第4話 御曹司と如月涼華

季節は巡って春


早咲きの桜と遅咲きの梅の花が市内で見られるくらいに暖かくなってきた。


俺は頭にタオルを頭巾のように被り作業着を着て引っ越し先の庭先に植わっている枝の伸びた金木犀の剪定作業をしていた。

すると、家の前に大きなトラックが立ち止まり、引っ越し業者らしい人物が数人車から降りてきた。


「お向かいさんちが引っ越すのか?」


そう思っていると作業員達は、家の門を開けて入って来た。


「はあ!?うちなの?」


高校に通う為に購入した家は、8LDKある一般的には広い部類に入る建物で庭もそこそこ広い。


この家にひとりで住むには広すぎると思うのだが、何故かメイドの楓さんがついてきた。


俺は一人暮らしがしたかったのだが、貴城院家としてそれは許されないらしい。


メイドとはいえ、一軒家に男女二人きりで住むのはどうかと問うたのだが、「私は光彦様の専属侍女ですのでお気になさらず」と言われ、また、「それと光彦様は料理はできるのですか?市井で買い物などした事ないでしょう」と、正論を叩きつけられてしまったので逃げ道を塞がれてしまった。


自分の部屋にラノベとかフィギュアを飾りたい俺は、どうするか迷ったが、楓さんだけにその事を話して他の者には黙っててもらう事にした。


そんな自宅に見知らぬ引越し業者が来たのだから、驚くのも仕方ないだろう。


「俺と楓さんの荷物は運び終えているし、きっと間違いだな」


すると、若い女性の声で「荷物は2階にお願いね」と、聞こえてきた。

振り向いてその女性を見てみると、何処かで見たことのある顔をしてる。


「あっ、そこの庭師の人。脚立が邪魔だからどけてくれないかしら」


「えっ?俺のこと?」


「そうよ。貴方しかいないでしょう。さっさとどかしてくれるかな?私の荷物が入らないわ」


いかにも自分が家主だと言わんばかりの横暴さだ。

楓さんは、買い物に出掛けているし誰かが引っ越してくるなんて聞いていない。


それに、ここは俺の家だ。

祖父さんに頼らずに、購入資金は俺のポケットマネーから出している。


「あのさぁ、君何なの?家を間違えてないかな?」


「貴方こそ、雇われ庭師のくせに偉そうな態度取るわね。ここは貴城院……じゃなかった。水瀬家でしょう。地図もあるし門のところの表札を見たから間違いないわ。それより、脚立、さっさと運んでくれる?」


貴城院って言ったよな……ということは家の関係者か?


高校入学するにあたって、貴城院という姓は目立つので戸籍を操作して水瀬という姓に変更してある。

因みに水瀬という姓は植木職人の源ジイの奥さんの旧姓だそうだ。

それに源ジイの家も徒歩圏内のところにある。


ここで騒いでも、ご近所迷惑だろう。

まあ、楓さんが帰ってきたら追い出してくれるだろうし……


横暴な女の言う事を素直に聞くのは癪だが、この女と関わると面倒くさそうなので渋々脚立をどかして別の木の場所に移動する。


木の剪定には適した時期があるので、これ以上は他の木を切れない。

仕方がないので、庭の落ち葉を拾い雑草の草むしりをする。


こうした庭師の作業は、小さい頃から源ジイがしていたものを見て覚えた。

庭に松の木も植えてあるのだが、松の剪定のひとつの方法である『みどり摘み』には、時期が早い。


業者の騒がしい声が落ち着いてきたのは小一時間経った頃だった。

引っ越しの荷物運びは完了して、トラックに乗り込んだ業者の人達は走り去って行った。


すると、さっきの横暴な女が俺のところにやってきた。

肩には長い棒状のようなバッグをかけている。


「ねえ、君。ここの家の人はどこに行ったのかしら?家に誰もいないのだけど」


「ああ、楓さんなら買い物に行ってるよ」


「そうなんだ……。えっ、君!!今楓さんって言った?」


「言ったけど、それがどうかしたの?」


「櫛凪楓さんだよね。真邦おじ様の娘さんの」


「そうだけど?」


「え〜〜どうしよう。サインとかくれるかな?ずっと憧れてたんだよね。女子剣道会のスーパースターだったのだけど、ある日突然姿を消したのよ。そうか、あのボンボンのところに行ってたのか。なんか納得」


こいつ、俺の事をボンボンとか抜かしやがって‥‥

それにしても楓さんは剣道してたのか、知らなかった。


あっ、こいつの顔、どこかで見たことあると思ったら誕生日パーティーの時、俺を睨んで『見極めてやる』とかわけのわからない事を言ってた奴だ。


こいつとは関わらないのが吉だ。


「ねえ、君。サボっててもいいの?庭木の枝がボウボウじゃない」


「長いこと手入れをしてなかったみたいだしね。時期がくるまで……」


「じゃあ、私が切ってあげる」


「はあ!?」


そう言いながらその女は肩に背負ったバッグからあろう事か日本刀を取り出した。


「お、おまえ、そんな物取り出して危ないだろう!」


「平気よ。小さい頃から持ってるし、ちょっと見ててね」


そう言うや否や、鞘から真剣を取り出して目の前の松の枝をバッサ、バッサ切り出した。


『ギャーー、松が……松が……』


俺の悲鳴は、この横暴女には届かない。


「あっちの木もモサモサしてるわね」


『わーー!それ桜だから。蕾ついてるでしょう。これから綺麗に咲くんだから』


俺の声が虚しく漂う中、蕾をつけた桜の枝は宙を舞いながら地面に落下した。


「ふぅ〜〜スッキリしたわね」


「スッキリしたわね、じゃない!!お前の血は何色だあ!」


「何訳のわからないこと言ってるの?」


「それはこっちのセリフだ。何してくれちゃったの?これ桜だよ。これから綺麗に咲く手前だったのに、それに松もあんな姿にしちまいやがって」


松はトゲトゲの葉っぱがすっかり無くなって裸んぼ状態だ。


「シンプルが一番よ。それに、ほら、庭も明るくなったじゃない」


「日本刀振り回して、スッキリしたわね、じゃない!お前誰なんだよ」


「庭師の人に自己紹介してもしょうがないけど、私は如月涼華よ。山梨県からこっちに来たんだ。もう、君とは会うことはないと思うけど宜しく」


「よろしくじゃねぇよ!どうすんだよ、これ〜〜」


その時、庭にある一際大きな欅の木が俺たちの方に向けて倒れてきた。

後ろを向いてる横暴女はその事に気づいてないようだ。


「あっ、危ない!」


俺は咄嗟に横暴女を押してその場から脱出する。

横暴女を抱き倒した形になったが、そのあと直ぐに俺の足先数十センチのところに木が倒れた。


『ドッスーーン』


と、大きな音が周囲に響く。


マジ、ぎりぎりだったよ……


俺は倒れた欅の木を見て安堵する。

あれ?倒れた木にナイフみたいなのが刺さってるけど、どういう事?


「う〜〜」


耳元で声が聞こえる。

横暴女がどこか怪我でもしたのか?


「おい、お前大丈夫か?」


「う、うん……」


気がつかなかったが顔と顔の距離が異常に近い。

あと数センチ動けばお互いの唇が触れてしまう距離だ。


「おっと、すまない。しかし、ぎりぎりだった。でも、なんで倒れてきたんだ?」


「あの〜〜その〜〜多分私です」


横暴女の態度が急変してるけど、なんで?

何、顔を赤くしてモジモジしてんの?


「私ってさっきの日本刀で?」


「多分、そうです。つい、力が入っちゃって斬撃飛ばしちゃったみたいな、感じです」


マジかよ。桜の木と欅の木は然程離れていないが、日本刀で届く距離とは思えない。すると、こいつが言ってたように剣を振って斬撃を飛ばしたのか?


欅の木は直径40センチはある。

刀でその太さを斬れるのか?


ありえねぇ〜〜


「お前、何者だよ!」


「さっきも言ったと思うけど、私は如月涼華。貴方……光彦君の護衛官、そして、貴方を見極めに来たものよ。2回目だけどヨロシク」


この横暴女は俺の護衛官?


「はあ〜〜マジ勘弁してよ……」


でも、なんで俺のことがわかったんだ?

さっきまで庭師の作業員と誤解してたのに。

あっ、頭に被ったタオルがない。

そうか、髪の毛の色でわかったのか……


「まあ、これはどういう状況なの?」


楓さんが買い物から帰って来たようだ。

驚いたような顔をしてメイド服をはためかせて近寄って来た。

メイド服を制服とする彼女は、この家でもメイド服で過ごしている。


俺は取り敢えず事情を話す。

暴力女と抱き合っていたことはスルーした。


倒れた木とか散らばった枝とか庭は散々な有様だ。

仕方なく業者を呼んで片付けてもらった。


そしてこの後、俺たち2人は楓さんに正座させられて無茶苦茶怒られた。


理不尽だ……。


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