第15話 御曹司と子猫


昼休みが終わる頃、俺は教室に戻る途中で同級生に声をかけられた。


「なあ、お前如月さんの従兄弟なんだろう?」


その男はクラスメイトでもあり、吉祥寺君とよく一緒にいる井の頭君だ。


「従兄弟ですけど、どうかしましたか?」

「はあん、なんかいけすかない喋りをするなあ。とにかく放課後ちょっと付き合えよ」

「特に予定はないのですが〜〜う〜〜む」

「ウザいんだよ!お前の予定なんぞ関係ねぇ!放課後、体育館裏に来いよな。来なかったらシメるからな」


そう言って教室に入って行った。


こ、これは、あのラノベに出てくるヤンキーが陰キャを脅すシーンなのでは?

おお〜〜やはり、俺の最強の『陰キャ』コーデに価値はあったのだ。

面倒臭いのは事実だが、正直言って『陰キャ』を認められたようで嬉しく思っていた。


俺は、放課後どう対応するか考えて先生の話をほとんど聞いていなかった。


そして、放課後。


俺は、いそいそと体育館裏にやってきた。


「あれ、まだ来てないのか。早過ぎたか?」


そう言えば、クラスを出る時、井の頭君はまだ教室にいたっけ。

脅される側が先に来ているパターンってラノベにあったかな?


まあ、いいか。


俺は、しゃがみ込んでスマホを取り出してニュースを見る。

……千島列島沖で地震が発生。津波はなし

……某国のミサイルの残骸が日本海側の海岸で発見される

……モデルの結城千夏、緊急入院か

……今週の天気、平年並みか


お、遅い……


「もう、何してんだろう」


俺は時間を持て余し、落ちていた石を蹴って遊ぶ。


「はあ〜〜忘れてたりしないよね?」


あんな勢いで来いって言ってたし、普通は忘れたりしないだろう。


「まだかなあ〜〜」


すると、何やら体育館の裏の林でゴソゴソと何かが動いた。


「まさか、体育館の裏って、学校の外ってこと?フェンス乗り越えて林の中にいけと?」


そこで井の頭君達が待ってたら失礼にあたる。

俺は、フェンスを乗り越えて先程何かが動いていた場所を目指す。


『にゃ〜〜』


えっ、猫だったの?


人懐っこい子猫のようでその場から動かない。

よく見ると怪我をしてるみたいだ。

黒いオーラが子猫に巻き付いている。

それもやたらと濃い。


「お前、生きたいか?生きたいよな。俺だってそうだ」


俺は、その黒と白のマダラ模様の子猫をタオルで包んで抱き上げる。

「にゃ〜〜」と弱く鳴くだけで抵抗してくる様子はない。


スマホで近くの動物病院を探す。

都合よく、ここから1キロ程のところに病院があった。

俺はその病院に連絡を入れて診てくれるか確かめると、快い返事をもらえた。


「行くか」


子猫を抱えてスマホのナビを使って、その病院を目指す。

約15分ぐらい歩いてその病院を見つけた。


病院の扉を開けると、待合室のようなところには誰もいなかった。

小さな受付の窓口で、奥に向かって声をかける。


「すみません、先程連絡入れたものですが」

「はいよ」


中から、60歳は超えている全体的に小さめな男性が現れた。


「中に入んな」


ぶっきらぼうな言い方だが、どこか温かみがある声だ。


「その台の上に置いてくれ」


俺はタオルごと子猫をその台の上に置く。

その医者は、置かれた猫を見て身体を触診し出した。


「この猫は飼い猫じゃねえなあ、野良猫か?」

「ええ、学校の近くでうずくまっていたので連れてきました」

「そうか、兄さんは外に出ててくれ。これから写真を撮って中身を見てみるからな」


そう言われたので、俺は先程の待合室にある椅子に腰掛けた。

約、1時間ほどその場で待っていると、医者がポリポリと頭をかきながらやってきた。


「足の骨が折れてる。長い間餌を食べれなかったようで身体が衰弱してる。一応、こちらで預かって様子を見るがそれでいいか?」


「お願いします」


「わかった。あと、これに連絡先とか書いてくれ。それと、この猫どうすんだ?お前さんは飼えるのか?」


そうだよな。

一時的に保護して病院に連れてきてもその後のことがある。

飼えない人だってたくさんいるだろう。


「ええ、うちで飼おうと思います」


そう答えると、医者は少し喜んだような顔をした。

初診料込みで8500円を支払い、今後の治療でかかる費用を俺に伝えてきた。


俺がその旨を了解すると、ゲージに入れられた子猫のところまで案内してくれた。


子猫に巻き付いていたオーラは消えた訳ではないが、だいぶ薄くなっている。これからの治療により、おそらくそのオーラも消えていくだろう。


「取り敢えず連絡先は聞いたから、何かあったら連絡を入れる。暇があったら会いにきてやれ」


「わかりました、また来ます」


病院を出ると、陽が沈みかけている。

俺は、連絡の入ったスマホを見つめる。

楓さん……涼華……木葉……ルナ……角太……


「俺にはこんなに心配してくれる人がいるんだ。死ねないよなあ」


半ば諦めていた心に、少しだけ光が差した気がした。





夕食の時間になんとか間に合い、心配してるみんなの顔を見て心が痛む。

スマホの位置情報とかで俺の場所はわかっていたとしても、無事な姿を見るまで心配なのだとみんなに言われた。


そうだよな、位置情報でわかるよな……

昔から俺にプライバシーなどないので、そこのところは何も言わない。


先に連絡を入れているので子猫を保護したことはみんな知ってる。

夕食時には、その子猫の名前を何にしようか盛り上がっていた。


「光彦様、今週の土曜日に愛莉様の企業のパーティーがあります。愛莉様をはじめ、お母様のクリスティーナ様、妹の可憐様も日本に来られます」


「そうか、みんなに会うのは1年ぶりくらいかな」


「ええ、光彦様の誕生パーティーにも出席できませんでしたので、今回お会い出来ることを楽しみのしていると聞いています」


「わかった、予定は開けとくよ」


「はい、それと愛莉様の化粧品会社のサンプルが届いてます。身近な人に使ってもらってその時感想をもらいたいともおっしゃってました」


「それって女性用だよね。みんなに分けてあげて」


「ええ、既にみなさまにお渡ししています」


さすが、楓さん、仕事が早い。


「光彦君のお姉さんがベゼ・ランジュのオーナーさんだったなんて知らなかったよ。これ、今若い子の中で物凄く人気なんだよ」


「そうか、話をするのを忘れてたわけじゃないんだけど、あまり姉さんとは関わりたくなくてね」


「愛莉は凶暴、暴力女以上」


すると涼華が「誰が暴力女よ!」と木葉に特攻してた。


「そうか、木葉は会ったことあったっけ」


「連れ回されて酷い目にあった」


「ははは、俺も木葉のこと言えないよ。確かにトラウマレベルだし」


そうか、みんなに会えるのか……

俺の黒いオーラが示す残り時間はおおよそ今週の日曜日から火曜日にかけて。

その前に家族に会えるのは、神様のおかげかな。


あれ、そういえば何か忘れている気がする……何だっけ?





桜宮家のリビングでは、夕食後のティータイムを楽しんでいた。


そこに、当主の桜宮嘉信が帰宅する。


「「「お帰りなさい」」」


百合子、美鈴、翔一が嘉信に帰宅の挨拶を交わす。


「ただいま、皆んなはお茶を楽しんでたのかい?ちょうど、取引先から南方のお茶を頂いたんだ。柚里波さん、これを入れてくれるかい」


嘉信は、使用人に綺麗に包装されたお茶を手渡した。

そして、言いにくそうに家族に話し始める。


「貴城院家の事なんだがな〜〜」


「お父様、ご連絡があったのですか?」


実は連絡は何日も前に櫛凪さんからあったのだ。

だが、それを美鈴に伝え忘れていたのでどうも気が重いのかもしれない。


「まあな、それでだけど、今週の土曜日に愛莉ちゃんの会社の欧州販路拡大の成功を祝ってパーティーが開かれるそうだ。そこに、光彦君も来るらしい」


「本当ですか!光彦さんに会える……」

「じゃあ、俺はゲーム持ってこう。光彦兄ちゃんとゲームするんだ」


美鈴と翔一は、嬉しそうに顔をにやけさせる。


「でも、貴方。パーティーのお誘いとしては急ではなくて?」


妻の鋭いツッコミに嘉信も少し慌てる。


「まあな、向こうもいろいろな都合があったのだろう」


「貴方、何か隠してませんか?」


百合子は、疑いの目で嘉信見つめた。


「そ、そんなことはないぞ。うん、連絡があったのを忘れていたなどあってはならないことだ」


「忘れていたのですね?」


「ひ〜〜っ、ごめんなさい」


観念した嘉信は、みんなに頭を下げた。

そして、後で百合子にくどくどとお説教されている自分を想像して気が塞ぐのだった。

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