第39話 城戸夏波の災難


力学系の状態にわずかな変化を与えると、そのわずかな変化が無かった場合とは、その後の系の状態が大きく異なってしまうという現象、つまり、「蝶がはばたく程度の非常に小さな撹乱でも遠くの場所の気象に影響を与えるか?」という問い掛けた気象学者のエドワード・ローレンツの提言に由来する『バタフライ効果』という現象がある。


俺は、このはばたく蝶なのではないかと俺は思う。


あの時、何もせずに電車に揺られていれば、こんな大事にならなかったはずである。


でも、ちょっとやり過ぎだよね〜〜

マジ、楓さん、怖いし……


家に帰って遅めの夕食を食べながらそう思う。

もうすぐ日が変わる時間なので、みんなは部屋に戻っている。

だから、楓さんと一緒のご飯なのだが、気まづい……


「そういえば光彦様のスマホが電源が切れておりました。充電不足のようですのでここの充電器をお使い下さい」


「うん、ありがとう」


スマホを取り出して充電器に繋いだ。


「あのさ、衛星のレーザー砲を使ったよね。昔、研究所の人達から聞いたんだけどその時はひとつの島を沈めたとか物騒な事を言ってた気がするんだけど、もしかして威力を抑えたの?」


「ええ、フルパワーでは、関東が消滅する威力ですので最小限に調整してあります」


「そうなんだあ〜〜へえ〜〜」


そんなもの開発すんなよ。

怖いよ……


「あそこにいた警察官や関係者の人は、また研修施設行き?」


「そう言う人もいるでしょうが、それ以上は言えません」


マジで……聞かなきゃ良かった。


「というと、裏も取れてる感じ?」


「はい、調査によると、あの署長は物品納入業者からの賄賂をはじめ、賭けゴルフから賭け麻雀などを嗜み、自分の地位を盾にして身内の事件の揉み消し行為などを行なっていました。挙げ句の果てに署内の若い府警といかがわしい関係を築いてるとの報告もあります」


「そうなんだ。よくそれで家族が、とか言えたもんだね」


「全くです。ですのであそこで焼き豚にする予定でした」


楓さんは無茶をするが、その根底にはキチンとした理由がある。

署長のことが世間に公になったら警察の威信に関わる。

それを、未然に防いだとも言えるのである。


まあ、それでもやり過ぎだよね……


「いつもの通りに罪のない無関係な人達は、数日で帰れるんでしょう?」


「ええ、家族などの情報を調べた上で判断してますが、早急に家に戻らないといけない人もいるでしょうし、個別に事情を聞いて対処してるはずです」


うん、それなら良かったよ。

少し安心したよ。


「そういえばルナ、いるんでしょう?」


ルナを呼ぶと台所から納豆をかけたご飯茶碗を持ちながら、顔を出した。


「用があって1人で行動したのは悪かったと思うけど、もしついてくるなら一緒に行こうよ」


「主人、それはできません。ルナは忍びの者。影から見守るのがルナの仕事です。ニンニン」


「まあ、ルナがそう言うなら仕方ないか。でも、偶には一緒でも良いだろう?」


ルナ、口を閉じろ!

口から納豆の糸が滝のように垂れてるぞ。


「主人が天然さんなのは知ってますが、これは卑怯でござる。さらば」


そう言ってルナは姿を消した。


何が卑怯なんだ???


「それと光彦様、桜子様なのですが、今、梅子様のところに滞在しておりまして数日内にはこちらに戻るそうです」


ホテルの事件以来姿が見えないと思ったけどお祖母さんのところの言ってたんだあ。


「そうなんだ。わかったよ。そうだ、もうスマホの電源入るかな?」


スマホが目に入ったので電源を入れると……


『ポン、ポン、ポン、ポン…………………………』


これでもか、と途切れぬ電子音が鳴り始めた。


「えっ、何が起こってる???」


楓さんも驚いて俺のスマホを覗き見る。

すると、


「光彦様、『呟いたー』に登録されたのですね。それは、光彦様の呟きにフォローした人達の通知です。いったい、何を呟いたのですか?」


これは、もう楓さんに隠せない……

俺は、今日のことを含めて全て告白した。

すると、楓さんは、自分のスマホを取り出して俺のアカウントを探してフォローし出した。


え〜〜っつ、マジ?


「光彦様、このお姿是非生で見たいです。今着替えましょう。さあ、早く」


「楓さん、落ち着いて!そのうち機会があると思うからその時ね。それより、どうしたらこの電子音が止められるの?」


「それでしたら設定から操作すれば……」


「楓さん、悪いけどやってもらえる?まだ、スマホ慣れてないし」


「はい、ではお借りします」


楓さんは俺のスマホをいじくりながら操作してる。

夏波さんに負けない指使いだ。


「光彦様、できました。それと夏波さんとおっしゃる方から何度も連絡が来てるようですよ」


「え、何だろう。夏波さんは今日の女装を手伝ってくれた人だよ。頼んだ愛莉姉さんが忙しくてね」


「そうでしたか、でも、少し気になりますね。早く連絡を入れてみて下さい」


「じゃあ、連絡してみるよ」


俺は夏波さんに電話をかけた。


『もしもし……』


『わ〜〜繋がった。光彦様、助けて〜〜』


『えっ!?』


夏波さんからの連絡は救難連絡だった。





「今日の私はツイてたなあ〜〜」


秘書課に配属されたばかりの私には、まだ仕事らしい仕事が無かった。

それが幸いしたのか、来社された光彦様にお茶をお出しするようにと上司から命じられた。


光彦様とお会いするのは初めてだけど、秘書課には重要人物の写真入りの接待ファイルがある。


それを何度も見て顔は覚えている。

というか、こんなイケメン忘れろったって忘れられるわけがない。

銀髪のサラサラした髪の毛。

少し堀の深いお顔。

アイスブルーに近い薄い黒い瞳。


はあ、まるでお伽噺に出てくる王子様みたい。


今までこんなイケメン見たことない。

テレビや雑誌に出てくるアイドルやモデルなんかの比ではない。


どうしよう。上手く接待できるかしら……


不安を抱えながらも来社された光彦様にコーヒーを淹れる。

部屋のドアをノックして開けて、テーブルにコーヒーを置こうとしたら、そこにいたのは眼鏡をかけた長い黒髪の少年だった。

思わず『光彦様ですか?』と声をかけてしまった。

その後のことはよく覚えていないけど何故か光彦様と握手をしてた私。


どうしたらそんな状況になるのよ〜〜!


そこへ愛莉社長がいらっしゃって、思わず土下座して謝ってしまった。


何してるの、私!


愛莉社長に許してもらい、そのうえ光彦様の接待を任された。

う〜〜緊張でおしっこ漏れそう〜〜。


途中、怒られるかな?って思いながらもトイレに寄らせてもらった。

光彦様は、何も言わずに待っていてくれた。


優しい……ここ会社だけど、デートしてる気分。


そして、モデルの人の控え室に入ると、光彦様から事情を聞かされた。

大事な物を取られた挙句、ネットオークションに出品するなんて酷い。

そして、光彦様の女装を手伝ったのだが、最初は緊張してたのだけど、光彦様がどんどん綺麗になっていくのを見て我を忘れてしまった。


もう、完全に女子高生の時のノリだった。


そして、完成した超美少女。

素が良いのはわかってるけど、ここまで仕上げたのは私だ。

職人さんが丹精込めて物を造り終えた気持ちをこの時味わってしまった。


綺麗、綺麗、綺麗……


暴走した私を誰が止められるというの?

それに、私じゃなくてもきっと暴走するでしょう?ね?ね?


一緒に写真を撮った時は感極まって少しチビってしまった。

トイレ行ったばかりなのに〜〜


そして、不慣れだという理由だけで、個人情報の集合機であるスマホを私に貸してくれたのだ。


こんなチャンスはもう二度とない。

私は、光彦様の女性バージョンのアカウントを作成して思わずフォローした。そして光彦様のスマホで私のアカウントにフォローしてもらった。


これで、フォロワーが11人になった。

何か嬉しい……


おまけにさっき撮ったばかりの二人のツーショットを私のアカウントで掲載させてもらった。


初の顔出しで不安だったけど、光彦様とならたとえ地獄にでも行ってやる。


それから、光彦様のスマホでアカウントを作り写真投稿サイトの『イン◯スタ』にも登録してさっき撮った写真を数十枚掲載した。

勿論、私のアカウントにフォローしておく。


そんなことをしてるうちに、光彦様のスマホと私のスマホの充電が切れそうになった。


はあ〜〜もうおしまいか……残念。


そんな女子高生気分の軽い気持ちで、してしまった事がこんなことになるなんて思いもよらなかった。


仕事も終わり、ウキウキ気分で近くのお弁当屋さんでお弁当を買ってワンルームの家に帰ると、電源の切れたスマホを充電させた。


とりあえずシャワーーを浴びて、冷蔵庫から缶ビールを取り出して、飲みながらお弁当を食べる。


充電ケーブルをつけたままスマホの電源を入れると……


『ポン、ポン、ポン…………………………………………』


ホーム画面に大量の通知が表示される。

しかも、リアルタイムに次から次へとその通知が流れていく。


「何これ……」


通知を見てみると『呟いたー』と『イン◯タ』からの通知がほぼ交互に流れていく。


「えっ!?何が起きてるの?」


すると、高校、大学と一緒だった仲の良い友人から直電がかかってきた。

電話に出ると……


『夏波?やっと繋がった。あんた、何したの?私の『呟いたー』のアカウントのフォロワーが凄いことになってるのよ。みんな夏波のところから流れてきてるの』


この友人は神崎美冬。私とは季節繋がりで仲良くなった数少ない友人の一人だ。


『ごめん、私充電切れてて状況把握してない』


『夏波がミッチーと一緒の写真あげてたでしょう。そのミッチーが謎の美少女って事でバズってるのよ。もう、20万件ぐらいフォロワーがいるんじゃないかしら。そのミッチーの友人である夏波がその余波を受けて夏波のフォロワーも凄いことになってるわよ。それで、その謎の美少女ミッチーといつ友達になったのよ!』


そういうことか……でも、これってどうすれば?


『会社の関係で知り合ったのよ。今日会社に来て『呟いたー』登録したいけどよくわからないから私が登録してあげたの』


『そうなんだ。でも、これからあなた大変よ。ミッチーを探してマスコミが騒いでるみたいだし、芸能事務所からも連絡してるみたいだよ。きっと夏波のところに連絡くるわよ。唯一の手掛かりなんだから』


美冬に言われて急に怖くなった。

そういえば、今日帰ってくる時、家の周りに見知らぬ人がウロウロしてたっけ。


「もしかして!」


カーテンを少し開けて外を見る。

すると、普段行き交う人が少ない道に何かを探してる風の人が結構いた。


「ひっ!」


やだ、怖い、怖い、怖い……


もし、家にまで押しかけて来たらどうしよう。


『美冬、外にたくさん人がうろついてるよ』


『やはり、そうなったのね。ネットの特定班ってのがいて写真や『呟いたー』の履歴から住所とか調べる人がいるのよ。危険だから今日はホテルにでも泊まった方がいいわ』


『もう、遅いみたい。ここから出られないよ〜〜』


『困ったわね〜〜私のところにも特定班絡みのメッセージとか来てるのよ。私の家もバレる可能性があるから私はこのアカウント削除するからね。夏波が勤めている会社、貴城院グループなんでしょう。誰か相談できる人とかいないの?』


美冬にそう言われて真っ先に思い浮かべたのが光彦様だ。


『うん、そうだね。連絡してみるよ。ありがとう美冬。それに迷惑かけてごめんね』


『そんなこといいわよ。とにかく気をつけてね。じゃあ、また』


美冬との電話を切り、直ぐに光彦様に連絡を入れる。

だけど、スマホの電源が入ってない様子で繋がる気配はない。


すると、玄関チャイムの音と同時に『ドンドン」とこの部屋のドアを叩く音がした。


「中にいるんでしょう?少しお話ししませんか?」

「ミッチーとはどんな関係なんですか?ミッチーの詳しい情報を教えてください」


そんな声がドアの外から聞こえて来た。


もう家、わかっちゃったの?


う〜〜怖いよ〜〜。


助けて!光彦様。


私は布団を被って光彦様に連絡を何回も入れたのだった。

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