第5話 御曹司の高校入学

「はあ!?本当にそんな格好で行く気なの?」


朝の食卓での出来事だ。

今日は入学式とあって、制服を着込んで一階に降りて行くと涼華が俺の姿を見てそう叫んだ。


涼華が驚くのも無理はない。

これは水瀬光彦スタイル。

つまり、最強の『陰キャ』コーディネイトなのだから。


持ち前の銀髪を隠す為目を覆うほどの長めの黒髪のウィッグを被り、縁取りが黒色の伊達眼鏡を付け、黒いマスクで顔半分を隠せば、あら不思議、立派な『陰キャ』の出来上がりだ。


「ふふふ、これでいいんだよ」


言葉はモゾモゾとハッキリしない言い方で喋るのがコツだ。


「私はどんな光彦様でも素敵だと思いますよ。それに、その姿は考えがあっての事。私にはわかっております」


楓さんは全肯定してくれるが、俺の何をわかってるのか知りたい。


「そうか、そういう事なのね。理解したわ」


涼華も納得してるけど、何を理解したの?


あれから暴力女こと護衛官である如月涼華は、結局この家に住むことになった。

未婚の女性がそれで良いのかと思うのだが、仕事なので問題ないという。


楓さんが作ってくれた朝食を3人で食べ、食後の紅茶を飲んでいると玄関チャイムが鳴った。


「誰か来たようですね」


そう言って席を立つ楓さん。

玄関先で何やら来た人と会話して、リビングに来客を招いたようだ。


「光彦様、源次郎様のお孫さんである大輝さんという方がお見えになっております」


来客は、小さな頃からの知り合いの植木職人、源ジイのお孫さんらしい。

そう告げられて俺はその人に会いにリビングに向かう。

背後には涼華が付いてきていた。


「ええと、おはようございます」


精悍な顔つきをしたその男子は、何かスポーツをしてるようでこの季節にも関わらず薄らと日焼けしていた。


「おはようございます。源ジイさんのお孫さんですか?話は何度か聞いていますがお会いするのは初めてですね」


「ええっと、俺‥‥僕はじいちゃんから同じ高校に通うのだから案内してやれ、と言われて伺い来ました」


何か言葉が変になってる。


「ええと、大輝さんでしたよね。光彦と申します。大輝さんは俺より年上ですよね」


「そうだ、じゃなくってそうです。今年から3年になった、なりました」


雰囲気は源ジイにそっくりだ。

敬語が苦手なのもクソ似てる。


「先輩なら敬語を使わないで普通に話してくれて良いですよ。俺のは癖みたいなものですから」


「助かります……うん、助かるよ。どうもかしこまった話し方は苦手なもんで。俺は植松大輝。今日は入学式だろう。学校を案内するから一緒に行こうぜ」


源ジイに言われて来たようだが、今日は新入生だけのはず。わざわざ来てくれた事には感謝しないと。


「良いんですか?大輝先輩は学校は休みのはずでは?」


「俺は野球部に入ってるんだ。今日も部活があるからその点は気にしないでくれ」


そういえば源ジイから孫が甲子園を目指していると聞いた事がある。


「そうですか、では遠慮なくお願いします。従姉妹の涼華も同じ学校なので一緒ですけど」


この家に一緒に住んでても不信がられないように、涼華は従姉妹、楓さんは俺の姉という設定にしてある。


長い黒髪を翻して俺の横に並んだ涼華は他所行きの顔で自己紹介をし始めた。


「はじめまして如月涼華です。光彦君とは従姉妹でこちらの学校に通う為に山梨県から出てきました。大輝先輩、宜しくお願いしますね」


他所行きの顔をする涼華は、誰もが目を引く日本美人だ。

挨拶されて、大輝先輩はキョドッていた。


「お、おう。よろしくな」


すると、何を思ったのか大輝先輩は俺の腕を引っ張りリビングの端っこに連れていかされた。


「なあ、光彦んちの姉さんは何でメイド服を着てんだ?綺麗だしまるで本物のメイドさんかと思ったぞ。それに従姉妹の涼華って子、可愛すぎだろう」


大輝先輩に耳元に小声で話しかけられた。


「姉は趣味みたいなものです。涼華の事は綺麗だと思いますけど従姉妹なので気にしたこともありません」


「まあ、そうだよな。俺にも妹がいるけどそんな感じだ。見た目を気にすれば可愛いはずなのにちっともお洒落に関心がないんだよ。光彦達と同じ学校で同じ学年だから、もし知り合ったら気にかけてくれると助かる」


「わかりました。で、名前は何と?」


「植松木葉だ。じいちゃんに似て植木とか植物の事しか頭にないんだわ」


「それは気が合いそうですね。俺もその手のことは源ジイに鍛えられましたから」


「どうりで光彦を見た時、親近感が湧いたんだわ。じいちゃんに似た雰囲気があったんだな」


「それはこちらも同じです。大輝先輩も源ジイにとても似てますよ。敬語が苦手なところとか」


「ははは、確かに。光彦とは気が合いそうだ。これからよろしくな」


「こちらこそ、よろしくお願いしますね」


俺と大輝先輩がコソコソとリビングの隅で話していると、除け者にされた気分になったのか、涼華が呆れたように話はじめた。


「いつまで男同士でコソコソ話してるの?それに貴方達今日が初対面でしょう。何でそんなに仲良くなってるの?」


そういえば、同年代の人とこんな風に気楽に話ができたのは初めてかもしれない。


「そろそろ出かけませんと入学式に遅れますよ」


楓さんが腕時計を見ながら話しかける。

楓さんの付けている腕時計は、俺がバースデイプレゼントとして贈ったものだ。大事そうに肌身離さず付けてくれているのを見ると嬉しく思う。


「そうだった。先輩、玄関出たところで待っててください。鞄を取って直ぐに行きますから」


「おう、了解した」


俺と涼華は、2階に上がり荷物を持って玄関に向かう。

玄関では楓さんが、俺達を待っていた。


「光彦様、涼華さん。いってらっしゃいませ」


「うん、行ってくるよ」


「楓様、行ってまいります」


そして俺達は、大輝先輩と合流して学校に向かった。



◇◇◇



二駅先まで電車に乗り、駅から徒歩10分のところにこれから通う学校がある。


駅から学校までの道すがら、大輝先輩に学校の事を教えてもらっていた。

俺と大輝先輩が並んで歩く背後に涼華がついてくる。


「ええっと、如月さんは何でキョロキョロしてんだろう。それにあのバッグは剣道でもするのかな?」


「さあ、俺にはあいつの事はよくわかりません」


はじめての護衛官の仕事なのだろうか、涼華は真剣な面持ちで周囲を警戒していた。


それにしてもあのバックの中身は、もしかしてあの時の刀か?

持ち歩いて大丈夫なのかよ。


俺は涼華の挙動よりも肩に担いでいるバッグの方が気になった。


護衛官の中にも拳銃を持つ者もいれば、涼華のように剣を持つ者もいる。

まあ、剣の方が少数なのだが、俺は凄腕の剣士を知っている。


父さんの専属護衛官だった人だ。

確かあの人の名前は……


「おい、光彦。もう着いたぞ。新入生は確か昇降口のところにクラス分けの紙が貼ってあるはずだ。自分のクラスを確認して教室に入れば黒板に席順が書いてある。そこがしばらく自分の席のなると思う」


「そうですか、わかりました」


「おい、それで俺は取り敢えず部室棟に行かないといけないんだわ。あとは他の新入生と同じような行動してくれ。すまないな」


申し訳そうにそう言って大輝先輩は、部室棟の方に向かって行ってしまった。


俺は涼華に向かって


「涼華、そんなに警戒しなくても大丈夫だ」


「そうはいかないわ。これは私の仕事なの。邪魔はしないで」


確かに護衛官の仕事なのだろうが、俺は変装しているし、そこまで警戒しなくても良いと思う。


小学、中学と財界人の子息が通う学園にいたので、セキュリティーは万全だった。

だが、ここは普通の学校だ。

学校のセキュリティーは、ゆるゆるなのだろう。

涼華が気合い入っているのも仕方のないことかもしれない。


「わかったけど、疲れない程度にしろよ」


「ええ、体力には自信があるから私のことは気にしないで」


涼華がそう言うのなら放っておこう。


だけど……


「おい、あの子凄く可愛いぞ」

「日本美人って感じだな」

「俺達と同じ新入生みたいだな」

「一緒のクラスになればワンチャンあるかも」

「それにしても、一緒にいるダサい奴は誰?」

「ほんとだ。あの子と全然釣り合わね〜〜」


そんな声がチラホラ聞こえてきた。


うんうん、さすが俺の『陰キャ」コーデ。上手く馴染んでいるみたいだ。

それにしても、涼華の評価が随分高いな。

美人なのは認めるが、中身は刀を振り回す暴力女だぞ。

涼華の周りに死屍累々とした男子が倒れている姿を想像できる。


「光彦君、私と同じクラスよ」


学校の中だけでも涼華と別行動したかったのだが、そうは問屋がおろさないらしい。


「そうか……」


周囲の状況から考えると涼華は、前の俺のように目立つ存在らしい。

一緒にいれば、いらぬ厄介事が舞い込みそうだ。


「さあ、行きましょう。クラスはあっちの方向みたいよ」


背後に控えていた涼華は、学校という雰囲気の中で同年代の感覚に戻ったようだ。俺の腕を掴んで1年3組のクラスまで並んで歩いて行くのであった。

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