第16話 御曹司が通っていた学園
光彦が以前通っていた学園は、都内にあるある限られた者達しか通うことができない少し特殊な学園だ。
日本に幾つかある旧財閥系と呼ばれる旧家の家の者達と戦後大きく力を伸ばした新家と呼ばれる家の者達が主にその学園に通う。
因みに貴城院家は、新旧ともに頂点に君臨する家柄だ。
だが、近年ではバブル崩壊後に勢力を伸ばしてきた家がある。ネット社会の波にのり株や投資を積極的に経営の一部に取り込んだ新興家と呼ばれる家の者だ。
彼らは経営が落ち込んでいたり、低迷している新旧の家に投資や資金援助をして新興家としての立ち位置を確立し、この学園にも何人ものその子息子女がいる。
さて、その日本を代表するこの朱雀学園は、現在混乱期にあった。
新興家の家の者達が勢いを増したのである。元来、古い慣習を古くさいと称して軽るんじる新興家は、この学園の旧態依然とした学風を良しと思わなかった。
だが、その傾向は今始まったわけではない。以前から燻っていたものが溢れ出しただけである。
そう、新興家の不満が溢れ出した原因が貴城院光彦の不在だった。
光彦は意図せずに要石の役割を担いでいて、学園の均衡を保っていたのである。
その学園の廊下では二人の男性が会話しながら並んで歩いていた。
「三橋君、今日の放課後の予定はいつのも遊びで構わないか?」
「そうだね〜〜最近、変わり映えしないメスに飽きてきたし、ここらで極上のものを食べたいね」
「そうは言っても用意する俺の身にもなってくれよ。新人アイドルやモデルもそうそう揃えないよ」
「それを何とかするのが君の役目だろう?僕は資金提供してるのだからね」
イケメンの男は、フツ面の三橋恭也に頭が上がらないようだ。
三橋恭也という男は、バブル崩壊後株で儲けた資金を注ぎ込んで企業を買収しM&Aを中心として勢力を伸ばしてきた企業の息子だ。
お金に関しては、それなりに持っているらしい。
「わかってるが、壊すのだけは勘弁してくれ。これでも後の処理が面倒なんだ」
「ははは、すぐ壊れる方が悪いと思うけど?だいたい近頃のメスは根性が足りないんだよ。そのまま言いなりになってれば業界でのしあがれるのにさ」
三橋恭也は、お気に入りの娘には資金援助を惜しみなく与えていた。
すると、前から4〜5人の女生徒が歩いてくる。
前にいるのは、桜宮美鈴だ。
三橋達は女生徒が教室に入るまで、その様子を下心満載の舐めるような下衆な目で見ていた。
「極上とはあのような物達を言うんだ。近藤君、頼めるかい?」
すると、慌てたようにイケメンの近藤は話しかけた。
「無理言うなよ。いくらお金を積んでも無理なものは無理だ。高校からこの学園に来た三橋君にはまだわからないだろうけど、手を出してはいけない相手がいるんだよ」
「ああ、だがやりようはある。そうだろう?」
「だめだ。貴城院が黙っていない」
「ははは、何が貴城院だ。古くさい掟に縛られた一族じゃないか。そんなものが今の世の中で通用してる方がおかしいんだ。前の学校では手に入らないものは何もなかった。父に頼んでこの学園に来たけど、ここは古くさくて息苦しいよ。その頂点の女があいつらだろう?手に入れたら少しは風通しも良くなると思うんだけどね」
新興家の出である三橋君は、新旧の家柄をそのようにしか認識していなかった。
だが、新家出身の近藤は、家のしがらみをそれなりにわかっている。
「この件に関しては僕には荷が重すぎる。諦めてくれ」
「おい、おい。近藤君のところの家が経営する会社に資金提供をしてるのは誰だい?僕が父に言えばどうなるかわかってるんだろうね」
「…………わかった。でも期待はするなよ。俺だって命は惜しい」
「何、言ってるんだ、君は。この国は法治国家だよ。命の危険ってバカバカしい。僕には優秀な弁護士もついてるし問題ないよ。もし、そんなことがあれば私の方でその手の筋の人達に声をかけるよ。僕がどこから薬を調達してるのか、君だって知ってるだろう。ははは」
イケメンの近藤は、何も言えなかった。
頭の中は、どうやって三橋君を説得するか考えていた。
◆
「何ですか、あの者達は!美鈴様を汚い目で見つめるなんて」
美鈴と並んで歩いていた三条智恵は、新興家の最近の横暴さに腹を立てていた。
この学園では、表立った身分制度はないが、暗黙の了解として下の者は上の身分の人を安易に見てはならない決まりがある。
勿論、声を直接かけることも憚れていた。
(光彦様がいらっしゃらないから、こんなふうになってしまって……)
三条智恵は、突然居なくなった光彦に、怒っていた。
それは、塞ぎ込んでいた桜宮美鈴を思うが故だ。
(だが、今日の美鈴様は、前のように明るい美鈴様に戻られた。何があったのかはわからないが、美鈴様には笑顔が似合うわ)
「智恵さん、そんな風に言ってはいけませんよ。皆さん、この学園の生徒なのですから」
(美鈴様は優しすぎる。光彦様がいないこの学園で美鈴様を守れるのは私だけだ)
「そうですね。ですが、不躾な目線を不快に思うのは当然です。美鈴様もお気をつけて下さいね」
「あら、それを言うなら智恵も気をつけてください。智恵はとても美しいのですからね」
三条家、皇室の血縁にあたる有名な旧家だ。
その先祖は士族出身でありながらも時の皇族と婚姻会計を結び、政治手腕を買われてこの国の舵取りを行なってきた家である。
また、その子孫達は貴城院家とも婚姻関係を結んでおり、光彦や美鈴にとっては親戚にあたる。
「そうです、お二方は天から舞い降りた天女のようなお方なのですから、殿方との接触は絶対にお控えくださいね」
そう話しかけてきたのは、霧峰美里。
貴城院セキュリティーサービスに席を置く霧峰家一族の娘だ。
霧峰家は、菅原家と並ぶ忍びの一族でもある。
霧峰家の当主である霧峰泰造と光彦の師匠でルナの父親菅原祐之介とはライバル関係にあり、裏の菅原、表の霧峰と言われるほど忍びの一族の中で権威を誇っている。
「それはわかっているわ。気をつけるから大丈夫よ、美里さん」
三条智恵は、美里の言葉に答えながらも、最近の学園の変化にこのままでは済まないのではないかと不安を感じていた。
「そうだ、今度の土曜日はお暇ですか?」
「どうしたのですか?美鈴様。特に予定はありませんが」
「智恵さんも美里さんも土曜日ご都合が宜しければ、愛莉様の会社のパーティーがありますの。もし、よろしかったらご一緒しませんか?」
「ええ、愛莉様のパーティーならば是非ご一緒させてください」
「私もご一緒させていただけるので有れば、是非にでも。ですが、私が一緒でも構わないのですか?」
「ええ、愛莉様に連絡を入れたところ、友人の方も是非にとおっしゃってました。それに化粧品の参考に若い女性の方の意見が聞きたいとおっしゃられてましたので、お喜びになると思います」
「それならば、是非にでもご一緒させて下さい」
「ええ、後で詳細をお渡ししますね」
美鈴は、嬉しそうに2人を誘った。
でも、その心はパーティーで光彦に会える事を心待ちにしていたのだった。
◆
学校に着くと俺は、ふと思い出してしまった。
そうだ、昨日の放課後、井の頭君と体育館裏で待ち合わせしてたんだった。
子猫のことで正直どうでもいいことはすっかり頭の中から消えていた。
これは、井の頭君が怒りを爆発させてボコられるケースに違いない。
それはそれで少し楽しみでもある。
一般人がどの程度の強さなのか知るには良い機会だ。
おっと、井の頭君が登校してきたぞ。
うんうん、俺をひと睨みして吉祥寺君の席に行ってしまった。
涼華といえば、クラスの中心人物達と楽しそうに会話してる。
その中に吉祥寺君と井の頭君がいないのは、涼華に振られたからかもしれない。
確かに気まづいよな〜〜
そう思いながらスマホに目を通すと、港区の倉庫でバラバラ惨殺事件があったらしい。まだ、詳しい情報はニュースになっていない。
ふと外が騒がしくなった。
学園の側を選挙カーが走りながら候補者の名前を連呼している。
学生が勉強してるところに選挙カーって、候補者は勉強の邪魔をしたいのだろうか?
おっと、井の頭君が俺のところに近づいて来たぞ。
彼は周りに聞こえないように話しかけてきた。
「今日の放課後、わかってるな」
「うん」
「ちゃんと来いよ」
「うん」
陰キャっぽく返事をすると、井の頭君は自分の席に戻っていった。
今日は来るんだよね。
昨日は、早く行きすぎたから、遅めに行こうと俺は思っていた。
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