第40話 御曹司はお疲れ


『光彦様、助けて!』


スマホの向こうで夏波さんの悲痛な声が届いた。


『夏波さん、どうしたの?落ち着いて説明してくれる?』


すると、夏波さんが、言葉を途切れさせながら事情を話してくれた。


え、これって俺のせいだよね?


その間近くで楓さんが俺達の会話を聞いてくれてたので、既に自分のスマホを取り出してどこかに連絡を入れていた。


「光彦様、夏波さん宅にK・S・Sの者を向かわせました。10分程度で到着すると思います。2〜3泊できる荷物をまとめといて下さいと話して下さい」


『楓さん、ありがとう。夏波さん、今の会話聞こえた?聞こえたなら泊める用意しといてほしい。そう、これは俺の責任だからもう夏波さんに迷惑をかけないよ』


夏波さんと会話している時にK・S・Sの人が来たようだ。

女性の職員と男性の職員のようで、これからホテルに行くらしい。


『ごめんね。迷惑かけて、この埋め合わせはちゃんとするから』


そう言って電話を切った。


「はあ〜〜参ったな。夏波さんに凄い迷惑かけてしまった。愛莉姉さんからも怒られそうだ」


「光彦様、夏波さんには、青山一丁目にある当家のタワーマンションに引っ越された方がよろしいかと。セキュリティーもしっかりしてますし、愛莉様の会社にも近いです」


「そうだよね、迷惑かけちゃったし、でも空いてるかな?」


「ええ、VIP用の部屋が空いてます。それに光彦様の部屋もあるはずです。どうしますか?」


「VIP用の部屋は、誰か来賓の人が来たら使うかもしれないし、俺はあそこには住まないから俺の部屋があるならそれを夏波さんに渡してくれる?」


「はい、ではそのように手配しておきます」


「うん、お願い」


夏波さんの件はひとまずこれでいいとして、あとで希望を聞いてできるだけのことはしてあげよう。


あと、俺の女性バージョンのミッチーのことだけど、気にしなければどうにでもなるんじゃないかと思う。だって、女装だしね。


だが、気になるのは本来の目的であるネットオークションに出品したのは俺ではない、ということを作者様に伝えて誤解を解きたかったのだけど、どうなってるかあとで『呟いたー』を見てみよう。


「光彦様、今日はもう遅いですし、お疲れでしょうからお休みになられた方がよろしいかと」


「そうだね。楓さんももう休んでね。それと楓さんも今日はありがとう。いろいろ迷惑かけちゃったけど俺の為に怒ってくれて嬉しかったよ。じゃあ、お休み」


「もう、光彦様ったら……」


背中越しにそんな声が聞こえたけど、聞こえないふりをするのだった。





『ピピピ、ピピピ、ピピピ……』


スマホのアラームが枕のそばで鳴っている。

マジ眠い‥…起きたくない。


昨日は濃すぎる1日だった。

登校したら俺のサイン色紙がネットオークションに出品されていたと聞き、その件で愛莉姉さんのところに向かったら轢かれそうなお婆さんがいて、帰りの電車の中で盗撮魔を捕まえたら警察署が瓦礫になって、おまけにネットではバズって夏波さんに迷惑かけてしまって。


どう考えてもおかしいだろう?

俺、呪われてんのかな?

昔から事件や事故に巻き込まれて、おまけに死ぬ思いを何度も経験してるし、お祓いとかした方が良いのか?


桜子婆さんならその手のことに詳しそうだし帰ってきたら相談してみるか。


「ミッチー、おは〜〜。そういえば、話題の謎の美少女ミッチーと同じ名前なんだ、なんかウケる」


「美幸さん、また勝手に入ってきたよね?俺、一応男なんだけど平気なの?」


「何が?だってミッチーだし、それより起きなよ。遅刻するし」


どうしよう?

このハイテンションについていけない。


「わかったから、着替えるから出て行ってね」


「うん、うん、お年頃だもんね〜〜りょ!」


何言ってんだかよくわかんないや。


俺は癒しを求めて盆栽を眺める。

その隣には苔の鉢が一鉢、二鉢?……あれ、一鉢増えてる?


木葉……いつの間に??


着替えて下に降りると、和樹君から「おはよう」と言われた。

なんか和む。

頼むからお姉ちゃんに似ないでおくれよ。

ヤンキーになって『うっす』とか『チーす』とか言われたらショックで俺引きこもる自信があるぞ。


朝食を食べながら涼華が「昨夜騒がしかったけど何かあった?」と聞かれた。「スマホの設定がわからなくていろいろ試してたんだ」と誤魔化す。


食べ終えた俺は、今日こそは平穏な1日が訪れますようにと願うのだった。


そして、みんなで登校して学校に着くと、クラスで人集りができていた。

その中心にいるのは、山川君だ。


「すげ〜〜本当にツーショットで写ってるよ」

「マジかよ。俺のミッチーが山川なんかと〜〜」


山川君は、クラスのみんなにサイン会で一緒に撮った写真を自慢していた。


「彼女はねえ、超美少女だけじゃないんだよ。とても気さくですっごく話しやすいんだ。それに、ここの謝罪文がのってるだろう。これを見た作者さんがまたサイン会を開いてもいいって言ってるんだよ。凄いよね〜〜」


うん、その情報は昨夜見てるので知ってますが、何か?


俺に話しかけてるわけじゃないけど、つい頷いてしまった。

俺も誤解が解けて嬉しいのである。


それにしても昨夜の時点でフォロワーが80万人近くになってる。

これって凄いのか、よくわからない。

そうだ、誤解が解けて嬉しいと呟いておこう。

スマホを操作して書き込む。

すると、クラスのみんなのスマホが一斉に「ポン」となったのだ。


「「「お〜〜ミッチーが呟いてる!」」」


はあ?もしかしてマジでみんなフォローしてるの?


これ、絶対バレたらマズいヤツだ。

俺はスマホを静かにしまった。





今朝のホームルームは、休んでいた角太が行った。


「……というわけだ。それと、部活の申請書を早めに提出するように。それから、水瀬、この後校長室に来てくれ。来賓が来てるらしい。では、今日も一日頑張れよ」


角太から校長室に来いと言われた。

来賓って誰だ?


角太と一緒に校長室に向かう。

角太から


「若、あとで話があります。昼休みに地学準備室で待っていて下さい」

「ああ、わかった。それで来賓って誰なんだろう?」

「私も校長から言われただけなので、詳しくは分かりません。授業があるので一緒に行けませんが、若なら問題ないでしょう、わはは」


そうは言っても、事前情報があるとないとでは心の準備が……


校長室に入ると、校長と話をしている若い女性の背中が見えた。

その女性が振り返ると、


「水瀬君だよね?これ昨日落としたでしょう」


そこにいたのは、岡泉刑事だった。

手に持っているのは生徒手帳。


俺は制服のポケットをまさぐってあるはずの生徒手帳を探したがどこにもない。


「そうみたいです。落としたことに気づきませんでした」


すると60歳近くの白髪頭の校長先生が、話しかけてきた。


「水瀬君、君は轢かれそうになっているお婆さんを助けたそうじゃないか。我が校の生徒が立派な振る舞いをして私は嬉しく思う」


「ええ、とても迅速な行動でした。なかなかできることではありませんよ。警察からも感謝状を渡したいと言ってますが、どうしますか?」


「う〜〜む、それは素晴らしい」


岡泉刑事と校長先生は盛り上がっているが、正直いらない。


「ありがたいお話しですが、助けたのはたまたま目の前にいたからなので、そのように感謝されるほどのことでもありません。申し訳ありませんが辞退させて下さい」


「水瀬君、良いのかい?このような機会は滅多にないと思うが」


「そうですよ。減るもんじゃありませんし、地方新聞には確実に掲載されますよ」


「申し訳ありませんが、辞退します」


そういうと校長先生が


「う〜〜む、水瀬君がそう言うのであれば仕方ありませんね。ですが、名前を伏せて当校の生徒が活躍したことは今度の朝会で言わせて下さい。他の生徒の士気にも関わりますので」


「ええ、それなら構いません」


まあ、学校側としたら良い宣伝材料になるのかな?


「水瀬君は、変わってますね。でも、そのような心意気は好感が持てますよ。はい、生徒手帳。今度は落とさないで下さいね」


岡泉刑事から生徒手帳を渡された。

だが、その生徒手帳に名刺が挟まれている。


「何かあったら連絡下さいね。何もなくても食事ぐらい奢りますよ」と、小さな声で耳元で話しかけられた。


え〜〜この間のホテルの時も名刺もらったけど、そんなにポンポンくれるものなの?


何故か、その時の岡泉刑事は獲物を前にした肉食獣のような感じを受けた。





あのキモオヤジから5万円を値切られた数日後の朝。

学校に行こうと玄関を開けると背広姿の男女が玄関の前にいた。

今、まさに玄関チャイムを鳴らそうとしてるところだったみたい。


「富士見夢子さんですか?私はこういう者です」


男性から名刺を渡された。

厚生労働省 検疫官 高井戸進と書かれてある。


「すみません、お父さんかお母さんは在宅されてますか?できれば保護者を交えてお話があります」


「ええ、今日は会社休みなので2人とも家にいますけど、私学校があるので話を聞かないといけませんか?」


「ええ、とても大切なことなので」


そう言って両親と一緒に話すことになった。

そして、その検疫官の男性は、唐突にお話し始めた。


「実は、富士見夢子さんにはHIV感染の疑いがあります。ご両親も濃厚接触者ですので検査を受けて下さい」


「「えっ、どういう事?」」


両親は驚いている。勿論、私もだ。


「あの〜HIVって何ですか?聞いたことはあるのですが……」


私は、その検疫官に話しかけた。


「HIVとはヒト免疫不全ウイルスのことです。このウイルスに感染するとAIDS(後天性免疫不全症候群)を発症する可能性が高いと言われております。エイズを発症すると、免疫機能が著しく衰え重症な感染症やガンになりやすくなります」


「えっ、何で私が?」


「私達は、HIVウイルスの拡散を防ぐ為にウイルス保有者をリストアップしています。先日、夢子さんはウイルス保有者である男性と性交渉を行いましたね。ですので、感染された可能性が高いです」


「夢子、どういうこと!」

「まさか、お前……」


「何言ってるの?嘘よそんなこと。それに両親の前でいう話じゃないでしょう!」


「いいえ、事実ですので。そのウイルス保有者の男性は普段はあんころ餅男という仮の名前で若い女性相手にお金を払って性交渉をしていたようです。あまりにも悪質な行為ですので現在は隔離施設で隔離されています。

夢子さんも覚えがあるのではないですか?」


あ……終わった……


私はその時そう思ったのだった。

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