第6話 御曹司の企み
1年3組のクラスの入ると、時間が早いせいか来ている人はまばらだった。
黒板に書かれている席順を確認して、自分の席に着く。
机の端に俺の名前が書かれていた紙が貼り付けてあった。
俺の席は窓際から少し離れたやや中央寄りの列で、ありがたい事に一番後だった。
涼華は、廊下側から2列目の中央付近の席のようだ。
俺はポケットから高校入学時に買った最新式のスマホを手に取り、読みかけのネット小説を読み始める。
このスマホを買ったときは嬉しかったな〜〜
今まで、付き人が全てしてくれていたのでスマホのいらない生活を送っていた。
それに、電車に乗るのも初めてだった。
改札口で慌てたけど、大輝先輩が乗り方を教えてくれた助かった。
まあ、涼華の奴は、腹を抱えて笑っていたけど。
思い出すと、何か腹が立つ。
今まで送り迎えは車が当たり前で、ほとんどの事は付き人がしてくれた。
そう思うと、贅沢な暮らしをしてたのだと改めて思う。
だが、そんな今の暮らしも悪くない。
悪くないどころか、最高の気分だ。
あとは好きなラノベやフィギュアを買って、自室に飾りたい。
ラノベは本屋に行けば買えると思うけど、フィギュアはどこで買うんだ?
どこかに行こうとすれば涼華が着いてくるだろうし、ネット通販が無難か……
そんな事をスマホを眺めながら考えていると、結構な時間が過ぎてたようだ。教室の席はほとんど生徒達で埋まっていた。
すると教室のドアが開き、背広を着た40才前後の厳つい男性が入ってきた。
「お〜〜い、みんな揃っているか?これから入学式が始まるから体育館に移動する。廊下に出て今の席順で並ぶように」
担任の先生の大きな声が響く。
だが、俺はそんな事より頭が『?』マークで埋まっていた。
なんで護衛官の権藤角太がいるの?
専属の護衛官がいなかった俺に、角太は護衛としてよく一緒になった。この間の誕生日パーティーの時も俺の護衛をしてくれていたのだが……
これはあの祖父さんの差し金だな。
席から立ち上がって、廊下に出ようとする時、涼華の様子が気になった。
何か背筋を正して青い顔をしてるけど大丈夫か?
涼華の事が気になりつつも人の流れに乗り廊下に並ぶ。
全員が揃ったところで移動し始めた。
はあ、先が思いやられるなあ……
まあ、どうにかなるか、なるよね?
自由に過ごそうと思った高校生活は、いろいろな面で制限された自由だったようだ。
◇
入学式イベントも滞りなく終わってクラスに戻ると、生徒の間でチラホラと会話を楽しむ声が聞こえてきた。
角太が入って来てこれからの学校生活を簡潔にガイダンスし始めた。
思ってた通りこのクラスの担任だったようだ。
一通り話が終わると、生徒達に簡単な自己紹介を促す。
出席番号順に自己紹介が始まり、俺も『陰キャ』風に自己紹介をこなす。
こうして高校生活初日のイベントを全て終わり、あとは帰宅するだけだ。
家に帰ろうとして鞄に荷物をしまう。
ふと涼華の方を見てみると周りに数人の男女が集まり内容までは聞こえないが笑顔で会話していた。
うん、今がチャンスかな。
住んでる家が同じだから朝の登校は一緒でも仕方ない。
でも、帰りは一人でいいんじゃないか。
涼華だって高校生活を楽しむ権利がある。
というのは建前で、帰りに駅前の本屋でラノベを買おうと思っているのだ。
買い物自体、初めてだけど現金も財布にあるしカードもある。
欲しいものを手にして会計に持っていけば余裕で買えるだろう。
俺は目立たないように席を立ち廊下に出て足早に下駄箱に向かう。
涼華には気づかれなかったみたいだ。
シメシメ‥‥これで俺も自由だ。
下駄箱から靴を取り出して校門までダッシュする。
校門を出てからは、少しゆっくりめに歩き出す。
上を見上げると桜の木から若葉が覗き始めている。
少なくなった花びらが舞い散る姿も趣深い。
「ああ、最高だ〜〜」
俺は自由という言葉を満喫する。
「何が最高なの?」
ふと背後から声がかかった。
「げっ、涼華……」
「何それ!それとなんで先に帰ったの。声をかけてくれてもいいじゃない」
ご立腹のようだ。
「声をかけようとしたけど、楽しそうにみんなと話していたからね。邪魔しちゃ悪いでしょう?」
「私を知ってる人がいたのよ。中学生の時剣道部だった子みたいだけど話が弾んじゃったのは仕方ないでしょう」
「有名人は人気者ですなあ〜」
「はあ!?何を言ってるの?有名なのは光彦君でしょう。それに私は貴方の護衛官なんだから一緒に行動するのは当たり前でしょう。ただでさえ、権藤本部長が担任なのよ。仕事をサボったと思われたらどんな訓練という拷問が待ってるか想像したくないわ」
角太の事を本部長と呼んだ涼華は、どうやら知り合いのようだ。
それに俺と同じで何も聞かされてなかったみたいだな。
「角太の事を知ってるんだ?」
「ええ、私があの家に来る前に3ヶ月ほど貴城院セキュリティーサービスで護衛官の仕事を学んだのよ。その時の教官が権藤本部長だったわけ」
貴城院セキュリティーサービス、通称K・S・S。
貴城院グループの要人や国のVIPを警護する会社だ。
角太はK・S・Sの本部長だったのか……
「そうか、涼華もただの横暴な女性じゃなかったって事か」
「誰が横暴女よ!私ほどお淑やかな女性はいないんだから」
お淑やかな女性は日本刀を振り回したりはしませんよ。
でも、これで俺の夢は初日から桜の花弁のごとく儚く舞い散ってしまった。
短い自由だったな……
◆◆◆
とある外国の田舎町にある廃屋のような教会の中に数人の人達が集まっていた。
テーブルの上には、飲みかけのウイスキーボトルやコップが乱雑に置かれている。
『みんな集まっているな。それで、貴城院の息子は留学先に現れたのか?』
先程、この建物にやってきた男がそう言う。
話す言葉はクセのあるフランス語だ。
『いや、見かけなかった。ガセネタなんじゃないか?』
『そんなわけはあるまい。とある筋から極秘に手にした情報だ。5万ユーロも支払ったんだぞ』
その男は不機嫌そうにコップにウイスキーを注ぎ飲み干した。
『多分、それはデマだ。あんたは偽の情報を掴まされたのさ』
『クソッ!!』
赤い服を着た女にバカにされたと感じたのか、それともデマを掴まされ
た事に腹がたったのか、男は近くにあった椅子を蹴り飛ばした。
『留学がデマなら、日本から出てないって事だよな。こっちならいくらでもやりようがあったが、日本となるとちょっと勝手が違うぜ』
眼鏡をかけた理知的な雰囲気を持つ男が、紫煙を漂せながら重い口を開いた。
『ああ、確かにホームグランドというわけにはいかないが、やりようはある』
スキンヘッドの筋肉男が抱えていたワインボトルごとラッパ飲みをした。
『使うのかい、あの悪魔を』
『ああ、見た目だけならそこらにいる可愛いお嬢様だからな』
『はあ〜〜嫌だね〜〜、本当お前ら趣味悪いよ』
赤い服を着た女は、呆れたように言葉を投げる。
『シェリー、見た目は重要だよ。相手が油断するからね』
『ボブ、いくらなんでもあの子にハニートラップは無理だわ。それにあの子はそんなたまじゃない。一緒に仕事をした私が引くほどだよ。今回、私は勘弁してほしいものだわ』
『まあ、言い出しっぺはジョンソンだからね。たまには保護者になるのもいいんじゃないか?』
眼鏡をかけた男の問いかけにスキンヘッドの男は、仕方なさそうに目を閉じた。
『まあ、それはネタが集まってからだ。対象の所在が掴めてからじゃねぇと動けね〜しな』
そう言ってスキンヘッドの男は、さっき入って来た男に問いかけた。
『ああ、今度は1万ユーロで聞き出してやる』
その男は不敵に笑った。
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