第7話 御曹司の誓い
朝起きて着替えを済ませ、姿見の鏡の前に立つと黒いオーラが一段と濃くなっている。主に、頭と首のあたりが他の部分より色濃い。
「はあ〜〜1ヶ月持つかな……」
予測によれば丁度ゴールデンウィークあたりに俺は死ぬ予定だ。
勿論、死にたくないしこの運命から逃れたい。
「さて、どうするかな?」
頭の頭頂部と首という事は何らかの事故に遭うと考えるのが妥当だ。
ヘルメットを被っても首はカバーできない。
能力がもっと詳しくわかればいいのだが。
例えば何月何日、何時何分にどこそこで事故に遭う、とかね。それなら対策も立て易い。
「う〜〜む、どうしたものか……」
「トントン、光彦様。起きてますか?」
ドア越しに楓さんから声がかかる。
「起きてるよ」
「失礼します」
そう言いながら部屋に入ってきた楓さんは俺の顔を見て動揺した。
「光彦様、どこか具合が悪いのですか?お顔が真っ青ですよ」
ああ、そうか。自分では死に関して慣れてるつもりだったけど、俺は怖かったのか……
「大丈夫だよ。至って健康だ。ちょっとだけ考え事をしてただけだから気にしなくていいよ」
「そう……ですか?念のためにお熱だけは測って下さい」
「ああ、わかった」
楓さんはポケットから体温計を取り出して俺に手渡す。
いつも思うが楓さんのポケットは、その時に必要なものが入っている。
うん、猫型ロボットのポケットかな……
電子音が鳴り、体温計を取り出してみると36度5分。
至って平熱だ。
「楓さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何でしょうか?わ、私のスリーサイズなら昔と変わってませんよ」
「いやいや、昔もそんな事楓さんに聞いたことなかったよね?」
「そうでしたか?光彦様は小さい頃、よく私のむ、胸を見てらっしゃいましたので、つい……」
確かにそういうこともあっただろうけど、そういう話じゃないから!
「少し真面目な話なんだ。あのさ、頭の頭頂部と首が原因で死ぬ場合どんなケースがあると思う?」
「……光彦様、頭と首が痛いのですか?早く病院に連絡しないと」
一瞬、固まった楓さんは我を取り戻した瞬間慌てて自分のスマホを取り出した。
「違うから、落ち着いて。俺はどこも悪くないから。例えばの話なんだって」
楓さんのオーラは色濃い青色だ。
「えっ、本当ですか?光彦様が痛いのではなく?」
「うん、俺は本当に大丈夫だから。夜中にミステリーの本を読んでそんな死因があったから気になっただけだよ」
嘘も方便と言う。
「ふう〜〜、光彦様。あまり私を驚かせないで下さい。そうですね〜〜頭と首が原因となると、高いところからの落下とかでしょうか」
「うん、確かにそうだね。高い場所から落ちるってのが無難だよね」
俺もそう思ってたところだ。
でも、打ちどころが悪いと低い場所でも死に至る。
取り敢えず、当分高い場所を嫌厭した方が良さそうだ。
「うん、さすが楓さんだ。助かったよ」
「いいえ、私は……はっ、そういうことですか。わかりました。この光彦様の専属メイドとしてきっちり仕事をさせてもらいます」
「えっ!?」
どういう意味?
「光彦様、朝食の用意が出来ております。私は少し用がありますのでこれで失礼します」
何を思ったのか、楓さんは慌てて部屋を飛び出して行った。
「は!?」
俺はその行動が理解できなかった。
◇
『ガタン、ゴトン……、……』
「電車も通学って意外と大変だな」
今日の電車は昨日より混んでいた。
相変わらず涼華も一緒だが、彼女も電車通学は慣れないようで混み合う人の中自分の立ち位置を探っているようだ。
「涼華さん、どうしてそんなにくっつくのかな?」
「こ、これは仕方ないのよ。混んでるしこの場所しか足の安定感がなかったの」
護衛官としての仕事なのだと割り切ってはいるが、そこは年頃の男女。
密着状態が続けば、それなりにお互いのことが気になる。
「まあ、仕方ないよな」
「ええ、そうなの。仕方がないのよ」
涼華の良い匂いが鼻から脳を刺激する。
このままだと、下半身がまずいことになる。
そうだ、こいつは顔は良いけど中身は暴力女だ。
メスゴリラだと思えば、落ち着くかもしれない。
「さっきから、何かよからぬ事を考えているでしょう。顔に書いてあるわよ」
何で女性はこうも感が鋭いのだろうか……
「いや、何も考えていないよ」
「嘘ね。目がキョドッていたわ」
仕方がないじゃないか。
いくらメスゴリラだと思おうとしても、間近に見える涼華はれっきとした人間の女性なのだから。
『ガタン!』
電車が大きく揺れた。
すると、密着していた涼華の胸が俺の腕に押し当てられた。
「あれ、意外とあるんだ。着痩せするタイプなのか?」
「あんた、何を思ってそんな発言してるわけ?」
おっと、思わず口に出てしまった。
「いや、何でもない。気にしないでくれ」
「気にするに決まってるでしょう!この変態」
護衛官に変態と言われてしまった。
おまけに足まで踏まれてる。
まあ、これは仕方がないよな……
「うむ……」
何か視線を感じたけど……
「早く着かないかしら、もう、髪の毛がぐちゃぐちゃになっちゃうじゃない」
涼華は、あの視線に気づいてないようだ。
しかし、誰だろう。
敵意は無さそうだけど、執拗に見つめられている感じがする。
まあ、用があれば接触してくるはずだ。
その時、対処すればどうにかなるだろう。
そんな事を考えていると、学校の最寄駅に着いたようだ。
人の流れにのって、ホームに降り立つと同じ制服を着込んだ人達が改札口に向けて歩き出していた。
「涼華、大丈夫か?」
「私は平気よ。髪の毛が少し気になるだけだから」
黒くて長い髪を両手で整えていた涼華は、未だ俺との距離が近いままだ。
「涼華、ここは他の学生の目がある。少し離れてくれ」
「あっ、そうね。そうだったわ」
涼華はモテるだろうし、誰かを好きになるかもしれない。
俺は護衛官として付き添う涼華の恋路まで邪魔するつもりはない。
「うん、じゃあ行こうか」
「ええ、行きましょう」
俺の少し後ろを歩く涼華は、綺麗な金色のオーラに包まれており今日一番の笑顔を見せた。
◇
入学二日目になると、見知らぬ生徒たちと会話をする様になるようだ。
自分の立ち位置を探って比較的似たもの同士が連むようになる。
そんなクラスの状況をスマホを眺めながら見ていると、涼華の周りには一際目立つ者達が集まっているようだ。
それに声もでかい。
「如月さん、何で昨日帰っちゃったの?カラオケ盛り上がったのに」
「ちょっと外せない用事があった事を急に思い出しの。誘ってくれたのにごめんなさいね」
「如月さん、今日あの陰気な男と一緒に来たけどどういう関係なの?」
「光彦君とは従姉妹よ。私は今、彼と彼の姉さんの家にお世話になってるのよ」
「嘘ーーっつ、マジかよ。あいつに変なことされてないよな」
「そんな事はないわよ。彼の姉さんはそういうことに関して厳しい人だし、光彦君もそんな感じじゃないから」
わ〜〜涼華の奴、俺と一緒に住んでることバラしちまったよ。
この後、面倒くさそうだ。
「涼ちゃん、何か変なことされたら私に言ってよね。これでも怖い先輩とか知ってるから」
「う、うん。ありがとうね。佐久間さん」
「梨花って名前で呼んでよ。私達もう友達でしょう?」
あの梨花って子、ぐいぐいくるタイプみたいだな。
髪も染めてるっぽいし、格好も派手だ。
困ってる涼華をこうして眺めているのも割と面白い。
そんな涼華を見ながら他のクラスメイトの様子を伺う。
俺のようにボッチを貫いている人は結構いる。
スマホを眺めながらその人数を数えてみると11人ほど会話もせず一人で過ごしているようだ。
まだ、二日目だしこれから変化があるだろう。
最終的には俺を含めて2〜3人ってところかな?
でも、この中で最強の陰キャは俺のはずだ。
これだけは、誰にも譲るつもりはない。
しかし、普通の学校は良いものだ。
こうしてひとりの時間がある。
権力や財力に集ってくる奴らもいない。
中学の頃を思い出すと、あんな生活がよくできたものだと思う。
事あるごとに「パーティーを開くから来てくれ」とか「うちの会社でイベントを開くから出席してくれ」とか毎日のように誘われていた。
出席しなければ角が立つ家には出席したが、ほとんどは断っていた。
断るのって罪悪感があるんだよね。
俺はは悪くないのに……
そんな気の休まらない日々に戻るのだけはごめんだ。
それに後1ヶ月もないかもしれない。
そんな短い人生を自分の好きなように生きて何が悪いというのだ。
そう、俺は自由に生きる!
改めてそう心に誓ったのだった。
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