第53話 御曹司は逃げられない
午後になり角太が向かえに来て涼華とルナを連れて行った。
貴城院セキュリティサービスの本部まで、都心に向けて車で30分ぐらいの距離がある。
だが、涼華達と入れ替わりに、愛莉姉さんが帰って来てしまった。
「光彦、来てたのね、丁度良かったわ」
愛莉姉さんの顔を見た瞬間、木葉はけむりのようにどこかに消えてしまった。何か用があるような雰囲気だし、ひとまず木葉みたいに逃げるか。
「愛莉姉さん、お帰り〜〜」
とりあえず挨拶をすませて、踵を返す俺の腕を『ガッ』と掴まれてしまった。
「どこ行こうとしたの?」
「いや〜〜木葉を探しに……ね」
「木葉って、昔芋虫を大事そうに触ってた子よね。もしかして、さっき光彦の後ろにいた子がそうなの?」
木葉、見られているぞ……
「うん、偶然にも同じ学校なんだ」
「そう、それでどこ行ったのかしら、随分可愛くなってたわね。ちょっと不思議ちゃんが入ってるけど」
それより、腕を離してくれないかな。
痛いんだけど……
「そうだ。光彦。あなたヨーダ芸能事務所に所属することにしたから。契約上その方がやりやすいし」
「それって、女装した俺だよね。俺、もう女装は……」
「それと、着替える時に一人でできないでしょう。だから、その件のマネージャーとして夏波さんに付いてもらうから」
なんだか勝手に話が進んでいるのですが……
「姉さん、俺今度会社の運営を任されたんだ。そんな事してる暇がないのだけど」
「知ってるわ。近藤商事でしょう?あそこにも芸能事務所があるけど、薬を使われた女性が多くて、評判が最悪になってるわよ。もう、立て直すのは難しそうだから、関係ない人達はヨーダ芸能事務所に移籍してもらったら?」
「そんな噂が……ではなく、何で姉さんがそんなに詳しいのさ?」
「当たり前じゃない。経営者として世間の動向はチェックしとかないといざという時波に乗れないもの」
まあ、そんな感じで仕事漬けになるのが嫌だから、会社経営はパスしてたんだが……
「まあ、相手がある事だし。その辺は追々と考えてみるよ」
取り敢えず、適当に返事しておこう。
「まあ、近藤商事の芸能部門に回す資金をヨーダ芸能事務所に回せば上手くいくんじゃないかしら」
確かに大抵の事はお金で解決できる。
それで軌道に乗れば、資金の回収も楽になるだろう。
「すっかり姉さんはビジネスマンなんだね。考え方とか見違えちゃったよ」
「な、何を言ってるの、当たり前でしょう」
「泥んこ遊びしてパンツを泥だらけにしてた頃を思い出すと考え深くてね」
『ボカッ』『痛っ!』
頭をチョップで殴られてしまった。
そういうとこが昔と変わんないんだって!
「子供の頃の話はおしまい。光彦だって言われたくない事がたくさんあるでしょう?」
まあ、確かに黒歴史、たくさんあるよね……
「わかったよ。少し考えてみるよ。アドバイスありがとう」
「そういうふうに最初から素直なら余計な事までしなくて済むのに。本当、光彦はバカよね」
そう言ってソファーにドスンと座る。
「あ〜〜やはり家は落ち着くわね〜〜」
そう言って大きく伸びをしてると、可憐がやってきたようだ。
「姉様おかえりなさい」
「ああ、可憐はいつ見ても可愛いわね〜〜」
そう言って可憐を抱きしめる愛莉姉さん。
「姉様、離してください。もう、可憐は子供じゃないんですから」
うんうん、可憐も大人になってるってことか……
いや、待てよ。
大人と言えば、もしかして好きな男とかいるんじゃないの?
マジ、ダメ!
可憐にはまだ早い。
「そういえば、光彦のお見合い相手は決まったの?」
「それが、お兄様は減らず口をたたいたり、嫌がって逃げ回っているだけで少しも決まらないのです」
「ふ〜〜ん、逃げ回ってねえ〜〜」
そう言って俺を見る愛莉姉さん。
少し、考えてるようで、暫しの間沈黙が続いた。
「光彦には、まだ早いのかもね。これからお仕事しないといけないし、私がお母さんにそう言っておくよ」
何と愛莉姉さんから俺を弁護する言葉を口にしたのだ。
「良いの?」
「ええ、それとも良い人がいたのかしら?」
そう聞かれて、全力で首を横に振った。
「じゃあ、その件は私に任せておきなさい『それと、ミッチーの件、よろしくね』」
母親のところに向かう途中、俺のすぐ脇を通り過ぎる間際に小さい声でそっと呟いた。
その時、俺はまたハメられたのだと知った。
◆
貴城院セキュリティーサービス、通称K・S・Sの会議室では、国連の事務官をはじめミルスト教の幹部達が角太達に話を言いていた。
「そうでしたか『ブレード・スネイク』は、血の収集を目的としてたわけですね」
事前にはわかっていた話であるが、ここまで案内した外務省の役人と公安関係者が、間に入って通訳している。
『ひとつ質問があります。私達の情報によれば、サイタマという地域で緑色した男の変死体が確認されたと聞きます。それについての詳しいお話を聞きたいのですが』
国連の事務官ナディアが、ここにいるみんなに質問した。
「その件につきましては、私達も調査を始めておりますが、詳しい事情は分かりませんが、何らかの薬物を使用したと聞いてます」
権藤角太がそう答えた。
ここにいる涼華やルナにとっては始めて聞かされた内容である為、驚いていた。
『そこの若い女性達は、何も知らないようですね。では、今回の『ブレード・スネーク』とその緑色した変死体に関連がお有りとお考えですか?』
「その件につきましても、はっきりと断言できません。個人的な意見ですが、可能性としてはあるとは思います」
『わかりました。皆さんもお聞きしたい事はありますか?』
ナディアは、ここにいるミルスト教幹部達に聞いた。
『この件といいその緑色の変死体といい、我らミルスト教の関知すべき問題ではないと思うのだがね?』
金髪の司祭マルセルがそういい始めて、同じ司祭のクラリスも同じように首を縦に振った。
「確かにミルスト教の方々が、今回の調査に同行されているとお聞きした時、こちらも同じようなことを思いました。ですが何らかのご事情があるものだと思いその件については言及しませんでした」
そう答えるのは、案内役でもある外務省の役人外森勲氏だ。
「私達からのお話は、そこにまとめてある資料が全てです。皆さんに渡した事前資料と併せてそう変わりはありません。また、緑色の変死体につきましては、警察の方で詳しい検死に回されたそうです。検査結果については2〜3週間かかると思います」
権藤はそう話を進めて、今回の会議という話し合いは終わりを迎えようとしていた。
そこにひとりの女性が話し始める。
『この資料にある人物が今日はいらっしゃらないのですね?名前はミツヒコ キジョウイン。彼とはお話ができるのでしょうか?』
権藤の顔が少し曇った。
何せ、光彦の存在を出来るだけ隠蔽する方向で資料をまとめたのだが、完全には名前を伏せる事が出来なかった。
「ご希望とあれば、連絡を取り日時を設定させて頂きます」
『ええ、是非とも彼とはお話がしたいわ』
先程の質問と、今の返答をしたのは今回の中心人物でもあるミルスト教司祭のソフィアであった。
◆
「よしっ!来い!」
場外馬券場で馬の走りを見て興奮しながら叫んでいるのは、光彦が空から落としたバッグを拾ってネコババした男だ。
同棲相手の明美のアパートに刑事らしき人物が訪ねて来たのを知って、安いビジネスホテルで寝起きしていた。
そんな興奮真っ只中にある男の前に、数人のスーツ姿の男が立ち塞がった。
「おい!邪魔だ。どけ!」
そう言ったはいいが相手の雰囲気を見て、少しビビっている様子だ。
「土田明美を知っているな。ちょっと付き合ってもらうぞ」
警察手帳を見せて、その男はさらにビビる。
「俺が何をした!何かやったのは明美だろう?」
「詳しい話しは署で聴かせてもらう。さあ、来るんだ」
刑事達は、有無を言わさずその男を連行した。
因みに、男が買った3連単の馬券は見事に的中していたのでだった。
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