敷の前で車は止まり、外に出ると本宅の使用人達が出迎えてくれた。
「「「光彦様、お帰りなさいませ」」」
「うん、ただいま。母さん達は部屋かな?」
すると、楓さんが忙しい時によく俺の手伝いをしてくれてた若い侍女さんが、嬉しそうな顔で「リビングにいらっしゃいますよ」と返答した。
この若い侍女さんは、時兼春菜さんと言い先先代から貴城院に勤めてくれてる家の人だ。
「春菜さんは、今年大学生になったんだよね。大学って楽しい?」
「ええ、ですが高校生の時と違って課題も多そうなので大変そうです」
まだ、大学も始まったばかりなので不安が見え隠れしてる。
「春菜さんは可憐付き?」
「はい、可憐お嬢様が戻って来ましたので可憐様のお世話係になりました」
可憐がフランスに行く前は、春菜さんに懐いていたのを思い出す。
「我儘言ったらキツく叱ってね」
「ふふ、可憐様は我儘言いませんよ」
すると、どこで聞いてたのか可憐が現れた。
「お兄様、酷いです。可憐は春菜さんととっても仲良しさんなのですからね」
「すまん、ついね。可憐、ただいま」
「もう、お兄様ったら、お帰りなさい」
「今日は、木葉を連れてきたんだ。覚えてるか?」
「木葉さん……あっ、ダンゴムシ転がしてた女の子ですか?」
「うん、そうだよ。今、一緒の学校なんだ」
「う〜〜羨ましいです。それでその木葉さんは?」
周りを見渡しても涼華とルナはいるけど木葉が見当たらない。
「うむ、さっきまでいたのに、おそらく庭にでも行ったんじゃないかな」
「そうですか、なんか納得です」
可憐も木葉の自由さを知ってるので、割と理解が早い。
可憐と一緒にリビングに向かうと、ソファーに腰掛けてお茶を楽しんでいる母親をいた。
「ただいま、母さん」
「光彦おかえり。では、早速始めましょうか」
「えっ、どういうこと?」
テーブルの上に積み重ねられた写真。
俺宛に来ている手紙の山。
「もしかして、今日俺を呼んだのは……」
「ええ、そうよ。あなたの婚約者を決めるためよ」
ああ、なるほど。楓さんが不機嫌になるはずだ。
「母さん、その件だけど……」
「とにかく、一度は目を通しなさい。それから、話を聞くわ」
前は、楓さんが上手く誤魔化して燃やしてくれたのだが、今回はそうもいかないようだ。
「お兄様の相手は可憐が選んであげます」
「可憐まで、そういう事言うのかよ」
「可憐は愛莉姉様みたいに優しい人がお姉さんになってほしいです」
まあ、愛莉姉さんは可憐にはベタ甘だしね〜俺には違うけど……
それからしばらくの時間、俺は母親と可憐の監視の元、お見合い写真と格闘したのだった。
◇
お昼近くになり、俺はどうにか言い繕って屋敷の裏林の中に逃げ込んだ。
ここなら、母さんも探しに来ないだろう。
「15歳で婚約者を決めるなんて旧時代過ぎるだろう!」
生きのびていればいずれそのような話はくるだろうとは思っていたが、まだ早すぎる。俺には自由に結婚相手を選べないだろうことはわかってたつもりだ。でも、こうして現実を突きつけられると逃げ出したくなる。
「まあ、逃げたんだけどな」
「光彦、婚約するの?」
ふと、木の上から声が聞こえた。
なんと木葉が木に登って俺を見下ろしていた。
「それが嫌だから逃げてきたんだよ。で、なんでそんなとこにいる?」
「う〜〜なんでだろう?」
知らない間に登ったのか?
その時の記憶がないとは、ヤバいぞ、木葉……
「それと、パンツ見えてるぞ」
「それはダメ。見てはいけない」
「じゃあ、降りてきなよ。そろそろお昼ご飯だぞ」
「ご飯は食べる」
木葉はスルスルと上手に木から降りる。
きっと前世は猿だったに違いない。
「そういえば涼華とルナが見当たらないな」
「2人とも髭もじゃの男にドナドナされて、あっちに行った」
涼華が指差す方向は、武道場。
そして、髭もじゃの男と言えば……
「それは師匠だな。ルナの父親でもある」
俺に護身術や気配感知を教えてくれた人物だ。
きっと「よし、訓練だ!」とか言って2人を連れ出したのだろう。
「あ〜あ、普通の家庭に生まれて普通に生活したかったなあ〜〜」
「普通なんて曖昧なもの。人によって普通は異なる」
「木葉さんや、意味深な言葉ありがとう」
「それよりご飯食べよう。ここのご飯は美味しかった記憶がある」
まあ、専用の料理人がいるからね。
俺としては、楓さんや浩子さんが作った料理の方が口に合うけど。
「世の中には食べたくても食べれない人がたくさんいる。だから、その人達の分まで食べないといけない」
「それは無理だろう。でも、贅沢言って食べ物を粗末にするのは良くないよね」
「うん、それが言いたかった」
「そうか、じゃあ行くか」
そして、木葉を連れて、また屋敷に戻るのだった。
◇
「あ、光彦君、あの髭もじゃなんなのよ〜〜!」
涼華と会うなり、そんな事を言われた。
俺に文句言ってもどうしようもないと思うのだが……
「ルナの父親ってことは知ってるでしょう。俺の師匠でもある」
「そうじゃない。訓練はいいのよ。自分の為だし。でも事あるごとに胸とかお尻とか触ってくるのが嫌なの!」
まあ、師匠だし……
「諦めると言う言葉がある。受け入れれば気にもならないはず」
「そんなことあるかーー!!」
涼華に、蹴りを入れられた。
ギリギリのところで避けたけど、当たったら怪我じゃすまないぞ。
「ブルーか。涼華らしいチョイスだ」
まあ、ハイキックだったので見えるよね。
「昨日も今日も、光彦君、殺す!」
そう言うと顔を赤くした涼華は、襲いかかってきた。
マズい、逃げないと……
俺は、屋敷内を駆け回り、どうにか涼華をまいたのだった。
屋敷の自室で、ほとぼりが冷めるまでいることにする。
ここを離れてまだ数週間のはずだが、なんだか懐かしい気持ちになる。
「あれ、光彦様、いらっしゃってたんですか?これは失礼しました」
そう言って入ってきたのは、出迎えてくれた時兼春菜さんだ。
「春菜さんが掃除してくれてたの?」
「ええ、楓先輩に頼まれていますから。皆さん、食堂でお昼をお食べになってますよ。光彦様はどうしてここに?」
「いろいろあってね〜〜、逃げてきたんだ」
「ああ、お見合いの件ですね」
まあ、それもあるけど……
「ねえ、春菜さんって好きな人とかいる?」
「えっ、私ですか?いいなあって思ってる人はいますけど、どうしてですか?」
「うむ、15歳でお見合いさせられそうなんだけど、俺にはどうしても好きって感覚がよくわからないんだよ」
「そうですね〜私も人の事は言えないのですけど、きっと心から大事にしたい人っていると思うんです。その気持ちが発展した形が好きなんじゃないですか?」
家族はもちろん、身の回りにいて俺を慕ってくれる人達のことは、心から大事だと思うし、何かあったらキレるぐらいの気持ちはある。
それの発展系が好きなのか?
「すまない、意味はわかるんだけど、ピンとこないんだ」
「私も説明が下手なのですみません。でも、こういうことは自然と心から湧き上がる気持ちだと思います。光彦様にもきっとそのような方が現れますよ」
「そうかな〜〜」
そう言われても誰かを好きになって結婚するとかイメージが湧かない。
おそらく、俺にとってはまだまだ先の話なのだろう。
「護衛の方達は午後からお出かけになられるそうですけど、光彦様は行かれるのですか?」
「いや、角太から家でゆっくりしていて下さいと言われてるんだ」
「それでしたら、こちらにお食事をお持ちしましょうか?」
「悪いけどそうしてくれると助かる」
「ふふふ、わかりました。でもいつまでも逃げれませんよ。午後から愛莉様もこちらにお越しになるはずですから」
「げっ、愛莉姉さん来るんだ〜〜」
俺は、絶望的な気持ちになるのだった。
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