第83話 御曹司、ムキになる


水曜日


昨夜は母さんと一緒に寝ることになってしまった。

心の内を見透かされそうなので、背中を向けて寝た気がする。

その母親も朝早く戻って行ったようだ。


いつもの時間よりだいぶ早く起きたので、師匠に言われた通り着替えて本宅の敷地内を走る。


すると、走っている背中越しに「おはようございます」と声をかけられた。


ルナの妹のセナちゃんだ。


「おはよう、いつも走ってるの?」

「はい、走る事は修行の基本ですから」


ルナと違って真面目だなあーー。


「お姉ちゃんは元気にしてますか?」

「うん、元気過ぎるくらいはっちゃけてるよ」

「さすがお姉ちゃんです」


「確かにルナは優秀なんだけど、納豆食べようと思ったらカラシがないとか、おでん食べようとしたらカラシが無いとか、そんな感じなんだよねーー」


「カラシですか?意味不明です」


「まあ、例えなんだけどね。でも、随分助けられてるよ。ルナがいなければ、正直何もできないレベルでね」


「うわあ、やはり、お姉ちゃんはすごいです。私も頑張って可憐様にそう言われたいです」


並走して走ってたはずだが、いつの間にかセナちゃんに頭ひとつ抜かされてる。


俺は少しスペースを上げてセナちゃんを追い越す。

男には、負けられない意地があるのだ。

そんなセラちゃんは、余裕そうな顔をしてまた俺を追い越した。


何クソ!


俺はさらにスピードを上げる。

既に箱根駅伝レベルだ。

抜き抜かれながら何周かすると、お互いの息は荒く乱れていた。


先に根を上げたのは……共倒れでした。


どうにかメンツだけは保てたようだ。


「はーはー、光彦兄、なかなかやりますね」

「セナちゃんもいつも走ってるだけはあるね。はーはー」

「光彦兄はもう歳なんですから無理はしないほうが良いですよ。腰にきますから」

「まだピチピチの15歳だし、元気が有り余ってるし〜〜」

「私なんか花の13歳ですよ。既にJKがもてはやされる時代は大昔の話です。今熱いのはJCです!」


すると、木の上からジャンプして降りてきた人物がいた。

こんな奇異な行動をするのは師匠だけだ。


「話は聞いた。今一番熱いのはJFだあ。では、さらば」


そう言って木々をジャンプして消えてった。


猿かな?


「ねえ、師匠が言っていたJFって何?」


「それはジジイ40〜50歳の略みたいですよ。私がJCって自慢すると父さんも勝手に言葉を作って勝手に自慢してました」


大人気ない……


でも、あの年齢であの動きはすごいわな。

俺も真面目に鍛錬するか……


そう思った貴城院家の朝だった。



楓さんの車で学校に行く。

朝の朝食時のことを思い出してため息を吐く。

それは、妹の可憐のことだ。

朝食時に可憐もいたのだが、目が真っ赤でふらふらの状態だった。

もしかして、また徹夜したのか?

お兄ちゃん、心配だよ……。


途中、ベゼ・ランジュの夏波さんからメッセージが入った。


『明日の午後からCM撮影を葛西臨海公園で行います。お昼には会社に来て下さい』


と、メッセージが届いた。


「げっ!マジかよ」


絶対行きたくねえ〜〜。


「どうかしましたか?」


「え〜〜と、愛莉姉さんの会社の人からでね。明日の午後CM撮影するから会社に来てくれってメッセージをもらったんだ」


「愛莉様の会社でCM撮影ですか。わかりました。この櫛凪楓、お迎えにあがります!」


何でそんなに気合い入ってるの?

それにまた、女装しなくちゃいけないのか……憂鬱。


それにこういった予定ってもっと早めに連絡あるよね。

他の予定が入ってたらどうするつもりなの?

何か愛莉姉さんの作為を感じる。


要さんの神社の駐車場で車から降りて、横にあるマンションに向かう。

少し早かったせいか、要さんはまだ来ていなかった。


しばらくすると、美幸と木葉がやってきた。


「あれ、ミッチー直接来たんだ」

「おはよう、美幸、木葉」

「光彦、おはよ。何かあった?」


木葉にそう聞かれてしまった。

顔に出てたか?


「何もないぞ」

「………そう」


他に何かを言うわけでもなくそれだけ呟く木葉。

俺もそれ以上は何も言わなかった。


「お待たせしてすみませ〜〜ん」


朝から元気な要さんがやってきた。

後ろには、巫女さんの瑞季さんが一緒についてきている。


「みんな、遅くなってごめんね。私は要の姉の神前瑞季です。要と仲良くしてくれてありがとう」


美幸と木葉は初見なので自己紹介をしたのだろう。

木葉と美幸もそろって挨拶をしていた。


女子達が話をしているのを少し離れた場所で聞いていると、姉の瑞季さんはこれから大学に行くようだ。


それに遅れた理由を話してるみたいだけど「新婚さんがね、軽いキスから力強い抱擁に変わって〜〜」とか言ってる。おそらく、お隣さんに新婚さんが住んでいて玄関前でキスしてたので家から出ずらかったのだろう。


姦しい女子高生の数歩下がって歩いて行く。

すると、校門付近で声をかけられた。


「おはよう、水瀬君」

「山川君、おはよう」


前のクラスで情報通のオタクの山川君だ。


「水瀬君、何も言わずにこれを見て」


山川君は取り出したスマホを俺に見せた。

そこに写っていたのは……


「何これ‥‥クオリティー高すぎだろう!」


「うんうん、その反応、期待通りだよ」


「どうしたの、これ?」


「この写真はね。フランスのドール職人が手掛けた実物大の1/5スケールのドールなんだ。フィギュアと違って髪の毛もサラサラだし、服も手作りらしいよ。職人技というより最早神業だよね」


俺の大好きな『ニート転生』の3人のヒロイン達が精密に再現されていた。


欲しい……


「これ、売物なのかな?」

「どうも趣味で作ったらしくて本人も気に入ってるようなんだ。あるお金持ちのコレクターが一体1万ユーロで買いたいって交渉したらしいんだけど売ってくれなかったらしいよ」


でも欲しい……


この間の運営本気のロカシーのフィギュアはもらえなかったし。

でも、あのフィギュアはまだお店で売ってるから自分で買える。

これは、きっとお金を積んでも買えないかもしれない。


だがしかし、欲しいものは欲しい!


「これを作った職人さんってどうしたら連絡つくの?」


「『呟いたー』でこの職人さんのアカウントに連絡すれば?これが紹介されたのも『呟いたー』だし。でも、フランス語だよ』


「そうだよね。わかった、ありがとう、山川君」


そうお礼を言うと山川君は嬉しそうに自分のクラスに向かった。

おそらく他のオタク仲間にこの事を教えるつもりなんだろう。


さて、こうしちゃいられない。

俺は、急いでそのドール職人のアカウントを探すのだった。





時間は少し遡り……


ここは、青山1丁目にあるタワーマンションの一室。


「ねえ、夏波。言いたくはないんだけど、なんでコタツ?それもこんな広くて素敵なリビングの真ん中にポツンと置くなんて絶対、変!」


親友の城戸夏波からのお誘いでおでんの具材を買って、噂のタワーマンションを訪れた神崎美冬は、二重の意味で驚いていた。


電話ではいろいろ報告を受けていたが、想像してた以上の豪華で広い部屋なのに、見晴らしの良いリビングの真ん中に小さなコタツが置かれていたからだ。


「そう?でもコタツって最強だと思うんだ」


何と競って最強なのかと思わず言いたくなったが、夏波の性格を思い出して頭を抱える美冬だった。


夏波と美冬は、大学入学と共に地方から一緒に都内に出てきた幼馴染だ。幼馴染でありながら、こうして一緒にいるのは美冬が夏波のことを心配していたからだ。


夏波は、とにかく危なっかしいし、忘れっぽい。

こんな夏波が秘書課に配属されたと聞いた時はベゼ・ランジュの人事課の脳みそを疑ったほどだ。


だけど、見た目がとても有能な人物に見える。それに、とても運が良い。最早、強運、いや、豪運の持ち主なのだ。


美冬達が就職活動時期、美冬が数社の企業からお祈りメールをもらい、やっとの思いで希望のひとつであった旅行会社に内定をもらったのだが、夏波は、このべゼ・ランジュの会社にあっさりと採用された。


他にも数えればキリがないほどその手のネタを持っている。

最近では、このタワーマンションを部屋をお詫びというだけの理由でもらったことだ。


「あれ、美冬もおでんのネタ買ってきたの?ほら、私もたくさん買ったんだ」


「夏波、私がおでんの具材買って行くからね、って言ったわよね?」


「うん、だから私も買ったんだ。美冬だけに買わせたら悪いと思って」


頭を抱える美冬だった。


「………それより、どうすんの?この量は2人では食べきれないわよ」


「そうだ!後で愛莉社長にお裾分けするよ。アメリカに出張してたから日本の料理が恋しいだろうし」


そういうところは肝が据わっている。


神崎美冬のお祖父さんは、国会議員をしていた地元では有名な家だ。

そんな、お祖父さんが小さい頃から言ってたことがある。

貴城院家の者とはことを構えるな、と………

だから、余計に夏波のことが心配で仕方がない。


「まあ、いいわ。じゃあおでん作ろうか」


美冬は、諦めたように思考を閉ざして料理をする。

料理と言っても買ってきたおでんの具材を鍋に入れるだけなのだが……


「そういえばカラシはあるわよね?」

「えっ、私買ってないよ」


顔を見合わせる二人。

カラシがなくてもおでんは美味しい。


「そうだ!マヨネーズに七味を入れればカラシっぽくならないかな?」

「私、そんなチャレンジャーじゃないわ。無くてもいいわよ、そのままでも美味しいし」


出来上がったオデンは、案の定、オデンが鍋からこぼれ落ちそうな状態になっている。

それでも、あと鍋二つぶんあり別の鍋に入れてある。


「私、これを愛莉社長に持っていくね」


そう言って鍋を抱えて部屋を出て行った。

美冬は、日本酒を電子レンジで温めて、チョビチョビ飲みながら窓の外の夜景を見ながらおでんを摘んでいた。


しばらくすると、青い顔をした夏波が帰って来た。


「どうしたの?顔真っ青だよ。愛莉社長に何か言われたの?」


「違うよ。愛莉社長は、とても喜んでいたよ。それにとても優しいし。ほら、お返しにワインもらっちゃった」


夏波は、見るからに高そうなワインを抱えている。


「じゃあ、どうしたのよ?」


「明後日、CM撮影があるんだけど、肝心の光彦様に連絡を入れるの忘れてた……」


「はあ!それまずいんじゃないの?もし他の予定が入ってたらどうするのよ」


「どうしよう〜〜」


「とにかく直ぐに連絡入れて謝りなさい!」


「うん、わかった。でも、お酒飲んでからでいい?今連絡する勇気ないよ〜〜」


「まあ、お酒の力を借りるってのは悪くないけど、忘れないで連絡入れるのよ」


だが………お酒とは怖いもので……


「う〜〜頭痛い……」

「あっ、もうこんな時間。夏波、シャワー借りるわね」


お酒を飲んで盛り上がった二人はそのままコタツで寝てしまった。

起きて頭を抱える夏波。

出勤のためにシャワーを浴びる美冬。


だが、二人はとても大事なことを忘れていた。

それを思い出した二人は一気に酔いが覚めたそうだ。

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